第57話 代休さえあればいい。①
0600、起床ラッパが隊舎内に流れる。
営内の陸士、陸曹はのそのそと起きだすと、戦闘服の上衣を着て識別帽を被り点呼に臨む。新隊員教育隊の時の様にせかされる事は無いが、ダラダラと歩いていると当直士長からお叱りを受ける事があるので注意が必要だ。
「健康状態」
武村は後ろに並ぶ班員に異状の有無を確かめる。
「「異状なーし」」
後輩の班員達は眠い目を擦りながら答えた。
朝夕の点呼時は営内班の先任者が先頭に立ち当直に報告する事になっている。
報告内容は点呼に並んでいない者の名前と理由、それに健康状態だ。例えば、班員のうち1名が風邪で寝ている時は、
「第〇営内班、総員5名事故1、現在員4名。事故の内訳。○○士長感冒就寝、その他異状なし」
となる。因みに、自衛隊では風邪とは言わず【感冒】となるが、体温が高い場合は【
寝込んではいないけどなんだか身体が重い、という隊員は点呼で整列した時に先任者に報告をする。報告を受けた先任者はその旨を当直幹部に伝えるのだ。
もっとも、報告をしたからと言って心配されたり優しくされたりされる訳もなく、
「後から医務室に行け」
「他の隊員に
「同じ営内班のやつはコイツの
と、すこしムッとした顔で対応されるのだ。
「1中隊点呼」
当直幹部が正面に立ち、点呼を始めた。
武村の班になると、敬礼をして報告する。
「第5営内班総員4名事故なし、現在員4名。健康状態異状なし」
再度敬礼すると当直幹部が点呼板を見ながら武内に聞く。
「おっ、武内は今日は代休か。外出すんのか?」
周りは、
「代休か。いいなぁ」
「野火とか起きて待機命令出ればいいのに」
などとどよめいている。
しかし武内は意にも返さず、
「はい。国旗掲揚前には出ようかと」
「そうか。じゃあ外出証は事務室に下げとくから、先任からもらってくれ」
「了解」
と当直と外出証受領のやりとりをする。
点呼が終わり、武内達ははそのまま隊員食堂へ向かう。途中、同期の西山士長が後輩陸士と話してるのを見かけた。どうやら飯上げを頼んでいるようだ。
「どうしたの西山?飯上げなんて珍しいじゃん。風邪でも引いたん?」
「おう武内。いや、俺これからドライバー支援で富士学校行かなきゃだから飯持ってきて貰おうと思って」
「富士学校に何時着?」
「0730。食堂なんか行ってたら間に合わんから」
西山から飯盒を渡された後輩陸士は、軽く敬礼すると速足で去って行った。
特に決まりはないのだが、飯上げを任された隊員(大体が班の最下級者)は早めに戻らなければならないという暗黙の了解が存在するとかしないとか。
「そっか、大変だな。じゃあ今からパーク(駐車場)に行って車両を取りに行くんか」
「あぁ、その前に事務室で鍵と運行指令書を受け取らないとだけどな」
「そうだっけ。ドライバー支援は丸1日?」
「そう、富士学校で学生乗っけたらそのまま演習場へ運んで降ろすだけの簡単なお仕事です」
「でも、学生が戻ってくるまで待機なんだろ?それはそれで辛いよなあ」
「まぁな」
「そういや昼食は」
「ストップ武内!あのさ、俺これから富士学校に行くんだよ?」
「あぁ知ってる」
「……お前ワザとだろ?お前だってドライバー支援行ってるくせに、聞くまでもない事ばっか聞いてきやがって」
「えぇ~?そんな事ないよう。ただ、普段は同期と話す機会もないから、こうして交友を深めてるんじゃないか」
「嘘つけ!お前普段そんなに俺と喋らんじゃないか!」
武内はてへぺろすると、頑張れよと西山の肩を軽く叩いた。
「お土産なんか買ってくるからさ」
「ホントだな!約束だぞ!とろりんシュー2個以上でなきゃ認めんからな」
「なんでとろりんシュー一択なんだよ」
早く行きましょうよ、という顔の平本たちに軽く謝り、隊員食堂へ向かうのだった。
隊員食堂の朝食のメニューは主食に副食、それに汁物が付いてくる。朝食ではこの他に納豆や海苔、生卵になめ茸なんかも選べるので、割とレパートリーは豊富だ。
武内は生卵となめ茸を取り、中隊毎に決まっている席に座る。
「姿勢を正して、いただきます」
班員達もいただきますを言うと、サッと喫食を始めた。武内はと言うと、まずは味噌汁を軽く喉に流し、次いでなめ茸のパックを開けるとご飯の上に載せ食べ始める。ゆっくり咀嚼し、ご飯の量が半分くらいになると今度は生卵を割って身を器に入れ、しょうゆをかけると箸で勢いよくかき回す。程よく混ざったらご飯にかけてすする様に口に掻き込む。
「なんや武内。今日はえらい優雅に食ってるなぁ」
営内の陸曹が武内を見て言った。
「あ、そういやコイツ今日休みっていってたな」
「武内士長、昨日突然訓練陸曹に言われたらしいですよ。代休が溜まってるから消化しろって」
喫食中の武内に代わって平本が答えた。
「だからか。あんまり代休溜まってると監査で突かれるからな」
副食の焼き魚を胃に納めると、武内はハンドタオルで口を拭った
「自分は休みの時はゆっくり飯を食うって決めてるんで。せかせか食べるの、あんま好きじゃないんですよ」
「まぁ、気持ちはわかるわな。俺も早食いのクセが抜けなくて外食した時も普通に早食いしちゃうもんな」
「班長、あまり武内士長に付き合ってると……」
平本が時計を営内陸曹に見せると、あわててお盆を下げ始めた。
「やっべ、武内のペースに合わせてて遅れたら洒落にならん」
「自分ら、先に行ってますので」
平本たちが席を立つと、武内はヨーグルトの封を開けスプーンを差し込んだ。
腹を満たせた武内が中隊事務室前を通りかかると、まだ7時前だというのにもう迷彩服姿で訓練陸曹が事務室内にいた。
「あ、三宅1曹、おはようございます」
「おぉ!武内!丁度いいとこに!」
通常、上官の言う『良いタイミング』というのは、部下にとっては『悪いタイミング』という事が、往々にしてある。
「な、なんでしょう」
「いや実はな、演習場管理班にドライバー支援に行ってる長谷川士長がな、支援先で熱が上がり始めて急きょこちらに戻される事になったんだ」
「うわ、大変じゃないですか」
「あぁ、長谷川が戻ってきたら当直士長に富士病院まで乗せて行って受診させにゃならん」
「ありゃあ」
「しかも、管理班の方からもドライバーの支援だけはして欲しいと別の人間を寄越せと要求されている」
「OH…」
「そこでだ。武内、すまんけど今から迷彩に着替えて管理班に行ってくれ」
「うんうん……え?」
いや、今日休めって言ったの貴方ですよね?武内は心の中で反論した。
「いや、昨日代休取れって三宅1曹に言われて自分今日休みなんすけど」
声に出しちゃった!
「そうなんだけどな、他に人がいないんだよ」
「村田士長は?」
「あいつは昨日から泊まりの支援だ」
「安部は?」
「今週から補助担架教育」
「榎本士長は?」
「あいつに運転やらせるくらいなら猿に任せる方が無難だ」
「じゃあ……」
「いやホント悪いんだけど、武内頼む!今回の分の代休は近日中に取れるようにするから」
「えぇ……」
「次回の警衛も外すからさ」
ここまで譲歩されたら、さすがに断り切れない。あまり渋ると逆に藪から竜が出てこないとも限らないからだ。
「わかりましたよ三宅1曹。今から準備して出発しますね」
「おぉ、ありがとう武内士長!昼飯は管理班の方で貰えるからな。車両は長谷川が戻ってきたらそのままそれを使ってくれ」
「了解。じゃ、指令書の名前の所は自分の名前を付け足しておきますね」
武内は演習場管理班の支援指示書を受け取ると、中隊事務室を後にした。
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