第50話 臨勤・パーク⑤

 隊員食堂から戻った武村は、シャワーを浴び終わると待機室の冷凍庫に入れてあったハーゲンダッツ(グリーンティー味)を取り出す。

PXの冷凍庫は微妙に冷気が弱めでアイスも少しヤワかったが、待機室の冷凍庫は強めに設定してあるのでシャワーから出て来た時間で丁度いい固さになっていた。

「お、武村士長。先いただいてるぜ」

武村より先にシャワーから出た三木士長は、ほぼ空になりかけてるアイスのカップ(バニラ味)を掲げると、残りの分を木製のスプーンでかき集める。

「あぁ、気にせんで下さい。私も食べるんで」

フタをパクっと開けると、深緑のアイスが姿を現した。良く冷えていたようで、薄っすら白い冷気を纏っている。

ハーゲンダッツを買った時にもらった木製のスプーンで掬おうとするが、少し力がいるようだ。それでも慎重に差し込んでいくと、シャクッと一口分掬えた。

そのまま口の中に放り込むと、濃厚な抹茶の味が広がるが程よい甘さでしつこくなく、すぐ二口目が欲しくなった。


「さすが、ハーゲンダッツ。甘さ控えめで美味いな!そう思わない?岸田1士」


ご満悦といった表情で次々にアイスを頬張っていく武村を、岸田1士は恨めしそうに見つめていた。

「そーですね(棒)。タダで食えるアイスはさぞかし美味しいでしょうね」

「おう!やっぱアイスはタダに限るな!」

「・・(イラッ)」


早飯前のハーゲンダッツじゃんけんに敗れた岸田1士は当初、

「いや、自分あんましお金ないっす」

などと逃れようとするが、

「安心しろ岸田!この園田金融が融資してやっから!」

と園田3曹から用立てしてもらい、全員分(294円×5人分)のハーゲンダッツを買う事となったのだ。


「おー岸田1士。お前なんの味にしたの?」

「・・・マカダミアナッツっす」

「どう?おいしい」

「・・・はい」

三木士長と武村のイジリがめんどくさくなってきたのか、受け答えが短い。

「そっかー。1個千円以上するアイスだもんな。そりゃ美味いわな」

「そっすね。三木士長、一口食います?」

皮肉を込めた岸田だったが、「え、くれるの?」とあっさり貰いに来る三木に少し驚く。一口分掬って差し出すと、

「うーん・・・普っ通のマカダミアナッツだな!」

と言われ、次は絶対に三木士長この人に奢らせてやる!と心に誓うのであった。





時刻は2100を過ぎた頃。

「おし、今から仮眠時間中の順番を言ってくからな」

待機室に入って来た鈴木3曹は、当て板を見ながら武村たちに時間を伝えて行く。

消防隊は24時間体制で火災無線を傍受していなければならないので、消防指令室には常時隊員を配置している(日中は鈴木3曹。訓練中は無線機携行)。

昔は【不寝番】として一人が朝方まで起きていた事もあったが、今は廃止され上番隊員が消灯後、交代で就いている(概ね1時間交代)。

因みに武村は0100~0200だ。

「これって最初か最後の方がしっかり寝れるからいいっすね」

「まぁな。今日は一番ツイてなかった岸田を一番手にしたから。0000から仮眠に入れるから、ちゃんと寝れるだろ」

「あ、ありがとうございます」

鈴木3曹の気遣いに礼を言う岸田。

「それじゃ、岸田以外は消灯前に1回巡察するぞ」

「鈴木3曹、巡察ってなんですか?」

居残りの決まった岸田が訊ねると、

「巡察ってのは、駐屯地内の火元になりそうな場所を消防車で見回ることだ。給油所や火工品庫、食堂なんかがそうだな。平日の日中に1回、夜間は消灯前に1回以上だ。他に、駐屯地の外に出て演習場や廠舎も回る時がある。あとは・・あぁ、そうだ。巡察する時は防火服着装で回るからな」

鈴木3曹は一つ一つ分かる様に説明していく。

「岸田は明日以降、巡察の時にしっかり教えるよ。巡察中は俺が無線機持ってくけど、もし電話の方が鳴ったら『あとから掛ける』って言っておいてくれ」

「了解」と岸田が無線機の前に座ると、鈴木3曹率いる駐屯地消防隊は防火服に着替えて消防車に乗り込んだ。ドライバーは武村だ。


消防車は乗ってみると見た目よりコンパクトに感じた。ステアリングも軽く、ミラーも大きいので周囲も見やすいが、放水用のタンクは満水状態なので発進とブレーキに注意が必要だった。

「3t半の時より早めにブレーキ踏んだ方がいいぞ」

助手席に座る鈴木3曹のアドバイス通り、消防車のブレーキは踏み始めは殆ど効きが感じられなかった。

「結構強く踏むだろ?これがタンク空になると、逆に効きすぎるから水の量はチェックしとけよ」


警衛隊の車両巡察は駐屯地内を隅々まで走る。場所によってはミラーすれすれの狭い通路も走る事がある(なので運転に難のある隊員は任せられない)。

一方の消防車は、見回る目標まで最短距離で走行する。

『サッと行ってサッと帰る』

が基本で、異状が無ければとっとと戻るのだ。

しかし・・・。

「今日は武村に巡察する場所を覚えてもらう為にも、全部一通り回るからな」

鈴木3曹の話では、各箇所ごとに見回る回数も時間も決まっており、必ずしも毎回全部点検する必要はないのだそうだ。

「えっと、じゃあまずは・・火工品庫だな」

駐屯地内でも外れた場所にある火工品庫は、警衛隊でも巡察が指定されている。

「三木士長、降りて俺と一緒に点検するぞ」

鈴木3曹は懐中電灯片手に三木士長と火工品庫の周りをチェックする。窓の割れや火の気はないか?懐中電灯の光が建物やフェンスを照らすが、特に異状はなかったようで二人ともすぐに戻って来た。

「次は食堂な」

その後も給油所、消火栓を見て回るが、特に変化はなかった。

「当然っちゃ当然っすけど、何もないですね」

「まあな。一応被らないようにはしてるけど、警衛隊も回ってるし」

鈴木3曹は腕時計を見ると、少し考えてから

「よし、時間も少し早いから演習場の方も見て回るか」

と言い出した。

「車両運行指令書持って来てませんけど、外に出れるんですか?」

自衛隊車両が駐屯地から出る場合、【車両運行指令書】が無ければ出る事ができない。当然、他部隊が駐屯地に入る際にもこの指令書が無いと警衛隊に追い返されるのだ。

「大丈夫。この消防車は緊急車両でもあるから、指令書が無くても出られるんだ。ていうか、隣が警衛所だから俺らが今巡察中だって事も知ってるしな」

半信半疑しつつも武村が操縦する消防車が営門まで近づくと、歩哨が簡易バリケードを移動させて通れるようにしてくれた。

「フリーパスで営門通過って、連隊長車だけかと思ってました」

「いや、ホントは連隊長車でも停車させて指令書確認しなきゃならんのだけどな」

鈴木3曹のナビで演習場を走らせる。夜間の演習場を走行する場合、演習部隊がいる事を想定して【管制灯火】、つまりライトを消して走行するのがマナーだ。

「鈴木3曹、ライトは消した方がいいですか?」

「バカ言え。ライト消したら危ないだろ。ハイビームで行けハイビームで」

言われた通りにライトをHIにすると、遠くの木々まで照らし、周囲が暗い分昼間の様に明るくなった。

「V3(暗視眼鏡)使ってる奴いたら、この光で一発アウトだな」

消防車のライトに引き寄せられた虫たちが、ペチペチとボディに当たる。

「そこを右に入れ」

時折葉がこすれる位に狭い通路を抜けると、目の前にはとある工事現場が広がった。

「ここは建設中の砂防ダムだ。一応、ここにも火の気になるものが置いてあるって事で、作業員のおっちゃん達がいない時間は俺らが見回る。大体今日と同じ時間帯だがな」

ライトを消せと言われ、レバーを捻ってOFFにすると先ほどまではっきりと確認できた工事車両などが黒い塊となり、目の前を暗闇が支配した。周囲は静かで、消防車のアイドリングだけがドルドルと聞こえる。


「でな、ここ、出るんだよ」

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