第30話 寒い夜だから・・・②

 「うわ、った!」

振り降ろしたツルハシがはじき返され、さして掘ることが出来なかった地面を苦々しく見つめた。再度「おりゃっ」と地球に一撃を加える。が、またまた『ガキーン』とATフィールドを破れなかった時のようなエフェクト音が聞こえ、やはり大して掘れていないことに落胆する。

「負けてらんないのよ!あんたたちに~!!」

何処かのツン100%の決戦兵器パイロットのごとくツルハシをブンブンと突き立てていくと、漸くボコッボコッと掘れはじめた。

「地球ごときがてこずらせやがって」ツルハシが突き刺さるたびにグイと柄を押し倒すと、テコの原理で岩盤に近い硬さの土はボロッと崩れる。この調子でドンドン掘っていくと、取りあえずエンピ(スコップ)で崩せるくらいに土を砕く事ができた。ツルハシを置き、エンピに持ち替えたところで「武村士長」と平本1士が声を掛けて来た。

「もうツル使ってないです?自分使いたいんすけど」

「あぁ、いいよ持ってって。あ、でも後からまた借りに行くかも」

「了解っす。てか、この辺の地盤クッソ固くないっすか?」

「固いっていうより、凍ってんだよ」

「凍ってるって、土がっすか?」

東富士演習場の土は、場所にもよるが掘りやすい所が多い。しかし、冬が訪れると地中に残る水分が凍り付いて固くなるのだった。

「へぇ~、初めて知ったっす」

「日がずっと照ってれば柔らかくなるんだけどな。この時期は一日中晴れの日って少ないから」


じゃ、ツル借りてきまーす、と平本が持ち場に帰ると、武村は再び作業を開始した。武村の掘る掩体は【個人用掩体こじんようえんたい】と呼ばれるもの。

主に【防御訓練】の中で構築を命ぜられることが多い。新隊員の時にまず最初に習うのも、この個人用掩体だ。上から見ると鍵型の形に見え、四角の部分に小銃手が入り、扇の部分が小銃の振る範囲、つまり【射界しゃかい】となる。

概ね2時間程度で完成できるシロモノだが、陣地防御訓練においては【主陣地→予備陣地→補足陣地】と計3つ構築しなければならない。流れ的には・・

「敵が来たぞー!射て射て!」

「小隊長!敵が迫ってます!」

「なにぃ!?よし、予備陣地まで後退、再度迎撃せよ!」

「小隊長!更に更に敵がひっ迫してきます!」

「な、なにい!?補足陣地で踏ん張れ!」

「しょ、小隊長・・」

「でぇ~い!撤退だぁ!総員、後退せよ!!」

とまぁ、このように防御訓練では構築した掩体を使っていく。しかし、2夜3日か3夜4日の訓練でバカ正直に3つも掩体を掘っていたら身体がもたない。なので、大抵は小隊長から「主陣地はしっかり作れよ。予備と補足はタコつぼ(単なる穴)でいいから」とありがたい指示が達されるので、その通りに作ればいいのだ。


主陣地を作り終えたところで、武村はタバコを咥え火を点けた。初めは寒いと防寒迷彩外被を着たまま掘っていたが、身体が暖まりだすと堪らず脱いでしまい今は迷彩Tシャツのみの格好だ。

「あとはボサ(草のこと)を集めて偽装して・・。いや、先に予備と補足掘ってからでいいか」

次の作業を確認しながら、缶コーヒーを雑嚢ざつのうから取り出して飲む。「めたっ!」

自販機で買った時には素手では持てないほど熱かった缶コーヒーは、外気によって強制的に(アイスコーヒー)となっていた。思わず武村は迷彩戦闘服と防寒外被を着込んだ。

取りあえずの保温が出来、武村はスマホで天気予報を見た。

【県東部の天気:山間部では夜から朝にかけ降雪の恐れ】

「やっぱり降るのか~」

武村はガッカリしながらスマホを雑嚢ざつのうにしまった。

武村のいる駐屯地は冬になると雪が積もる。武村はこの駐屯地に配属された最初の冬は雪が振り積もった景色に感動したりもしたが、その感動はやがて『鬱陶しさ』に変わる。

駐屯地に居住する隊員(営内者)は、雪が積もれば【除雪】を命ぜられるからだ。当然、陸曹を含めた全営内者ではなく陸士、それも『下から』順に任されるので1士や士長成り立ては特段の理由がない限り逃れる事はできない。

演習中はというと、雪対策というほどの対策は基本、ない。せいぜいが中隊長より『今演習間は雪が降る予報があるから、各人は防寒の処置を忘れないように』と達される程度だ。

なので、野外で過ごす隊員は【防寒物品】を持ち込む事となる。主に私物だが、ヒートテック、ネックウォーマー、防寒靴下、

陣地防御はとにかく動かないので寒さ対策は万全にしなければならないのだ。


「よし、はじめっか」

武村はタバコを地面にこすり付けて火を消し、吸い殻を灰皿に入れ雑嚢にしまう。雑嚢の中をチラリとラーメンの袋が覗いて見えた。

「コンロも持ってきたし、今夜は冷えそうだし、ラーメンうまいだろうなあ」

武村は思わず笑みがこぼれた。

これが武村流のである。


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