「寄り道」1
「今まで何処居た?家にもずっと帰ってねーべ?その荷物なんなの?今から帰るとこ?何でメール返さねーの?」
24時間営業のファミレスはこの時間、人が疎らで静かだった。
席に着いた途端に慎の質問攻撃が始まり、店内の静寂さが一気に奪われてしまう。
世間はなんて狭いんだろう。広い街中で同じ時間、同じ場所に、なぜ慎に会ってしまったのだろう。そう思い、切り裂かれた静寂の時にため息を加える。
私の返答を待つ慎は、少しは黙ったものの、やっと息が出来たかようにふーっとため息交じりにうな垂れた。
「なっげー!
このやかましさ、涙が出そうになるほど嫌。
無表情で見つめ返し、再びだんまりを貫く。
「お前のテンポにゃ、相変わらずついてけねーんだけど」
それはこっちの台詞。今まで池上君と一緒に居たもんだから、より一層ついていけない。ふて腐れて目を外に向けるも、慎はテーブルを叩き返事しろと催促してくる。 子供みたいにうるさいので、仕方なく口を開いた。
「疲れてるの、大人しくして」
「はいはい。あっ、何か食う?それとも何か飲む?酒飲みたい?」
落ち着きなくメニューを開き、またもベラベラと他愛もない事を話しだす。
滅多にない感情が沸々と湧き上がってきた。苛々する。
「だから、黙ってって言ってるじゃない」
この時間帯だからお客さんは少ないけど、皆ちらちら私達を見ていた。
慎は白のスーツ姿に、きっちりセットした長くてゆるめの茶髪の髪型。
ホスト全開の男と、暗そうで子供っぽい女。そりゃ見るよね――。 きっと周りは私を、ホストに騙されてる地味な女だと思っているに違いない。
「慎と一緒に居るの、苦痛」
小さくそう呟くと、きょとんとした顔で見つめてきた。
そして身を乗り出し顔を近付けてくる。
「なんで?色んな客が俺とアフター過ごしたがってるのに」
煙でも払うようにして手で払い退けた。
「アフター?何なのその横文字」
「横文字て!」
馬鹿にする慎を横目に、店員さんを呼ぶボタンを押す。
怒る気にもなれなかった。無視して淡々と店員さんに注文品を告げた。
慎はこんな朝っぱらから、ステーキセットという胃に重そうなメニューを注文している。注文した物からも、馬鹿丸出しというのが表れている気がした。
店員さんが去ってからも、相変わらず馬鹿にした様な口調で話し掛けてくる。
「恵利ってまーじでガキだよなー」
「あのね、私のが四つも年上なん――。」
「あい、もっしもーし!」
慎はテーブルに置いた携帯電話を素早くワンコールで取った。
それを見て呆気に取られたのと同時に、沸々と怒りが込み上げてくる。
人の話聞きなさいよ――。
じっと睨むも当の本人は気付かず、デカイ声で上機嫌で話をしていた。
「今日はありがとねー。今ねぇ、ファミレスで飯食ってるー。しょっぱいっしょー?愛さん今度飯作ってよ」
チャラさに磨きがかかっていると感じた。 心底呆れて、ため息交じりに窓の外に目を移す。慎と一緒に居る事を忘れたくて、景色をただぼーっと眺めた。
空には雨雲が広がっていて、今にも雨が降りそう――。
雨が降る度、必ず思い出してしまうことがある。 彩はいつも、雨が降っても傘を差さない子だった。小さい頃からそうで、それをいつも注意していた。雨の翌日はきまって風邪を引いていたから。 大人になってから彩が言っていた。
『傘を差さないで濡れたら、私は可哀相な子だって、悲劇に浸る主人公の様な気分になれるでしょ』
笑いながらそう言ったあの顔を、雨が降る度思い出す。 空と一緒に気持ちが曇っていく中、気付くと注文した物がテーブルに並べられている事に気付いた。
慎は通話を切り、何事もなかったかの様に食べ始める。それを無意味に見つめながら、小さく問いかけた。
「ねぇ慎、なんでホストなの?」
すると、ピタッと食べる事を止め私を見つめる。
少ししてから水を一気に飲み干した。
「なんっちゅーかさぁ、この世界が俺を呼んでたからよー」
聞いて損した。 無視して再び窓に目を移す。
「んなことより恵利、今まで何してたんだ?」
無視していると、再び身を乗り出し肩を揺すってきた。不愉快だという表情を分かり易く作って見せる。 慎の目はよく見ると、グレーのカラーコンタクトを入れていた。きつい香水の香りを徐々に感じてきて、
「恵ー利、言わないと襲っちまうからな!」
分かり易く怒った顔を作って睨むと、笑いながらうそうそと言って座り直した。
「おまえはすーぐ怒るんだから。真剣に聞いてんのにさー」
真剣?その言葉、慎に一番似合わない。
そんな思いから、ついきつめの口調で言い放った。
「今までの人生で、真剣な時なんか無いでしょ?」
「ばっかじゃね、あるに決まってんじゃん!」
非行に走っていた時にした喧嘩とか、暴走族を抜けると決意した時とか、どうせその程度の事しかないはず。 積もりに積もった苛付きを吐き出すかのように、つい冷たい口調になってしまう。
「彩が死んだ時だって、泣かなかったじゃない」
すると食べる手を止め私に目を移した。
つい目を逸らして俯くも、一度出てしまった言葉は止められない。
「彩が病院に運ばれた時だってそう、お葬式の時だって慎は一度も泣かなかった。同じ施設でずっと一緒に過ごしてきたのに―― 慎には、良心ってものが無いんだよ」
その言葉で、やっと大人しくなった。 八つ当たりに近い言葉だったかな?と、少しだけ罪悪感を抱く。だけど本当に慎が怒ったり泣いたりする所を、大人になってから見た事がなかった。くだらない言い合いはするけど、大きな喧嘩になったことはない。
慎はへらっと笑って口を開く。
「それは、恵利がすんげぇ泣くからじゃん」
「私のせいにしないでよ」
「恵利りん、急にどした?恐いぞ顔!しわ出来るぞ」
喧嘩になった事は無い。だけどそれは――
「慎はいつもそう。真面目な話をすると、すぐに逃げるの」
慎が逃げるから喧嘩にならない。別に喧嘩をしたいわけではなかった。共に悲しみを分かち合いたいわけでもない。ただ、彩が居たのが嘘みたいに振舞わないで――。そんな想いが心の片隅にある。
慎は突然真顔になり、いつもより低いトーンで声を出した。
「じゃあ―― マジで話そうか」
驚いて目を丸くした。どんな言葉が飛び出すのか検討もつかない。慎はあまり自分の考えを口に出さないから。何も考えてないっていうのもあると思うけど。
だけど何か本心を聞けるんじゃないかと思い、じっと言葉を待った。
すると慎が、ぶっと吹いて笑い出す。
「なんちてー!なんだそのシリアスフェイスー」
カチンときた。あまり人に腹を立てる事がない私を、慎だけはいつでも怒らせることが出来る。それだけに長けている。 頭にきて勢いよく席を立った。
「いい加減にしてよね」
立った拍子に私のバッグがソファーから転げ落ちる。それを見つめ、この流れで此処を、慎のもとから去ろうと思った。 慎は笑いながら、何やってんだと言ってバッグから飛び出たCDを拾い上げる。
「え、アリシアキーズなんか持ってんだ」
「――知ってるの?」
「アリシアは有名じゃん」
さらっと言われ、しかもそれが慎だから不快になる。だけど聞きたかったことがあったので、気を取り直して聞くことにした。
「アリシアキーズの曲で、ライク―― なんとかかんとかって長い題名の曲、知らない?」
「曖昧すぎるだろそれ」
池上君が好きだと言っていた曲がずっと気になっていた。今聴いているCDには入っていないようだし、題名が分からないから調べようがない。
慎は眉間にしわを寄せ考えている。
「んー、あったかなぁ。てかさ、珍しくね?恵利が音楽の話って」
「いいでしょ別に」
口を
「なんっか怪しいなー、理由教えなきゃ俺も教えねーっと」
何それ、本当に知りたいのに。迷った末、曖昧に答えることにした。
「――どんな曲か気になるの。彼が好きだった曲が、どんな曲だったのか」
「彼!?おまえ、
あまりの大声に思わず耳を塞ぐ。慎は席を立ち私の横に座ってきた。
「何処のどいつ?いつ出逢った?付き合ってどんくらい?」
「お願いだから黙って。何も言いたくないの、本当に何も――。」
そう告げ、池上君を想い目を閉じた。
これ以上何も聞きたくないし何も言いたくない。
池上君は今、何処に居るのだろう?きっとまた一人なんだろうな。
ずっと隣に居られたら良かったのに――。 だけどそれは無理な事なんだよね。
だから私は彼が好きだった物を知りたい。少しでも池上君を感じられる物があれば、それだけでいい。 痛めつけてくる胸を押さえ、ぎゅっと瞑る瞼に力を入れた。
少ししてから、何かを察したのか慎のため息が聞こえてくる。
「じゃあ、飯食ったらCD屋行くぞ」
思わず目をぱちっと開き、「は?」という表情を作って見つめ返した。
「なんの曲か分かんねーなら一緒に探してやるよ。俺、音楽詳しいし」
慎とは此処で別れるつもりだったけど、このままだと何の曲か判明しない気がするし、仕方なく渋々頷いた。
ご飯を食べる傍ら、慎は一心不乱に誰かにメールを打っている。きっとお客さんにだろうと思い呆れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます