「寄り道」2

                    ***




ファミレスを出て私達は、駅前にCDショップに入った。視聴しながら曲を探し、これだといって慎がCDを差し出してくる。



「それしか思い当たらねー。LIKE YOU'LL NEVER SEE ME AGAINって曲」



そうかも、そんな曲名だったかも。バカ慎が役に立った。なんとなくありがとうが言えず、黙ったままCDを手にしてレジまで持っていった。



無事に購入し終え、駅のホームに向かって歩いていると、一台のバイクの前で慎が立ち止まる。思わず「あ」と声を出してしまった。それは久しぶりに見た、ブラックとシルバー色の厳ついバイク。慎と長い付き合いのもの。



「まだそれ乗ってるの?そもそもバイク通勤なんて――。」



夜の仕事でバイク通勤の人とか居ないんじゃないかな。そう思っていると、慎が何故かヘルメットを差し出してくる。



「ほれ被れ」



無表情で見つめ返した。

嫌な予感がする――。



「私、ホテルでも取って休むからもう――。」


「はあ?ホテルっておまえ、まだ帰らねーつもり?」


「どうでもいいでしょ」


「だーめじゃ、ボケ!」



そう言って、抵抗する私に無理やりヘルメットを被せてきた。

やめてよと怒鳴っていると、突然体が宙に浮く。

慎が私の体を軽々と持ち上げていた。



「ひゃああ、ちょ、慎!」


「なんだこの軽さ。中身入ってんの?」


「何すんの!降ろして、降ろしてってばー!」



傍から見たらまるで誘拐。

そして持ち上げた私を無理やり後部座席に乗せた。



慎は14歳から17歳までの4年間、暴走族に入っていた。17歳になりたての頃はもしていた。だから、慎が運転するバイクは絶対に乗りたくないという思いがある。そもそも慎はもうお腹いっぱい。開放してほしい。



慎は私の手を無理やり自分のお腹まで引っ張り、振り返ってニヤッと笑う。



「つかまってねぇと、おまえ死ぬぞ」



ブォン!っとエンジンを吹かす大きな音と共に、バイクが勢い良く発進した。



「やだ、嫌――!」










気付けば慎の家に到着していた。



「恵利、着いたぞー」



力なく顔を上げ、焦点があまり定まらないままぼーっとアパートを眺める。

なぜ此処に連れてきたのかと突っ込む力がない。



「おまえんに帰したら、俺が帰った後に逃げる気だろ?お見通しなんだよ。だから俺は、おまえを見張ることにした」



そもそも自分の家に帰る気は無く、すぐに四国に行こうと思っていた。



慎がバイクを降り、それに続きよろけながら地面に足を付ける。

目線を下に向けたまま、ぼーっと具合が悪いのを耐えていた。

すると慎が、大人しい私を可笑しいと思ったのか、笑いながら叩いてきた。



「おまえ変な心配してんだろ?安心しろって、仕事終わってくったくただから女襲う気ゼロ!残念だったな」



そういう事じゃないってば。

恐らく虚ろになっているであろう目で、力なく睨みつける。



「慎の部屋嫌いだし、それに――。」



う、気持ち悪い。そう思い思わず口を手で押さえる。 運転に酔ったんだ。

そんな具合の悪い私を気にもせず、慎は私の頭からヘルメットをはずし今だテンション高く言い放った。



「とりま今はここで休め!あの駅の近くで働いてっからさ、夕方出勤の時にまた送ってやる!」



気が遠のきそうな中、うっすら思う。夕方まで我慢すればいいんだ、と。

酔って具合が悪くなっちゃったし、少しだけ此処で休んで慎が働きに行ったら逃げればいい。



外観は新しく綺麗なアパートを眺め、その懐かしさに少しだけ胸が痛んだ。

昔は彩と一緒によく遊びに来ていた。 慎の後ろをとぼとぼついて歩き、階段を上がって三階にある部屋を目指す。 慎は部屋の鍵を開け、さっさと中に入ってしまった。恐る恐る取っ手に手を掛ける。



そして扉を開けてみて、思わずその場で硬直した。相変わらず散らかり放題。

不快感で眉に力が入りながら中に入った。色んな所に散らばる漫画、ゲーム機、洋服、エッチな雑誌とDVD。凄くカラフルな部屋で頭がクラクラしてくる。

そして、懐かしい物が目についた。



「まだそれ飾ってるの?」


「え?ああ、あたりめーだろ!輝かしい青春時代の象徴だ」



その“輝かしい青春時代の象徴”という物は、非行に走っていたという証にもなる。

それは特攻服。 刺繍が施されたその黒の羽織物は、まさに暴走族といった雰囲気を醸し出していた。



「――もう、捨てたら?」


「おまえ来る度に言うなよ」


「本気で言ってるの。慎が馬鹿なことばかりして、鑑別所に入った恥の証じゃない」



思い出すだけでハラハラしてくる。あの頃の慎は、誰の言う事にも聞く耳を持たない、反抗期真っ盛りのやんちゃな少年だった。



「あほぉ、年少行かなかっただけでも偉いんだぞ」



慎の偉いの基準って本当に低い。呆れてしまい、それ以上何も言わなかった。



「俺寝っけど、さっき買ったCD聴くか?」


「いい、プレーヤー持ってるから」



そう言って鞄からCDプレーヤーを取り出すと、小ばかにするように鼻で笑われた。



「え、今更古いんですけど!つぅか、今ではもうレアもんじゃね?」


「うるさい」



むすっとしながら買いたてのCDをプレーヤーに入れた。

そして部屋を見回しながら考える。一体、何処に座れば?と。

狭い1DKのアパート。ベッドの近くには近寄らず、足元のガラクタ達を端っこにやってなんとか自分の居場所を作った。



ちょこんと体育座りをして、池上君が好きだと言った曲を聴きながら歌詞カードに目を移した。彼と過ごした日々を思い出す。



『笠井さん、俺と似た所あんねん』



悲しげな雰囲気のメロディと歌詞が合っていて、その曲の世界観に惹きこまれたせいもあり自然と涙が零れた。 彼が好きだと言っていた気持ちが分かる。

すると突然、慎が片耳のイヤホンを抜き取ってきた。



「恵利ー、彩さ、自殺じゃなかったんじゃね?」



突然の事で驚いて見つめ返す。もしかしたら、また彩の事で泣いているのかと思ったのかもしれない。何も言わずにいると、私から目を逸らし頭を掻きながら言った。



「ほら、前にもあったじゃん?あいつ何気にドジなとこあっからさ、薬飲む量間違えた事あっただろ」



確かに過去にそんな事があった。

方耳で流れ続ける曲をBGMに、あの出来事を思い出す。

あの時は凄く心配したのに、病室で目を覚ました彩は、あっけらかんと「どうして私倒れたの?」と聞いてきた。



だけど――。



「それにしても、致死量を越えるまで飲むなんて、尋常じゃないと思う」



慎はうーんと言った後、ぽんっと軽く肩を叩ていくる。



「まあ、気にすんなよ」



その言葉で、慎を見つめた目に力が入っていった。 彩が死んでしまった事を気にするなって、本気でそう言ってるの?デリカシーがなさすぎる。そう思うと、どんどん怒りが込み上げてきた。



「慎みたいに良心のない人に、私の気持ちなんて一生分からない」


「恵ー利」



呆れたような顔をしながら近付いて来ようとする。



「近寄んないで!」


「はいはい、もう寝ますよーっと」



おどける様にそう言って、躊躇なく目の前で服を脱ぎ捨て始めた。さっと視線を誰も居ない壁に移し、再びイヤホンを耳に差し目を閉じる。



慎の所に来たのは、やっぱり間違いだった。悲しみと怒りが混ざり合った様な涙を流し、自分を抱き締めるようにしてうずくまる。

気付くと私も眠りについていた。




      

『彩!』


『彩ー、俺まぁじ焦ったじゃーん』


『――お姉?慎』


『恵利から突然、彩が倒れてるって連絡来てさぁ』


『此処、病院?倒れたって、どうして私倒れたの?』



――バシン



『お、おい、恵利』


『痛、何すんのお姉?』


『自分の体に謝って』


『――え?』


『死のうとするなんて』


『え、何?』


『あ、ああー、恵利、俺がバイクで事故った時もそうやって熱く怒ってくれたら、更生出来たかもしんねーのに』


『うるさい』


『はーい』


『どうして私、病院ここに居るの?』


『薬を沢山飲んだでしょ』


『薬?』


『あ!彩ー、おまえもーしかして、飲む量間違えちゃった系じゃね?』


『え、そうなの?』


『てか、彩にもこの状況よく分かんないんだけど』


『本当にそうなの?自殺しようとしたんじゃないの?』


『自殺?どうしてそんなこと――。』


『恵利、昨日医者がさぁ、言ってたよ。俺が自殺かって聞いたら、にしては中途半端な量だったって』


『嘘―― もぉ、彩のバカ』


『えっ、泣かないでよ。彩が悪かったってぇ、彩はお姉置いて死なないよぉ』


『てめーは間抜けな女だなぁ』


『慎、てめーに言われたかねぇーんだよ!』


『うっせぇ、厚化粧!』


『うっさい、チャラ男!帰れ!』


『あ?おまえ運んだの誰だと思ってんだよ!なぁ、恵利』


『うっ、うっ。慎、帰って』


『えええ?』


『きゃはは、まじ笑えるしー』




――



―――



「もしもし」



慎の声で目が覚めた。 目を擦りながら、目があまり開かないまま体を起こす。

慎は寝起きとは思えないほどのテンションの高さだった。



「うんうん、メール見てくれた?まじでー、さっすがキャサリンちゃん!話し分かるなー」



キャサリン?何それ――。 不愉快な起こされ方をしたため、思わず歪んだ表情を作る。はめたままのイヤホンを外してプレーヤーをかばんにしまった。



「んじゃ駅前でー!キャサリンちゃんラブ!」



寝起きでそのテンションとは、ある意味関心してしまう。

ガラクタの中で寝たから、体がダルくてあちこち痛い。

早く此処を出たかったんだという事を思い出して、深くため息を吐いた。



「あ、恵利起きてるし。カップラーメン食う?」


「――いらない」



慎は私をまたいでキッチンへ向かう。



少し開いたカーテンの隙間をぼーっと眺めた。日が落ちてきていて、オレンジ色になっている。寝起きで外の日が落ちているのを見たら、なんだか憂鬱な気持ちに拍車が掛かった。さっき見た夢のせいかもしれない。



「慎―― 夢って見る?」


「え?」


「彩の、夢」


「――俺、眠り深けーから。知ってるだろ」



そうだった。彩が慎の顔に落書きをしても、ちっとも起きなかった事がある。

なのに電話のコール音にはすぐに反応するなんて、どれだけ今の仕事が好きなんだろう?慎が自分で言う通り、適職なのかもしれないと思った。



慎は寝起きのボサボサ頭で、ラーメン片手に隣に座ってくる。

そして、私の口元に無理やり箸でよそった麺を押し付けた。



「ほら、食え」



無表情で見つめ返す。



「いらない」


「おめーは反抗期のガキか」


「お腹空いてないの」


「おまえさー、前より痩せた?男にとってガリ子は魅力ねーんだぞ」


「魅力なんて、いらない」



そう言うと突然顔を覗き込んできて、デコピンをされた。



「いた」


「だーから、いつまでたっても恵利はガキなんだよ」



意味が分からず、おでこを摩りながら膨れ面を作って睨み付ける。



「じゃあ―― パスタ作って」


「あ?パスタ?んな時間ねーよ」



あのパスタが食べたい。もう一度、池上君が作ってくれたあのパスタを――。

そんな事を考え感傷に浸っていると、ラーメンを啜りながら慎があっけらかんと言い放った。



「パスタもラーメンも一緒じゃね」



一緒なわけないじゃない。それを表情だけで伝える。

感傷に浸る気持ちも吹き飛ぶほどの馬鹿さ加減に、いい加減嫌気が差してきた。

早く次の場所に行こう。そう決意し、早く駅に連れてってくれないかなぁと、ラーメンを食べる慎を無表情で見つめ続けた。



「あ、そういや恵利、シャワー浴びる?」


「ここで?慎の使ってるバスルームなんて、考えただけで鳥肌が立つ。だったら一度、家に帰して」



すると、ぴたっとラーメンを食べる手を止め、何か考え事をするように視線を上に向けた。そのまま数秒の時が流れる。



何か引っ掛かる事でもあるのかな?そう思い、慎の肩を揺すってみた。



「慎?ねぇ、慎ってば」



すると、やっと我に返ったように私に視線を戻した。



「あ、あぁー、わかったわかった!」



そう言って素早く立ち上がり、散らかったテーブルの上に無造作にラーメンを置く。そして落ち着きなく、服やバスタオルを探していた。



「俺が風呂から出るまで、絶対待ってろよ!まじで送るから」



何かに急かされている様にも見える。



「なんか怪しい」



そう告げると口をぱくぱくさせ、目が泳ぎ出した。



「は、は?そうやって何でも勘繰るところ、よくねーぞ!」



分かりやすい慎が何かを隠しているのは、一目瞭然だった。

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