第109話 仮面
ノックの音がした。扉を開けると、外の冷気が足元を素早く這う。表にはフードを目深にかぶった人物が立っている。彼、あるいは彼女は、私の顔を見て硬直する。私が顎で中に入るように促すと、ぎこちない動きで私のあとをついてきた。背後では、扉の閉まる音がする。我々は無言である。薄暗い部屋には、木製の作業机のそばに灯した燭台の明かりがあり、我々の足音と、ときおり外を吹く風によって建物が震える音だけが響いていた。
来客は落ち着かない様子で辺りを見回している。壁には私の制作した無数の仮面が掛かっている。虚ろな視線に囲まれて、我々には逃げ場がない。私は引き出しから包みを取り出す。布を広げると、依頼の品を客の前に差し出した。顔の上半分を覆うドミノマスク。光を吸い込むような、透明感のある滑らかな白。外界を窺うために彫られた二つの空洞は、見るものを虜にして離さない中性的な魅力がある。仮面と見つめあい、しばらく石像のように固まった後、客は思い出したようにそれを布に包んだ。
私の手のひらへ、ずしりと重い麻袋を置くと、客は逃げるように去っていった。私は扉に鍵をかけた。燭台を持ち、鏡の前で自分の顔をのぞき込む。およそ人間の顔とは言えない、醜く焼けただれた肉塊が、私の顔の代わりに映っていた。
私は震える手で燭台をつかみ、作業へ戻る。私は、仮面を作っている。自分の為に。ずっと前から。ときどき、誰かが私の仮面を買いに来る。壁にかかっているような、出来損ないの失敗作を。
私は仮面を作っている。私には、仮面が必要だ。だけれど、自分に合った仮面はまだできない。私は顔のない男。誰にでもなれるが、誰にもなれない。永遠に。
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