第097話 掃除

私の向かいの家には、中学生くらいの少年が一人と、その両親という三人家族が住んでいて、よく少年の母親が家の前に出て掃除をする姿を見かけることがあった。


とりわけ悪い噂を聞くことはなかったが、近所付き合いは全くと言っていいほど無かったらしく、せいぜいが挨拶をすれば会釈が返ってくるといった程度のものであった。別段まわりに迷惑をまき散らすといった人々ではなかったので、互いに距離をおいたまま生活していたのだった。ときおり話題には上がるものの、みな大して興味がないらしく、たいていはすぐ別の話題が出て、この家族のことはすぐに忘れ去られていった。


あるとき、トラックがその家の前に止まっていた。聞くと、引っ越しをするのだという。お世話になりました、と向こうが言うので、私は、同じように短く別れの挨拶を返した。一家が車で出発し、トラックが去ってしまった後、ふとその家の敷地に大きなゴミ袋が三つおいてあるのを見つけた。何の気なしに近づいてみると、その半透明なゴミ袋には、バラバラになった人間が一人ずつ詰められていて、袋の外から中に入っている首もそれぞれ見ることができて、それはどう見ても先ほどこの家を去ったあの家族なのだった。私は警察に連絡し、その家はしばらくの間、立ち入り禁止と書かれた黄色いテープが張り巡らされていた。


あの家を去った家族たちは見つからず、ゴミ袋に入っていた人間の身元も判明しなかった。住んでいたはずの彼らの身元は存在しなくて、何の手がかりもないらしい。私は、去ってゆく彼らも確かに見たし、ゴミ袋に入っていた彼らも確かに見たのだった。私はどちらも本物だというおぼろげな実感があった。私は、家族という、実態を失った概念が、果てしなくどこかへ流浪する様を思い浮かべた。

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