第071話~第080話

第071話 羊飼い

羊飼いの少年が、のどかな夏の日差しを受けて青々とした山の斜面を歩いていた。彼の羊たちは、あたりに生えている草を食ベながら、ゆっくりと彼の後をついてきた。大変おとなしく、聞き分けのよい群れだったので、少年は、時折、食べるのに夢中になって遅れている羊に声をかけるだけで良かった。そうすれば、その羊も気づいて、食べていた草を名残惜しそうに一瞥するものの、すぐに、羊らしい鳴き声をあげて返事をして、彼の元へとやってきたからだ。少年は笛を吹いたり、寝転がったりして、羊たちと過ごした。


羊たちの、おおきな綿玉のようになった毛を刈る時が、少年の一番好きな時間だった。散髪が終わって、羊たちが嬉しそうにその身を震わせるとき、その喜びようといったら!このときには、羊たちはみな、気持ちよさそうに少年に身をゆだね、されるがままになった。少年は羊たちを気に入っていた。羊たちも同じように、少年の事を気に入っていた。


ある夕暮れ時、少年と羊たちは、数頭の狼に会った。狼たちは、少年たちを囲んで、その周りをうろつきながら、獲物を物色していた。少年は、震える手でナイフを抜いて、狼へ向かい合った。狼たちは、群れから離れた少年を、獲物だと認識したようだった。


少しのにらみ合いの後、狼たちが少年に襲い掛かった。少年は、最初に飛びかかってきた狼の眼に、力任せにナイフを刺した。その狼は悲鳴を上げ、もんどりうったが、その隙に一頭が、少年の、ナイフをもった腕に、もう一頭が少年の脇腹へとその牙を突き立てた。少年は地面に倒れ込み、狼たちを振りほどこうとするが、牙はいっそう深く食い込み、少年に苦痛を与えた。地面でもがく少年に、さらに数頭の狼が襲い掛かった。


少年の絶叫がしばらく続き、やがて静かになった。あとには捕食者たちが獲物を咀嚼する音があたりに染み渡っていた。羊たちは、狼が少年をむさぼる間もその場を離れず、狼がそこを去るまで、少年が凌辱されるのを、ただ、じっと見ていた。そして、誰もいなくなった後に、少し眠り、また牧草を探しに、めいめい歩き始めた。

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