第068話 稲妻

遠くで稲妻が煌いた。得体のしれない何かが溶け込んだような、黒く濁った灰色の空を貫き、少し遅れて雷鳴がとどろく。先ほどまでの牧歌的な青空と打って変わり、急激に悪くなった空模様は、鞭で打つようなその響きを皮切りに均衡を崩していったのだった。雨がぽつりぽつりと降り始めたと思ったが早いか、すぐに辺り一面が激しい雨音に呑まれてしまったのである。


私は友人の結婚式へ出席するため、はるばるこの村へやってきたのだった。私も、幼いころをこの村で過ごした。山に囲まれた、澄んだ空気…穏やかな家々…道すがら、そうした景色を眺めて、少しばかり感傷に浸っていたのだった。突然の雨に見舞われてしまった私は、足止めを余儀なくされてしまった。村に唯一ある宿までは、まだいくぶん距離がある。この土砂降りの中を無理やり進むのはちょっと気が引けた。どうしようかと逡巡した際、少し前に古びた一軒家を通り過ぎたことを思い出した。納屋か軒先でもいいので、少しでも雨から逃れ、休む場所を貸してもらう事が出来るかもしれないと考え、引き返したのだった。稲妻は空気を震わせ、雨は、しだいにその勢いを増してきているようだった。


ドアが開いていた。二、三度ノックしても反応は無い。声を張り上げ、呼びかけてみても、答えは返ってこなかった。開いているドアの隙間から、様子をうかがう。音楽が、中の静寂にかすかにのって聞こえてくる。誰かいるのだろう。無礼とは思いつつも、控えめに扉の中へと入る。再度、住人へと呼びかけるが、やはり返事は無い。音のする方へと、私は吸い寄せられるように歩いていった。オルゴールの、どことなく冷たく、機械的な響き。甘く、あどけなさのある想い。切なく、美しいメロディ・・・。気づくと、私はある扉の前に立っていた。扉からは光が漏れており、中で花嫁が死んでいた。ベッドの上で。純白の衣装を着て。眠るように。ナイフに、胸を一突きされて。


オルゴールの旋律は、相変わらずこの部屋を満たしていた。花嫁は、幸せそうに夢を見ているようだった。胸に刺さったナイフが、その夢を守り続けている。胸の周りが、赤く染まっていた。私は花嫁の手を取ると、まだ温かさの残るその手に、彼女が私を待ち続けてくれたことを知る。だが、すべてはもう遅い。外では雷の鳴る音が、不気味に響いていた。そして、雨が、すべてをかき消してゆく。

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