第061話~第070話
第061話 顔料伝
昔、中国のあるところに、顔料という男がいた。天井に雲を描けばその部屋に雨が降り、壁に木を描けば、鳥がその枝へ留まり、吸い込まれてそのまま絵になったという。顔料は筆に通じ、旅を愛した。
顔料が旅をしていた際、ある領主に乞われて、招かれた屋敷に絵を描くことになった。すらすらと壁に領主の姿を描き付け、横に「去って我が身の何たるかを知る」と詩を書き添えた。すると壁に描かれた領主が壁から出てきた。服装も姿かたちも同じだったので、使用人にも見分けがつかなかった。領主自身も互いに自分が本物だと言い、領主が二人になってしまったので使用人たちが困っていると、顔料は、水に溶ける者が、私が描いた絵だ、と告げ、旅に戻った。使用人たちが水差しを持ってくると、自分こそが本物だという一人が水をかぶった。すると、果たしてその体はにじみ、立っていた場所には色のついた水たまりが残った。もう一人の領主が、やはり自分こそが本物だったと言い水をかぶると、同じように水に溶けてただの絵の具に戻った。二人とも、顔料の描いた絵だったのである。
顔料の後年については諸説あり、桃の咲き誇る小さな村を描いて、今もその中で暮らしているとも、自分が描いた虎に食われて死んだとも伝えられている。
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