第048話 二人
ある日、同僚が二人出社してきた。いや、同僚が二人出社してきたのは確かにそうなのだけれど、なんと表現すればよいのか。正確には、まったく同じ同僚が二人出社してきた、というべきなのだと思う。顔つきも、背格好も、来ている服も同じだった。違う事といえば、片方は喋らないという事くらいだった。
妙なことに、二人になった同僚の事を気にしているのは、私以外にいない様子だった。二人に増えた同僚を、チラチラと盗み見ているのは私だけである。他の社員たちは、まったくいつも通りである。私も、特段、害があるわけでもなさそうだったので言及しなかった。それに、倒れてきそうな書類の山が私の机にあったし、今も他の者が新しい書類をその山の上に乗せ、さらに高くしようとしていた。たまっていた仕事をさっさと処理していかないといけないので、あまり他人の事について気を回す時間がなかったというのも理由だった。
二人の同僚のうち、一人は普段とまったく同じように仕事をこなしていた。机にある書類の山(といっても私のものよりずっと低いけれど)も順調に処理されている。一方もう一人はというと、その仕事ぶりを眺めていた。何か手伝うでもなく、邪魔するでもなく、本当にただ眺めていた。同僚の机の上にあった書類の山は、だんだんと小さくなっていった。
私は仕事が終わって帰路についた。例の同僚は私より先に帰っていた。私は駅で電車を待っていた。向かいのホームに、例の同僚が立っているのを見た。片方が、もう一人の胸倉をつかんで何かを問い詰めている。胸倉をつかまれている方は無表情だった。掴んでいる方はやがてそれを離し、愕然とした表情でこちら側のホームを見つめていた。私には気づいていないようだった。アナウンスが流れ、向こうに電車がやってきた。そのとき、胸倉をつかまれていた方の同僚が、呆然としていたもう一人の同僚を突き飛ばした。ひびく警笛。激しいブレーキ音。間に合わない。鈍い音。誰かが息を呑むのが聞こえた。みな、凍り付いていた。駅員が叫ぶ。離れてください。離れてください。その言葉を皮切りに、対岸のホームでは人々が動き出した気配があった。突き落とした同僚の姿は、電車越しで分からない。こちらのホームに電車がやってくるとアナウンスがあった。こちら側では誰一人線路へ飛び込むこともなく、無事に電車が止まった。降りる人間をすり抜けながら私は乗り込んだ。壁に寄りかかりながら、止まったままの向かいの電車を眺めていた。電車は間もなく発車し、私は眼を閉じた。
翌日、同僚は一人だけ出社した。これは今までと全く変わらない。しかし、なぜ、あのふたりは・・・・・・。
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