第044話 昨日泥棒

昨日の事が思い出せない、という経験は無いだろうか。例えば昨日の朝食に何を食べた、とか、昨日の何時何分に起きて夜の何時何分に頭を右向きにして寝たか左向きにして寝たか、といった事柄を覚えているだろうか。覚えていないとすれば、それは昨日泥棒に昨日を盗まれた、という事を意味する。大変おそろしいことに、昨日泥棒に盗まれた昨日は返ってこないのである。巧妙に、狡猾に罠を張り巡らし、昨日泥棒たちは大切な昨日を盗み出す。あまりに鮮やかな手口なので、ほとんどの人間は昨日が盗まれたことを知らずに過ごしているのである……。


盗まれた昨日はバラバラに解体され、盗品市場に売りに出されて二束三文の値打ちで買われてゆく。本来ならば、大切にしまわれているはずだったのに、赤の他人によってツギハギの過去にされ、ついに二度と元に戻ることは無くなってしまうのである。昨日が盗まれている一方で、盗まれた昨日を買う人間がいるのである。買い手たちは悪びれもせず、金にものを言わせて昨日を買い続ける。


泥棒たちが、こうも昨日に執着するのには理由がある。彼らには過去が無いからである。何もない人間たち。空っぽの器。だから他人から盗む。盗まれた昨日のうち、一番大切で美しい部分は、昨日泥棒たちが自分のものにする。そうして、彼らは誰かに成りすますのである。

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