第032話 脳髄の見た夢


君は知っているだろうか。

宇宙空間をただよい、孤独にまどろむ巨大な脳髄の存在を。


複雑に絡み合う重力の隙間をぬって、脳髄は静かに進んでいる。誰かが気づいた時にはすでに宇宙を彷徨っており、いつ、何処からきて、何処へ行くのかは誰も知らず、ただ宇宙の深淵な法則だけがそれを知っているのである。生命が死滅した惑星のそばを脳髄が通った際、誰もかれも肉体を持っていないので、一人としてその姿を見たものはいなかった。幽霊たちだけが、その存在を感知したのみである。そうして脳髄が去ると、また、幽霊たちも闇の中へ溶け、やがて消えた。


無機物から成る天体は、頑なに黙ったまま規則的な回転運動を続けていた。辺りに光はなく、すべてが闇の中で行われていた。脳髄もその例外ではなかった。彼方を流れる粒子たちが、行き場を失くしたまま闇の中を駆けている。時間を越えた空間がどこまでも広がっていた。


有機物と無機物の混じった、マグマの煮え立つ惑星のそばを脳髄は通ったことがある。生命と言うにはあまりにも単純な構造をした分子構成体が、うねりを上げてその星を巡っていた。いつか、はっきりと生命と言えるものが生まれ、知性が生まれ、文明が生まれ、争いが生まれ、そして、いつかは滅びる。ただ、まだその時ではない。何億年、何十億年、いや、それよりもっと後。今はただ、たくさんの有機化合物が混ざり合って、化学反応を起こしているに過ぎないのである。脳髄は通り過ぎる。惑星は何も言わず、虚空へと旅立っていった。


あらゆるものが消え去った無限の中、すべてから自由になって、あの脳髄はいまも漂っている。いつまでも、いつまでも、夢を見続けたまま。

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