第008話 プール

校庭は暗く、そして静かに沈んでいた。ある夏の夕暮れ、ぼくは誰もいない学校へこっそり忍び込み、プールで泳いでいた。いつもより長いこと泳いだので、疲れて仰向けになって水に浮かんでいた。空を見ると、夜の訪れと混じりあった鈍く赤黒い夕焼けが広がっていた。もう帰らなければ。体を反転させると、水の中にぼくが通っていた学校が浮かんでいた。なんでプールの底にぼくの学校があるのだろう。あの頃は楽しかったな。このまま泳いでいったらあの学校へ行けるだろうか。あたりはいよいよ暗くなり始め、急かすように少し冷たい風が吹き始めた。


ぼくは望めばあの頃に戻れるような気がして、プールの底へ向かってもぐり始めた。だけれど、潜っても潜っても、いっこうにそこへ着く気配はない。近づくと、同じ分だけ、遠ざかってゆくような感じだった。振り返ると、水面はずいぶん遠くになってしまっていた。息継ぎには、あんなに遠くまで戻らなければいけない、そう意識すると、ぼくは息苦しさを思い出した。このまま潜って、あの頃の学校へちゃんとたどり着けるのだろうか。ぼくは不安になった。だって、帰るにはあんなに遠くまで戻らなくちゃいけない。息も、もう長くは続かない。ぼくはどうしてもあきらめ切れない気持ちとは裏腹に、気付けば息継ぎのために引き返していた。


水面へあがるや否や、ぼくは大きく息を吸い込み、新鮮な空気を味わった。冷たい風が体を撫で、ぼくはプールから上がることにした。いつのまにか、空も暗い。プールの底にある、あの学校はなんなのだろう。水を覗き込むと、今もあそこに佇んでいる。あれだけ潜ったときの距離と変わらずに。


翌日また夕暮れ時にプールへ行こうと学校へ忍び込むと、プールの水が抜かれていた。許可なくプールへ立ち入ることを禁ず、とある。ぼくはフェンスを乗り越え、プールを覗き込んだ。少しだけ残った水溜りに、ぼくの思い出が映っている。でもきっと、潜ったところであそこへはゆけないのだ。

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