ざっかーあにまるず
@soylatte
1匹目
1. 顔のついたリュックサック
それに出会ったのは、放課後の帰り道、三科通り商店街に西日が差し込んで、肉屋の店先からコロッケを揚げる音が聞こえてきた、ちょうどその頃だった。
安い婦人バックを売っている店の前で、足が止まってしまった。いつもなら、「胡散臭いな」とか「潰れそうだな」とか、そんな失礼な感想だけ抱いて通り過ぎるだけの店なのに。
店先に、昨日まで居なかった顔が吊るされたいた。
リュックサックを相手に〝顔〟という表現をしたのは、あながち間違いではない。なぜならそのリュックサックには、ちゃんと顔があったから。
顔は、気だるげな様子だった。黒く塗りつぶされた瞳は、私と目があった時、私のことをどう思っただろう。
耳は、垂れていた。焦げ茶色のボディは、婦人好みの派手な色が並ぶ店内では大人しい。
お腹のところは、小物入れるようなポッケになっていた。両側面から綿の詰まった腕が飛び出していた。腕の付け根から白いチャックが伸びていて、反対の腕の付け根までぐるっと半周していた。
ー クマだった。紛れもなく、クマだった。
ふと、目があったような気がした。とても商品とは思えない、やる気のない顔で吊るされているから、処刑を待つ囚人のようにも見えた。最初から生きていないものに、「生きる活力を失っている」と思うのは初めての体験だった。
「…いらっしゃいませ」
店の奥から店員らしい中年の女性が何かを疑るような面持ちで出てきた。ブワッと薔薇の香りがした。
「そちらですか?」
店員はクマをチラとみた。
「最後の一点になります。」
クマのチャックに値札が付いていた。
〝キズあり半額〟と書かれた赤いシールが貼られていた。
「1000円でいいわよ。」
私が黙っているのが焦れったくなったのか、店員はぶっきらぼうに言った。
これで半額から更に1200円割引になったわけだ。
なんだか、急にこのクマが気の毒になった。
客層の合わぬこの店に長年置かれ、何かのきっかけでキズをつけられ、半額にされ、店先に吊るされて最終的には叩き売りだ。
クマは今にも飛び降りてしまいそうな目で地面を見つめている。
「…まいど。」
気づいたら私は、1000円札を店員に渡していた。店員はそれをポケットにしまうと、ゆっくりとした動作でクマを下ろした。
「ありがとうございましたー」
私がクマを受け取ると店員は愛想なく店の奥へ戻っていった。
買い出し中の主婦が往来する中、私とクマはしばらくその場で見つめあった。
肩にかけていたスクールバックをいったん置いて、クマを背負ってみた。
ベルトの長さを調節し、向かいの美容院のガラスに反射する自分の姿を確認する。
クマはまんざらでもないような顔をしているように見えた。
私も、まんざらでもなかった。
そのまま、家路に着いた。スクールバックは腹に抱えた。
2分くらい歩いたところで、女子高生にとっての1000円の重みというものを思い出した。しまった、次のバイト代が入るまであと5日。残金は1500円になった。
「どんまぁーい」
後ろの方で、そんな声が聞こえた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます