『ある軍人の肖像』

ミーシャ

『TEAR'S OF SEIREN』

『TEAR'S OF SEIREN』 前景

彼の曽祖父は英国で銀行を経営し裕福な家庭と資産を築いたので、娘を名のある貴族の家に多額の持参金と共に「売りつけた」。


彼女は自分の身の上について、不満がなかった。そのため、父親の出世欲にも、そのための算段にも、さほど関心を払わずにいられた。父親は彼女のために、よりよい生活を与えようというのだ。どうして文句を言う必要があるだろうか。


しかし彼女は、よくできた女性だった。教育のおかげか、天性のものかは知らない。しかし、生まれながらの貴族であるかのような威厳と振る舞いに、迎えたほうの男爵が面喰った。


とにかく、美しく有能な妻として、また、五人の息子を生んだ優しい母として、彼女は人生を全うした。


彼女は五人目を生んですぐに他界したが、息子たちもあまり長生きをしなかった。五人いるうち、上の二人は非常に仲が良く、ともに好奇心旺盛な青年だったが、無謀な船旅に出て、流行の病に倒れた。結果、その二人とは真逆の、堅物な三男が爵位を得て、家督を継ぐことになった。


四男は、自分の欲望に素直な方では無かったが、不器用なために、酒と芸術に身を持ち崩した。五男は、才能も見た目も平凡だったが、兄の期待には応える賢明さを持ち合わせていた。たいして丈夫ではない身体を引きずって、毎夜、兄代わりに社交界に顔を出しては、つまらない自慢話やほら話にも世辞をわすれなかった。


もとより閉塞的な日常であったが、きらびやかな光に、とうとう頭をやられたのか、その五男は大胆な行動に出た。


夏夜に開かれた伯爵主催のパーティで、彼は珍しくよくしゃべり、酒を飲んだ。そして、勢い余って、パーティの花たる女性陣の輪に飛び込むと、その派手な容姿と話しぶりで異彩を放っていたロシア貴族の娘と、結婚の約束を交わしてしまったのである。


この話の主人公は、その五男の二番目の息子、三番目の子どもとして生まれた。ところはイングランド本島、ウェストミンスター、時は一九世紀末である。

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