第14話

 買い物を終わらせた翌日の朝、シアの朝食を食べた洋太郎は食堂で何をするかを考える。

 この二日は休養日だとは言ったが、何もせず部屋でごろごろするのは洋太郎の趣味ではない。

 食後のお茶を飲みながら、早々に鍛冶場に移動するバルドの背中を眺めつつ口を開く。

「シア、今日は休みだがおめーは何をするつもりだ?」

「何をすればよいのでしょう?」

 小首を傾げ、シアは食器を洗いながら問い返す。

 まさかの答えに洋太郎はムッと唸り、自分で考えろと言いかけてそれは無理だと眉間にしわを寄せる。

 体を休めるとは言え、何もしないというのは時間の無駄だ。

「おめーのやりたい事をやれば良い、と言いたい所なんだが……」

「やりたい事……?」

「そうなるよな」

 一般的な返答をしてやったが、どう考えても“やりたい事”が分からないだろうと気づいていた洋太郎。小さく嘆息を零し、とりあえずと例を出してやる。

「好きな事をすればいい。おめーなら、料理か? 他には、自分の装備のチェックだな。装備に不備があれば、後々困るのは目に見えているからな」

 そこまで言ってから、ああと声を上げる。

「食糧の確認もあったな。おめーが出先でもそれなりの味を求めるんなら、調味料や野営用の道具も必要だろう。後は……そうだな。煮炊きができない時の為の保存食が必要だな」

「煮炊きが出来ない状況、ですか」

「ああ。この辺りは至って平和だが、辺境での妖魔侵攻や国家間の戦争に召集された場合もありうる。特に、斥候や野外の奇襲作戦なんて受け持てばそんな贅沢はしていられなくなるしな」

 洋太郎の言葉に、シアはなるほどと納得する。

「でしたら、私は手持ちの袋や鞄をさらに加工しようと思います。その為に、真銀糸を少々と少し質の良い原石の魔法石を買いに出ます」

「……おめー、手持ちの金は大丈夫か?」

 シアの言葉に、洋太郎はしばし考えてから問いかける。

「……少々お待ちください、帳簿とお財布を持ってきます」

 洋太郎の問いかけにシアはそう答え、全ての食器を洗い終え手を拭きながら小走りで部屋へと戻っていく。

 今現在、シアと洋太郎は財布を別にしている。昨日の服屋の会計も、シア本人が出していた。

 それなりの枚数の服を買っていた事を考えれば、真銀糸や質の良い魔法石の原石を買うのは無理ではないかと眉を寄せる。

 最初の報酬を半分に分け、それから買い物や家賃などを洋太郎は別に払うように言い渡していた。

 生活の全てを洋太郎の財布から出すのは、彼女自身によろしくないだろうと思ったのだ。

 金銭感覚を身に付けさせ、常識を教え込み、自立させてやりたい。

 そんな親心の様なものを抱きながら、昨日の服代は出してやっても良かったのではないかとも考えてしまう。

 そもそもシアは己の財宝ではあるが、人間としては無一文で始まっている。

 体と知識だけがある赤ん坊状態の彼女に、無理やり独り立ちさせる為の経験をさせているのだから少しくらい甘やかしてやっても良いのではないかと思ってしまう。

「洋太郎、これが帳簿です」

 シアがキッチンの扉を開け、洋太郎に声を掛けながら帳簿をテーブルの上に置く。

 無表情に見えるが、若干眉尻が下がっている。その表情は、いうなれば不安というところであろう。

 よく見なくては分からない変化に洋太郎は小さく笑みを浮かべながら、シアが自身の収支を書きこんでいる小さな紙の束を手に取る。

 端を糊で止めてある少々紙質の悪い小さな冊子と言ったそれは、二百年ほど前から出回っている物なのだそうだ。

 そもそも冊子という存在自体は大分昔からあったが、紙自体が高価であったので基本的に羊皮紙や魔獣の皮を使った皮紙などが主流であった。

 三百年ほど前、洋太郎が眠る直前に新しい紙の製法が出来たという話を小耳にはさんでいたが、それが冒険者にまで使えるほど技術が進歩していたとはなかなか感慨深い物がある。

 そんな事を思いながら、ぺらりと帳簿を開く。

 半年前の収入から、こまごまとシアが買ったものや収入などが記されている。

 シアが長期依頼を受けた香る緑の樹亭での給金もしっかりと記入されており、意外に良い額である事に洋太郎は若干驚く。

 しかし、考えてみれば基本は厨房にだが接客ももして働いていたのだ。その分も何割か入っているのだろう。

 また、年末年始は香る緑の樹亭では大忙しであった。

 その分の手当てもしっかりと出ている様で、収入の金額がかなり大きい。

 折半している家賃や、途中からは食費の金額も記されている。

 かなり小まめに書き記されているのに感心しながら、洋太郎はちょいちょいと挟まれる給金ではない収入に気が付いた。

「シア、この収入はなんだ?」

「はい。ジャイアントビーの羽根を少々魔法薬に加工し、そこそこの出来の物を道具屋に持ち込んだところその値段で買い取ってくれました」

 あっさりと応えるシアに、洋太郎は思わず眉間にしわを寄せる。

 魔法薬を作るのには魔道具制作だけの設備では、不足がある。魔術師と薬師の知識が無ければいけないし、設備もまた薬師寄りの物が必要であったはずだ。

「どこで魔法薬を作った?」

「借りている工房でですが?」

「設備はどうした」

「バルドにお願いして、借りています」

 洋太郎の問いに、シアは間髪入れず応える。

 バルドからは何も聞いて居なかったが、よく考えれば全てを洋太郎に報告する義務は彼にはない。

 シアが自主的に何かをしたいと思ってしたのであれば、そこは咎めるところではないのだ。

 だがしかし、問題はある。

「おめー、道具屋に持ち込むときなんて言った?」

「買って欲しいとお願いしただけです」

 シアの返答に、洋太郎はそうかと頷く。

 道具屋が詮索するには少ない回数であろうと洋太郎は納得し、帳簿を再確認する。

 半年の間に魔法薬を三回持ち込んでいるのが、記されている。

 結構な値段で売れている所を見ると、シアにとってはそこそこの出来でも店にとってはかなり質の良い物なのだろう。

 昨日までの収支の数字を見れば、駆け出しの冒険者にしては結構な金額を持っている事になる。

 しかし、保存食からシアが欲しがるであろう香辛料に調味料。その他もろもろを考えれば、少々足りない気がする洋太郎。

 しばし考えた後、問いかける。

「魔法薬はまだあるか?」

「はい。若干悪くなった素材を使ったにしては、良い出来の物があります」

 シアの返事にそうかと頷き、更に問いかける。

「売りに行く際、誰かに相談したか?」

「はい、バルドにどこに行って売ればよいのかを聞きました」

「……その時に、どんな話をした?」

「原価という概念を学びました。硝子の小瓶を購入した値段と、ジャイアントビーの羽根以外の材料。それに私自身の薬剤師としての手腕もまた、値段に含まれると言われました」

 シアの返答に、洋太郎は思わず小さく笑う。

 バルドの言う通り、原価の設定を疎かにしてはどんなに良い物を作ったとしても正当な値段で取引してもらえない。

「バルドに感謝するんだな。それと、何か相談事があれば俺にも一声かけろ。後から問題が出てきた時、俺が困るんだぜ」

 洋太郎の言葉にシアは素直にこくりと頷き、若干肩を落とす。

 シアなりに、一人で何かをしたかったのだろう。

 成長の一端である事は確かなので、シアの頭を優しく撫でる。

「これも、おめーが成長するための経験だ。落ち込むだけじゃなく、しっかりと何が悪かったか考えて、気をつけろよ」

「はい」

 シアは洋太郎の優しい言葉に頷き、しっかりと彼を見る。その姿に、洋太郎はシアが己の言いたいことをしっかりと汲み取ったのだろうと推測する。

 半年ほどしか共にいないが、シアの他者の意を汲む能力はかなり発展している。給仕の仕事が、シアの経験をいい方向に積ませたのだろう。

 洋太郎は目を優しく細め、小さく口角を上げながら帳簿をテーブルに置く。

「買い物は俺も行くぜ。食料の類は基本、パーティ内で折半するもんだ。調味料も、おめーがうまいもんを作って食わせてくれるなら喜んで出すぜ」

「そう……いう物なのですか?」

「俺が……いや、俺に“冒険者”を教えてくれた奴らはそう言っていたぜ」

 洋太郎は己が経験してきた事だと言いかけたが、シアにはまだ自分の出自を教えていない。それを思い出したので、最初の頃に冒険者として独り立ちするまで面倒を見てくれた者達の事を言う。

「おめーが作るものを俺も食うんだ。折半するのは公平で、当たり前の事なんだぜ。それに、交代で飯を作るってのも負担を一人に押し付けない為、てぇのもある」

 洋太郎は不思議そうな表情を浮かべているシアに、まだ早かったかと苦笑する。正直、情操教育はどうすればいいのか洋太郎は全く考えていなかった。

 いきなり殺伐とした世界に突っ込んで、それで一応通用するのでこのままでもよいかとは思わなくもない。

 だが、冷酷な人格に育つのはそれはそれで問題だろうし、洋太郎本人が嫌だ。

「とりあえず、買い物に出ながら考えるか……」

「? わかりました」

 洋太郎の呟きに小首を傾げながらも返事をするシアに、洋太郎は何とも言えない表情でその頭を撫でてから立ち上がる。

 彼女を一人で行かせた際に食糧などの荷物を大量に購入し、人目のあるところで無限鞄に収納したりすれば変な輩に目を付けられかねない。

 それでなくともシアの可愛らしい上に華奢な風貌は、よろしくない輩に目を付けられやすいのだ。

 そいつらから身を護る事はできるだろうが、加減が分からない可能性がある限り一人で出歩かせるのは危なすぎる。

 洋太郎は保護者として同行しなくては心配なので、ついて行く事にする。

 己と同じように外出の用意をする為に、財布と帳簿を持って部屋を出ていくシアの後ろをゆっくりと着いていくのであった。

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