第13話 変化

 それから2週間の時が流れた。

 

 正直、家に帰るタイミングを見失っているし、なんだかんだナギの家が居心地が良くて居座ってしまっている。


「今日から6月だね~。そういえばあんた達って雨でも人魚になるの?」

「なるよ。少しなら平気だけど集中的に水を浴びると人魚になる」

「へぇ~。じゃあ、6月中は大変だね」

「まあね」

 そんな何気ない言葉を交わしながら一緒に家を出る。

 今日は久々に一緒に登校できる日。ナギの制服姿が逆に新鮮に思える。

「なに?」

 不意に視線があって慌てて逸らす。

「なにも?」

「ふーん。……そのスカート、丈短くない?」

「え?みんなこんなもんだよ」

「……あっ、そう」

 ぷいっとそっぽを向くナギ。

 なにが不満なのか私にはさっぱりだ。

 ナギが家の鍵を閉め、一緒に下の階に降りていく。

 外に出るとまあまあな量の雨が降っていて、空は曇天一色。

 2人とも持ってきた傘を広げる。

「カッパも着た方がいいんじゃないの?」

 ナギの方を見て心配して声をかける。

「このくらいなら大丈夫」

「そう……」

 まあ、私は人魚じゃないからその基準はよくわからないしそういうもんなんだな。


 広げた傘をささずに1回雨に打たれる。

「なにやってんの?」

 ナギに呆れた目を向けられる。

「雨浴びるの昔から好きなの」

「へー」

 明らかに興味のなさそうな声音にムッとしながら改めて傘をさす。

「いこっか」

 そういって1歩踏み出した瞬間、目の前がグワンと大きく揺れる。

 心臓の当たりがとびきり熱くなってくる。

 待って、何これ。

 立っていられずに座り込む。息がしづらい。

 足が熱い。

 海の中にいるような水が体を撫でていくような感触が内側からする。


 なにこれ、怖い。


「……ん!……莉音!!」

 ナギの声がハッキリと聞こえてきてそちらを見やる。

「ごめん……なんか……今……」

 違和感を感じる自身の足の部分を見て驚きで固まる。

 征服のチェック柄のスカートから雨に濡れてキラキラしているオレンジ色の魚の尾がでている。

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。

「って、えええっっ!?」

 ナギは無言で、傘を器用に肩で持ち、私の尾ひれの下に右手を入れ、左手を私の肩に添える。

「掴まって」

「はい……」

 有無を言わせぬ感じにすぐにナギの肩を抱きしめる。

 恥ずかしい……。でもそんなこといってる場合じゃないよね。

 心臓がバクバクいってる。






 なんとか家につくとナギが私を玄関におろす。

 なにか言おうとするけど上手く言葉が出てこなくて黙る。

 ナギは靴を脱ぎ部屋に上がったかと思うとタタタと駆けていきフェイスタオルを持って帰ってくる。

「これで拭きな」

 投げて渡されたそれをキャッチして濡れた髪や制服を軽く拭いていく。


「……夢みたい」

「なにが?」

 隣に座り込んだナギはぶっきらぼうな声音とは反対の心配そうな瞳を向けてくる。

「私が人魚とか……」

 そういっているうちに見慣れぬ尾ひれは姿を消す。

「ねえ」

「なに?」

「……溺れた私を助けてくれた時、私って人魚の姿だったの?」

「……ううん。人間だよ」

「そっか……。まあ、そうだよね。今までお風呂入っても雨に濡れてもこんな風になったことないし」

「……」

 この人はなんでこんな暗くて考え込むような表情かおしてるんだろ。

 相変わらずよくわからない人。

 いつも通りの人間の足を少し伸ばしてみる。

 なんか安心する。

「立てそう?」

「え、うん」

 立ち上がりガッツポーズを見せる。

「この通り、バッチリ!」

「良かった」

 そう言うと改めて靴に足を通し隣に立つナギ。

「お前の方がこれ着た方がいいよ」

 玄関の棚からとったカッパを渡される。

「……へーい」

 正直、着るのめんどいけどナギの言う通りだと思う。

 受け取ったカッパを着る。

「じゃあ、行こうか」

 改めて学校に向かう。


 海辺の人気のない道を2人で歩きながらぽつりぽつりと話す。

 ほとんどは道が狭くて前後になるだけ。

 ナギってやっぱり可愛いからその背中を改めて見てると守りたい衝動に駆られて困る。

 推し活中も他の人も自分もよく#ナギくんを守りたいとかつけてたけどあらためて見てその気持ちが膨らむのを感じる。

 でも無理やり空気を抜く。


 例え今は一緒に暮らしていて距離が近くてもだからって調子に乗っていい相手じゃない。


「そういえば、今日からはヨウの家に行く話、覚えてる?」

 横並びになった時、不意にそう言われて驚く。

「え、いや、全然!そんな話されたっけ?」

「したと思うけど……。ともかく、今日からはヨウの家に行って」

「え、なん」

「いいから」

 有無を言わせない感じでいうと人気も多くなってきたからか小走りで先に進み、

「じゃ、ここからは別々で」

といって去っていく。

 ……本当、いつも自分勝手!


 ヨウかソラが私に恋して人間になったっていってたけど本当なのかな。

 まあ、初恋はあくまで私でもさめてるのかな。


 不意に自分の姿を見下ろす。

 はねても特に気にしない肩に着くかつかないかの茶髪に、見なくてもわかる化粧っ気のない顔。


 ……でも、別に良くない?

 好きになるならこの私を好きになって欲しいし。

 誰への言葉かも分からない言葉が胸の中から溢れてくるのを感じながら私は学校へ向かった。







「なにむすっとしてんの」

「別に。ナギくんがムカつくだけ」

 そういうと、ともちゃんはあからさまに大きくため息をつく。

「ああ、めんどくさ」

などといいながら乱暴に野菜ジュースを飲む姿を少し脅えながら見る。

「で、何があったわけ?」

「ともちゃん!⋯⋯」

 なんだかんだいってちゃんと私の話を聞いてくれる、そんなともちゃんが私は大好きだ。

「あいつさ、ひどいんだ!自分勝手過ぎるんだよ」

 さすがにともちゃん相手でも一緒に暮らしていたことは相手の立場上話せないからかなり濁して伝える。

「私の気持ちなんてきっとなんにも考えてないよ!」

「んー」

 曖昧な相槌をしながら話を聞いてくれるともちゃん。

 私はというと、一度口火をきってしまうともう止めることができず関係ないことまで口走ってしまう。

「それにさ!ちょっとゴミを落とそうものならすぐにガミガミガミガミ姑みたくうるさいし!」

「んーんー」

 ちゅーちゅーと野菜ジュースを吸いながらそういうともちゃん。

「あと、皿洗いの時とかそれこそ姑みたく⋯⋯」

「誰が姑だって?」

 その声に「うわああああっ!?」と大声をあげて椅子から転げ落ちる私。

「な、なんで、あんたがここに!?いつのまに」

 そう言葉を続けようとするが、ナギが顔を抑えてそっぽを向き何かを指さしている。

「ちょっと!!真面目に聞いてくれない!?」

「だから!それ!」

 そういうナギの声音に仕方なく指さす方向をみる。

「なっ!?」

 よりにもよってくまさんの柄のパンツが顔をのぞかせている。

 恥ずかしいという感情が突き動かすままに行動をおこす私。






「あんた、アイドルに平手打ちとかある意味すごいわよね」

 そういって背中をバンバン叩いて楽しそうにしてるともちゃん。

 こちらとしては全然楽しくないし、笑えない。

 仮にもアイドルの男の子の顔に容赦なく平手打ちするなんて⋯⋯。と一人ズーンと沈んでいるとイケメン担任が教室に入ってくる。

 ちなみに今は昼休みで教室には私とともちゃんを含め数人しか生徒がいない。

「あ!先生!どうしたんですか?」

 そういってニコリとイケメン担任に微笑むともちゃん。

 相変わらずすごい変わりよう⋯⋯

「おお、四宮。愛川もちょうどいいところに」

 そういってこちらにくるイケメン担任に嫌な予感を覚えてる。


 そして、私のその嫌な予感は見事に的中し⋯⋯。






「ああー!もう、なんで私がこんなこと⋯⋯」

 今は放課後。はやく部活にいきたいというのにお昼休みイケメン担任に頼まれた荷物運びをやらせれている。

 あの担任、私のこと都合のいい家来かなにかと勘違いしてない?ああー、もう⋯⋯。

 重たいダンボール箱を抱えながら必死に歩く。

 荷物を運んでいるのは今は使われていない東校舎で、窓から差し込む夕日も手伝ってのことかホコリが舞っているのがよくわかる。

「ふうー!これでおわりかな⋯⋯」

 そういって額の汗をぬぐうと私は部活にいくため歩みをすすめる。が、ふと目をやった先に⋯⋯。

「音楽室だ⋯⋯」

 今は使われていない少し古い感じのする音楽室に引き寄せられるように近づいていく。

 ガラガラッ

 戸があくと大きなグランドピアノが目に入り、何故だか気分が高揚してくる。

 椅子に座り、ホコリがうっすら積もった鍵盤に指をおく。

「ラララー♪ラーラーラー♪」

 ピアノなんてめったにひかないのに、自然と指がメロディを奏で、私の口はどこか懐かしい歌を歌い出す。

 なんだろう⋯すごく⋯⋯落ち着く⋯⋯。

 この歌は一体⋯⋯。

「ラララ」

 ガラガラッ

 もっと歌おうとしたところで戸があき、ソラが入ってくる。

「な、なんであんたが!?ていうか、聞いてた?⋯⋯」

 音楽室で一人で歌ってるとかかなりの変人だよね⋯⋯うわああ、恥ずかしい!

「さっきの歌⋯⋯」

「あ、あれは⋯⋯そう!次の音楽の時間までに作曲しなくちゃいけなくてさ!」

 音楽の授業で作曲させるとかどこの専門学校だと言う感じだしほんとに嘘っぽい言い訳だがいわないよりかはましだろう。

「小さい頃聞いたような⋯⋯」

「え?⋯⋯」

 キンコーンカンコーンキンコンカンコーン

 そこで17時を告げる鐘がなってソラは慌ててかけてく。

「あ、ちょっと!」

 小さい頃聞いたような⋯⋯ってどういう意味なんだろう。なんてモヤモヤしながら私も音楽室をでる。

 気づいたらこんな時間だしほんとにはやく部活にいかないとな⋯⋯。

 にしても、なんでソラは使われていない東校舎にいたんだろ。

 なんて色々思いながら夕日が差し込む廊下を歩いていると女の子の泣く声とそれを慰める声が聞こえてきた。

 そっか⋯⋯。なるほどね⋯⋯。

 ここ、東校舎は今は使われていないというのに加えて、夕日が綺麗に差し込み非常にロマンチックな情景になることからよく告白場所に使われるらしい。

 あながち、呼び出しを受け東校舎にきたソラは女の子をふって帰ろうとしたところで私の歌が聞こえてきたのだろう。

 ⋯⋯偶然タイミングが重なったんだろうけど⋯⋯。

 偶然、怖い⋯⋯もう二度とあんな恥ずかしい真似はしないようにしようと心に誓う私だった。







「はあー!疲れたーーー!!」

 遅れて部活に行った私は部長に「担任に荷物運びを頼まれて」といったのだけど、「荷物運びにこんなに時間がかかるのは体力がないからだ!」などといわれ、ひたすら走り込みをさせられた⋯⋯。

 理不尽すぎるよ⋯⋯。

 一応、人助けをしてきたというのに⋯⋯。

 まあ⋯⋯とにかく、はやく帰って休もう。

 自然と足がナギの家に向かってたけど今日からヨウの家なんだ⋯⋯。

 つい、いつもの癖でナギの家にいこうとしてた。

 今日からヨウの家っていうのが、なんだかすごく悲しくて私はごまかすように近くのコンビニに入る。

 そもそも、さすがにもう実家に帰らなきゃとは思ってる。

 でも今更どんな顔して帰ればいいかわかんないし……。

 もう、こうなったらやけ食いだ。と思い、かごに甘いものを容赦なく突っ込んでいく。

「あとは⋯⋯」

 残り1つの変わり種のスナック菓子が目に入りそれに手を伸ばすが、別方向からも手が伸びてきてその手が私の手に重なる形になる。

「す、すいません」

「俺こそ⋯⋯」

 うつむいていた顔をあげてその人を見る。

「って、風雅!?」

「姉ちゃん!」


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