第35話 苦悩
〜モモ〜
「わざとでしょ?」
「へっ?なにがぁ?」
「莉音、よんだの」
「⋯⋯ナギにはバレバレだね。」
「誰にだってわかるし」
そういってむくれるナギは可愛い。
昔と全然変わってない。
こういうところだけは⋯⋯
「これが終わったらちゃんと教えてよね」
強い声音でそういうナギ。
そういう部分初めてみるからすこし戸惑うよ。
小さい頃、ナギは恋をしたらどんなふうになるんだろう。見てみたいな、とか考えたりしたけど⋯⋯。
私以外の女に恋をしたナギを見たくはないの。わがままだよね。迷惑だよね。そういうの全部、わかってる。でもこの想いはとめられないの。
ナギの心の中に占める私の割合は、いつだってちっぽけだ。
どうやったらナギを振り向かせられるのか。ナギの心にいられるのか。
どれだけ考えてもわからないよ⋯⋯。
「ナギ、ジェットコースターいこう!」
「⋯⋯モモ⋯⋯僕がそういうのダメなの分かってていってるの?」
「当たり前でしょ」
ニコニコとそういうと呆れた様子でため息をつくナギ。
そんなところも大好き。
私だったらナギを傷つけたりしない。
ナギをいつだって笑顔にさせたい。
なのに⋯⋯。
こんな時間がずっと続けばいいのに。
ナギの手を握る私の手には自然と力がこもった。
〜莉音〜
「えーと、ありがとう。キールくん。タクシー代はあとからちゃんと払うので!」
「当たり前だよね、そんなの。それに僕があなたみたいな低脳な人間と一緒にいてあげたんだからプラス三千円は払ってよね」
「なっ⋯⋯」
このひねくれ坊主が⋯⋯。
けどなんだかんだいって送ってくれたんだし⋯⋯。
今回ばかりは仕方ないか⋯⋯。
「じゃあ、ちゃんとお金払ってよね。今日はもう帰るんで」
そういって一丁前にズボンのポッケに手を突っ込みテクテクと歩いていくキールくん。
いいところもあるっていうのは垣間見えたけどやっぱりいけ好かないガキね⋯⋯。
家に帰るともう夕方の四時だった。
誰もいないシーンと静まりかえった家の中を歩きまわる。
カバンはここにおいて⋯⋯。
携帯テーブルの上にあるし⋯⋯。朝寝坊して全然気付かなかった。しかも相当メールきてる。
確認してみれば予想通り、エロからのメールで溢れていた。
⋯⋯⋯⋯このメールの処理はあとからにしよう。
冷蔵庫になんかはいってないかなあ。めちゃくちゃお腹減ったんだけど⋯⋯。
開け放った冷蔵庫の中身は空。
こういう時に限って⋯⋯。
んー、どうしよう。今から出るのもめんどくさいしなあ。
ピンポーンピンポーンピンポーン
唐突になった三回のチャイム音に心臓が跳ね上がる。
三回のチャイム音はれん兄って決まってるから⋯⋯。
でもまさか⋯⋯。そんなことを思いながら玄関にむかう。
「莉音、いる?」
「!!」
インターフォン越しのくぐもった声。でもはっきりとわかる。れん兄だ。
ピタリと動きがとまる。
「いる⋯⋯よね?さっき家に入ってくの見えたし」
れん兄の声。
今でもれん兄の声を聞くと胸がキュンとせまくなって心臓がドクドクと音をたてる。
「さっき部屋で勉強してたらちょうど窓の外に莉音が見えてね。『お腹減った〜。疲れた〜。』って顔してたから」
ガサゴソとビニール袋のなる音。
私の頬を一筋の涙が伝う。
れん兄はいつもそう。
なんでもお見通しでさりげない気遣いがすごく得意で大人で優しくて大好きな人。
でもいつも遠いところを見て微笑むどこか遠い人。
インターフォン越しに聞こえてくる声に私はなんと答えればいいのか⋯⋯。
だって私、欠片も好かれてないのに。やっと諦めきれてきたのに。
声を聞くと封じ込んでた思いも告白した時に投げかけられた言葉もその時の苦い想いも全部でてきて止まらない。
「HRN、忙しい?」
なんでそんなことを言ったのかわからない。けど、それしか言えなかった。
「うん。結構忙しいよ。雑誌の撮影だー、テレビの収録だーって一日かかることも普通だし⋯⋯」
「そうなんだ⋯⋯」
「莉音はどう?最近忙しい?」
「私?私⋯⋯は⋯⋯ねえ」
なんでだろう。
ポロポロと涙がこぼれてとまらない。
みんなそうなのかな?
世の中の人はみんな、フッた人とフラれた人という関係でも普通に今まで通り話たりするの?
そんなこと⋯⋯ないよね?
辛いよね⋯⋯?
誰か教えてよ⋯⋯。
玄関にうずくまって必死に涙をぬぐう。
「⋯⋯⋯⋯じゃあ、ちょっと用事あるし行くね。これはここに置いてくから⋯⋯」
ビニールのガサゴソいう音と足音が聞こえなくってから、私は立ち上がり外に出た。
ビニール袋に入っていたのは私の大好きなれん兄特製の五目おにぎり二つとお気に入りのいつも飲んでるお茶。
ひらりと落ちたメモ用紙にはれん兄の綺麗な文字で
『ごめんね。』
とかかれていた。
なにがごめんねなのか。
れん兄は何を考えているのか。
そういうことは後から考えよう。不思議と、そう思えた。
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