天使の安息地

なつき

第一章 小さな白魔導士と精霊使いの少女

 黒い鳥が群れを成し空を覆うと闇色の帳に変わり激しい雨を降り注がせてきた。その雨脚の強さに顔をしかめながらも、小さな少年は雨避けの大木を探して駆けてゆく。

 どこまでも広々とした平原。そのどこにも雨避けに相応しい大木は見当たらない――と思いきや、一本の大樹が聳え立っている事に気がついた。少年は猛禽が獲物を狩るような速さで大木の木陰に滑り込むと、顔を拭って空を見上げた。

 まだ八歳ぐらいの見た目の光を溶かしたような綺麗な白髪、そして雲一つ無い夜空よりも透き通った闇色の眼差しをした白いマントを着た中性的な顔立ちの少年だった。

 その少年の名前は《ルーティス・アブサラスト》、旅の白魔導士の少年だ。

「……ふぅ、雨とは困ったね」

 一息吐いて、ルーティスは身体を拭う。焼け石に水ではあるが……風邪を引きたくは無いのである。

「いやはや困りましたなルーティス・アブサラスト様」

 不意に木陰から厭らしい声が響いた。まるでお風呂場に湧いた黒カビのようにしつこくねちっこく、耳に残る声音だ。ルーティスは何の警戒もしないで声のした方に振り向く。

 彼の視線の先には唐草模様の風呂敷を背負った蛇が一匹いた。頭の下が平たい蛇で、古代のお洒落アイテムと謂われた《グラサン》を装備した胡散臭い蛇だ。どこをどうしたらこんな風呂敷を背負えるのか……不思議である。

「あれ? オニヘビも雨宿り?」

 彼の種族名は《オニヘビ》。世界各地を行商して廻りながら生息するかなりしぶとい生命体だ。多分どれだけ大規模な戦争が起こって人類が絶滅しても、何となくこいつ等だけは生き残っていそうな気がしてならない。

「えぇそうでございますぞルーティス様」

 どうやら二人は顔見知りらしい。気安く話しかけたルーティスに同じく気安い返事を返すオニヘビ。

「いやはや困りましたな。明日にはこの先の村で商品を捌きたいのですが……」

「大丈夫? 濡れたら危ない商品とか入っていない?」

 言うより早く、ルーティスは浄化の白魔法を掛けて雨を蒸発させてゆく。

「いえいえ大丈夫でございます‼ しかしありがとうございますぞ‼」

 深々とお礼を述べるオニヘビ。

「それにしてもこの先の村って確か……」

「はい。《天使の安息地・マリシアス》でございますぞ」

「あぁ……それは困ったね」

 ルーティスは雨雲を仰いで、うんざりと嘆息を洩らしたのだった。


 天使の安息地・マリシアス。

 かつてこの土地には女神の生まれ変わりである『六人の姫君』に仕えていた『天使マリシアス』が来訪したと言い伝えられる伝説の残る場所だ。天使は林の奥に美しく澄んだ泉のあるこの土地をたいそう気に入って、人々を招いて村を興した。

 そして天使亡き現在は、その末裔が彼女の名前を冠に頂き村を切り盛りしているという訳だ。

「……しかし雨、止まないね……」

 ずぶ濡れのルーティス少年は、村の入り口である門の前で呻いた。あの後得意技である《魔力と対話する魔法》を使って付近の風の魔力から雨雲の推移を訪ねたところ。かなり長い間雨雲が停滞するらしいと訊き慌てて村まで急いだ訳だ。

「ふぃ~大変でございましたな‼」

 オニヘビもぷるぷると身を振って水気を払う。ルーティスはまたオニヘビの風呂敷を乾かす為に浄化魔法を無詠唱で行使していた。

「この村の宿はどこだっけ……?」

 とある民家の軒下で雨粒を拭い、改めて見回してみる。マリシアスはそこそこ大きな村で、行商人も良く通過する。その為素泊まりの宿は村外れに建てられているはずだ。

 しかし……。

(……何か、嫌な雨だなぁ……?)

 今まで平原で降っていた雨もそうだが、雰囲気が妙に薄ら寒い。まるで雨の帳の向こうに死神が鎌を手にひっそり待ち構えているような……控えめに言って、余り良い気持ちになれない雨だ。

「……旅籠は確かあちらでしたな?」

 オニヘビは尻尾を雨の先に向けた。彼は何度かこの村に行商に来ていたらしく、地理は把握していた。

「ささ向かいますぞルーティス様! 雨は止まないのでしょう?」

「うん、そうだね」

 雨の中に再度飛び出す二人。

「ねぇオニヘビ?」

「なぁんですかな?」

「やっぱこの村雰囲気おかしくない?」

「雰囲気ですかな?」

 オニヘビは駆けながら村の空を見上げて顔をしかめた。

 昼間でも薄暗い雨雲に恐怖を呼び起こす程に冷たい雨。そして時折村の中を何か氷の粒が肌を撫でて通り抜けて行くようなぞっとする寒気……。

 ……しかし。

「そうですな、なぁんか雰囲気が薄ら寒いですなぁ? まぁ旅人の我らには全く関係ございませんぞ」

 オニヘビはしれっと言ってのけた。

「でも何か頼まれたらどうするの?」

 ルーティスの質問に、

「解決は積まれた金次第でございますな♪」

 オニヘビは悪意の欠片も含ませない声音で容赦ないくそ外道発言をした。

「……じゃ何かあったら僕がお金か新しい魔法の術式を書いてあげるから手伝ってね」

「まいど~♪」

 オニヘビはあっさりと答えた。こいつ等オニヘビ種族は金にがめつい強欲な行商人気質の生命体だ。しかし契約を結んでおけば裏切りはしない。ちゃんとそこをわきまえておけば大丈夫なのだ。

「おぉ見えましたぞ! あれが旅籠でございますぞ‼」

 オニヘビが尻尾の先にある木造の建物を指し示して叫ぶ。

「……ねぇオニヘビ? 何か人気が無くない?」

 ルーティスは宿屋を見回して呟く。

「むむ……言われてみれば……」

「……《本日休業》?」

 近寄ったルーティスは顔をしかめた。扉にかかった札はには確かにそう書かれている。

「なぁんと……酷いものですな……!」

「……仕方ないよ、他の民家に泊めて貰おっか」

 嘆息するオニヘビを励まして。

「すみません! ちょっと良いですか?!」

 ルーティスは付近の民家の扉を叩く。

 ……?

「誰も出てこないね……?」

「しかし内部には人の気配はありますぞ?」

 二人は首を傾げた。その時ルーティスは一旦空を仰ぐ。どうにもこの雨は気持ちの良いものではない……。

「まぁ仕方ありませんな。私の取引相手の宿泊地に向かいますかな」

「行商の他にも予定有ったの?」

 ルーティスが尋ねる。

「はい。頼まれていた品物を売りに――」

 不意にオニヘビの言葉が止まる。その時ルーティスも気づいた。

 雨粒の壁の向こうに、《ナニか》いる。それも友好的な雰囲気はまるで無い敵意の塊みたいな存在が、と。

「何かご用ですか?」

 それでもルーティス君、丁寧に対応した。

 しかし返答は攻撃で返された。雨の中から鉤爪のようなものが飛んできたのだ。

「聞く耳は無し、と」

 ルーティスは首を右に傾げるだけでかわしていた。

 改めてじっくり観察して見れば。全体的に目玉が生えた不定形の闇の塊みたいな存在だ。

「あれ怨念の集合体だね! あんな凄い怨念久しぶりだよ‼」

 ルーティスは叫びながら身体に魔力を集中させて魔法を創り出す。

 しかし――。


「行きなさい! 《フェイ》!」


 かけ声と共に出現した剣士に影は切り裂かれ消え失せた。

「あ、フェイだ‼」

 魔力と対話する魔法を使い周囲の魔力と対話しながら。ルーティスは自身の身長よりも高い両刃の大剣を肩に担ぎ胸部だけの鎧を着た戦士を見て感嘆の声を上げた。

《刃精霊・フェイ》。それがこの精霊の名前だ。自らを戦いの中に置く誇り高い戦士の精霊の一角で、歴戦の中で進化する能力を秘めていると言い伝えられている。

「危ないところでしたね? 旅人の方々、大丈夫でしょうか?」

 雨の中から雨具を着こんだ人影が現れた。ルーティスよりも高い身長だけど華奢な人影から、明らかに女性だと判る。

「このフェイはお姉ちゃんの持ち精霊ですか? かなり鍛え上げていますね」

 人影と山脈のような筋骨逞しい戦士の精霊を交互に見やりながら。ルーティスは訊ねた。

「えぇそうよ……って貴方! 今はここ危険なのよ‼ こんなお話ししてないで早くお姉ちゃんと安全な所に行きましょ‼」

 フェイを精霊が好む水晶珠の中に入れてあげながら。めっ‼ と雨具の下から蒼眼アイス・ブルーの眼差しが人差し指を立ててお説教をしてきた。

「おや……リィレ様ではございませんか‼」

「オニヘビ……? 貴方オニヘビじゃありませんか‼」

 ひょこひょこ出て来たオニヘビに驚く少女。

「知り合いなの?」

 小首を傾げて質問するルーティスに、

「此度の取引相手にございますぞ‼」

 オニヘビは簡潔に答えた。

「ちょうどいいわ貴方達。早く私の拠点にいらっしゃい。 積もる話はそこでしましょう」

 言い終わる瞬間に。またしても闇の塊が集束し始める。

 彼女もそれを察知して精霊を呼び出そうとしたが――。

「吹き抜けろ。アブサラストの風よ」

 ルーティスが一歩早く、浄化魔法を完成させていた。浄化の風はうねる闇を包み込んで一瞬で消し去ってゆく。

「驚いた……! 貴方白魔導士だったの?!」

「うん、でもまだ完全には浄化しきれていない! 今の内に早く行こうよお姉ちゃん‼ それからオニヘビも‼」

 ルーティスの提案に、

「えぇ。判ったわ‼」

「アラホイサッサーでございますぞ‼」

 二人も便乗して退却を開始したのだった。


 村から少し離れた場所にある大きな館。ここは《マリシアス館》と呼ばれる天使マリシアスの別荘である。マリシアスが居ない今現在では一般開放されていて、節度を守るという条件で旅人や巡礼者達を受け入れている。

 先の少女も当然、ここを拠点区にしていた。

「……ふぅ。お姉ちゃん大丈夫ですか?」

 館の扉を開いて滑り込むと、ルーティスが尋ねた。

「えぇ、何とか……。はぁ~疲れたわ」

 雨具から大粒の滴を溢して、少女は呻いた。

「いやはや……何やら面倒くさい問題が起こっておりますな?」

 油汚れのようにねちっこい口調で嘆息するのはオニヘビだ。

 そのオニヘビに対して、「まぁね……!」と外を睨みながら少女はうんざりと呟く。

「改めましてこんにちは。私は《リィレ》という名前なの。よろしくお願いね」

 雨具のフードを取りながら少女――リィレが優雅な仕草で右手を差し出してきた。

 雨具の中に居たのは豪奢な金髪に先程見せてくれた蒼眼アイス・ブルーの双眸をした宝石のような美少女さんだった。

「僕はルーティス・アブサラスト、旅の白魔導士です。よろしくお願いいたしますリィレさん」

 ルーティスもまた、彼女の手を握り返して挨拶する。

「貴方中々腕の立つ白魔導士さんなのね……咄嗟に仕組んだ浄化魔法の精度といい判断の速さといい……」

「元々ルーティス様は《アブサラストの平原》の名をファーストネームに持つ位の白魔導士ですからな♪ 腕前は超絶一流でございますぞ‼」

 感心するリィレに、オニヘビ尻尾を使い(本当に器用な奴だ)はすりこぎ棒ですり鉢の中の《胡麻をすりながら》答えた。

「ねぇオニヘビ。別に僕におべっか使わなくてもいいよ?」

 小首を傾げるルーティスに、

「何を言っておるのですか。我々オニヘビ種族は気合いの入った腰巾着の生き方をモットーにしておるのでございますぞ‼」

 オニヘビは悪びれない口調で返した。

「……でもその割には厭らしいのよね?

 まぁいいわ。それより今この村は大変な事態になっているのよ!」

 リィレは嘆息しながら話題を変えた。

「さっきの怨念の塊と関係ありますか?」

 ルーティスは自分達に襲いかかってきた存在を思い出しながら尋ねる。

「……そうね、関係あるわ。今現在この村には妖魔が出没しているのよ」

 リィレは玄関先に雨具を掛けて、火の点いていた暖炉にルーティスを案内した。

「私がこの村に訪れる少し前……どうやら数日前から雨が降りだして止まなくなっているの。そしてそれに呼応するかのように妖魔達が村の中を徘徊するようになったらしいわ。

 最初は毎夜ごとの徘徊だけでしたが……邪気が高まったからか、今では昼間にも出没するようになってきて……村人達は家から出るに出られない訳なの」

 暖炉に掛けていたやかんからお茶を木製のカップに淹れると、リィレはルーティスとオニヘビに手渡して席に座るよう促す。二人はありがとうございますと簡単にお礼を述べて椅子に腰掛けた。

 中々風味の良い紅茶だ。茶葉は一般的に普及している物だが淹れ方が良いので風味が損なわれていないようだ。

「……そこで村に訪れた私が調査しながら妖魔を退治する話にしたのよ。私は精霊使いで戦闘力は高いからね。だからオニヘビに装備を頼んだのよ」

 リィレはため息を吐いてカップの紅茶を飲んだ。

「……どうして妖魔が出没するようになったのですか?」

 適温のお茶を飲みながら質問したルーティスに、

「……判らないわ。その為に戦う力のある私が調査に回っているのだけれど……芳しくは無いわね」

 リィレはお手上げだとかぶりを振った。

「……ところで貴方はオニヘビのお手伝いさんかしら?」

「いえ。僕はただの旅人です。先程オニヘビと知り合って一緒にこの村に来ました」

「そうなの……。大変ね」

「慣れてるから平気ですよ」

 ルーティスは微笑むが、

「もう……あんまりこんな世界に慣れちゃいけないわよ」

 リィレは渋い顔をして嗜めた。

「でも僕は白魔導士だから……」

 ルーティスはカップを両手で持って呟いた。リィレにはその気持ちが判る。白魔導士とは怨念やゴーストの浄化や魔獣の退魔等をしなければいけない……。最初から危険極まりない仕事でもある。リィレは年上の女性としてあまり見過ごせはしないが……彼の行動を止める事も出来ない。

「……そうね。じゃあせめて気をつけてね」

 だから。そんな励まししか出来なかった。

「うん、ありがとうございます!」

 ルーティス君、天使のような満面の笑顔で陰気な空気を吹き飛ばす。

 リィレもそんな彼につられて笑顔になった。

「……ところでリィレ様! 頼まれていた品物をちゃんと入荷致しましたぞ‼」

 そんな時。オニヘビが風呂敷から尻尾で器用に商品を掴み取り出し始めた。

「どうだったかしら?」

「は! 間違いなく手に入りましたぞ‼ これぞかの有名な魔道具である《不思議な絵本》にございますぞ‼」

 言ってオニヘビは燈色の表紙に金縁の加工を施された一冊の絵本を取り出した。これは《不思議な絵本》という本の中に様々な道具を入れておける保存系の魔道具だ。中々高級な代物で、普通の魔法使いはお目にかかる事はない。

「中身はお願いした通りにしてくださいましたか?」

「もちろんですとも‼ 古代語の辞書に各種の病気や穢れ等に効く薬草を調合した回復薬に採取及び封印用の水晶ボトルと浄化魔法を封じ込めた各種聖水と退魔術を織り込んだタリスマン。全部水晶板にて承った注文通りでございますぞ‼」

 オニヘビは不思議な絵本の中から道具を取り出して、ずらずら並べて商品を語る。

「確かに注文通りだわ。どうもありがとう」

「……ずいぶんな装備ですね。妖魔を一人で全部祓うつもりだったのですか?」

 はー……と感嘆の息を洩らすルーティスに、

「えぇそうよ。村には専門の退魔士はいないし……。元々私も長期間滞在する予定だったもの」

 リィレは苦笑気味に返した。

「じゃあ僕も手伝うよリィレお姉ちゃん‼」

 ルーティス君、元気良く答えた。

「ダメよ! 凄い危険なのよ‼」

 リィレは即座に否定してきた。

 無理もない。いくら白魔導士と言ってもルーティスの見た目は八歳ぐらいの少年に過ぎない。妖魔等の退治ははっきり言って無謀だ。

「でも僕は《還流の領域》を扱える最高位の白魔導士だよ‼ 絶対に必要になるよ‼」

 しかしルーティスは一歩も退かない。自分の腕前を提示して説得を試みた。

 それを聞いたリィレは口元に人差し指の腹を当てて考え込む。

 ――還流の領域。それは白魔法の中でも一番高い生命を自在に操る領域だ。白魔導士はこの世界で圧倒的に少ないが、その領域に辿り着ける白魔導士はさらに少ない……。

 リィレはそっと、精霊を収めている水晶珠に手を触れると珠が小刻みに揺れていた。間違いなく、彼の魔力に精霊達が目の前にいるあどけない少年に畏れを持っていた。先のフェイは少年に敬意を払いつつ主の自分に意識を向けている。彼の魔力はこの精霊よりも高次元だ。

 それも。比較にならない次元で。

「……判ったわ。でも無茶はしないで、ね?」

 リィレは嘆息して折れた。どの道彼は一歩も退くまい。ならば自分と共に妖魔を退治した方が手っ取り早い。

(……それに良く考えてみれば。私一人じゃ浄化や退魔術は仕組めないものね……)

 村人は非戦闘員だから度外視していたし、専門の浄化魔法や退魔術の知識は持ち合わせが無い。その為に聖水やら退魔の道具を準備していたのだ。腕の立つ白魔導士は渡りに船といったところだ。……尤もまだ幼い子どもなのは珠に傷だが。

「よろしくお願いします、リィレお姉ちゃん!」

 でもまぁ仕方ない。リィレは手を差し出してきたルーティスを見て、そう悟る。

「えぇ。よろしくお願いね? ルーティス君」

 だから、リィレはその手を握り返す。

「じゃあ僕この館内部に退魔術の結界を構成しに行きますね!」

「ちょっと! その前にちゃんと身体を乾かして行きなさい‼ 風邪引くわよ‼」

 元気良く叫ぶルーティスに、リィレは嗜めの声を上げたのだった。


「現在妖魔は村の至る所に出没しているわ」

 机に村の地図を広げてリィレがルーティスに告げる。

 現在二人は明日の計画を練っていた。

「うん」

 ルーティスは紅茶を飲みながら頷いた。リィレもちゃんと理解したのを見て、話を先に進める。

「最初にここに出没し始めた奴はまだ弱い存在で、あまり強くも無かったらしいわ。まぁそれでも村人が一人、帰らぬ人になったらしいけれど……」

 村の西にある農耕地域に可憐な指先を優美に指して辛そうに答えるリィレ。人の無慈悲な死は嫌なのだろう……無理もない。

「……だけど。出没する妖魔達はどんどん強くなって来ているわ。もう村人達の手には負えない次元で、ね」

「……もう村には神官とかは居ないんですか?」

 普通祭事を司る神官はどんな村でも一人は居るものだ。

 しかし……。

「……もう居ないわ。村人全員が何とか襲われないように村中の家屋に結界を張ってから……力尽きたみたいで」

 ルーティスの質問に、伏し目がちにリィレは返した。

「でも一番理解出来ないのはどうして妖魔達が出没するようになったか、なのよ……。確かにこの村はマリシアス様のゆかりの土地だけど……。それが理由にはならないわよね?」

 後半は独り言になってるリィレの疑問を聴きながら、ルーティスはそっぽを向いた。

「……僕はそっちの方向を調べてみますね」

 ちょっと声音が落ち、影の射す表情で答える少年。

「えぇお任せするわ。よろしくお願いね」

 そんな彼に気づく事無く、リィレはお願いした。

「後結界の張り直しと強化もしておきます」

「……何から何まで、申し訳ないわね」

「いえ。白魔導士の仕事ですから」

 ルーティスははっきりと答えた。

「……私はちょっと村の中を見回ってくるわ」

 そう答え、彼女は革製のコートの中から水晶珠を十二個取り出した。

 水晶珠、それは精霊が好む珠。宝石としての価値は全く無いが精霊達は精霊使いと契約を交わしその中に住まうようになる。

 精霊は精霊使いを、精霊使いは精霊を大事にし、お互いを支え合うのだ。リィレも精霊使いの例に漏れず、ちゃんと精霊達と対話をしている。

「じゃあ僕はお姉ちゃんの身体に障壁を展開させておきますね」

 言うより早くルーティスは指先に白く輝く魔力光を集め、彼女の身体に魔力の盾をまとわせる。これは邪霊や妖魔達を拒む効果のある結界でそれもかなり強固な代物だ。おまけに精霊の魔力が消費した時に外部の魔力を集束して回復させる効果やリィレ自身の体力消耗を遅らせる効果も付加してあった。

(……凄いわね、こんな魔法を無詠唱で構築出来るなんて)

 改めてこの少年が凄腕の白魔導士だと実感するリィレ。

「さ、リィレお姉ちゃん。雨具もちゃんと乾かしておいたからどうぞ‼」

「ありがとう」

 リィレは浄化魔法で乾かした雨具を受け取ると。

「それじゃあよろしくお願いね?」

 雨の中を見回りに出かけていった。

「うん、行ってらっしゃい!」

 ルーティスは少女が出ていった扉をしばらく見つめていたが。

「ねぇオニヘビ。頼みがあるんだけど」

 くるりと踵を返してオニヘビに向き直る。

「なぁんでございますかな?」

 オニヘビは小首を傾げ疑問を口に浮かべた。

「……無理を承知で要求するけど……食糧品や薬の入荷は不可能かな?」

「……何でそんな物を?」

「今現在までこの村は雨に閉ざされているんだよね? だったら食糧品や薬は不足してくるはずさ。各家庭に配給して回りたいんだけれど……」

 申し訳なさそうに、ルーティスは頭を右手で掻きながら尋ねてくる。

「あぁそんな理由ですかな? 別に入る事は簡単に出来ましたし……試してみる価値はありそうですな」

 むむぅ……と唸るオニヘビ。

「じゃあよろしくお願いするね! お礼はちゃんと払うから‼」

 そんなオニヘビに、ルーティスは明るくお願いをして。リィレにかけた障壁魔法と同じ魔法をオニヘビに付加する。

「アラホイサッサーでございますぞ‼」

 そしてオニヘビも快く応対をして、雨の中を飛び出してゆく。

「……さて、と。僕はもっと結界を強化しないとね」

 やるべき事を決めたルーティスは。館の一番奥に向かっていった。

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