第59話 オルティアからの客人


「お久しぶりにございます、ウィンダム国王陛下。オルティア王国第三王女、シルビア・トラヴィク・オルティアにございます」

「半年ぶりだな、シルビア姫。今回は遠路はるばるようこそ参られた」

 ラブラドライト王国の王城、その謁見の間。

 そこに今、一人の客人を迎えていた。

 いや、正確には言えば一人ではない。彼女には数十人の共に旅をしてきた者たちがいるからだ。

 だが、この場にいるのは一行の主人ともいうべき少女と、その背後に控えた騎士隊長らしき男性と、聖職者と覚しき男性の三人であった。

 そしてその三人を迎えるラブラドライト王国側。

 こちらは玉座に国王であるウィンダムが。その隣の王妃の座には、当然王妃であるシエンタの姿があった。

 そして残る王族たちが、玉座の近くの壁際に静かに佇んでいる。

 当然その中にはレグナムと、その伴侶候補のカミィの姿もある。今日もカミィはドレス姿だ。これはレグナムの嘆願ゆえではなく、シエンタとステラ、そしてアルテッツァという王族の女性陣が早朝からレグナムの部屋に押しかけ──カミィとクラルーは相変わらずレグナムの部屋で寝起きしている──て、半ば強引に着せてしまったものだ。

 カミィもレグナムの家族が相手では無下にするわけにもいかず、不承不承ながらも女性陣の着せ替え人形となっていた。

 かく言うレグナムもまた、普段の傭兵のような身なりではなく王子としてきちんと正装している。

 隣で窮屈そうにドレスの裾や襟元を弄っているカミィを横目で見ながら、レグナムはオルティアから来た一行へと注意を傾ける。

 オルティアから来た三人は、丁度三角形を描くような形で控えていた。

 三角形の頂点ともいうべき位置には、主人格であるシルビアが。

 その背後に並ぶように、騎士と聖職者が静かに頭を垂れている。

 シルビアの容貌は、レグナムの記憶に僅かに残っている幼い頃の面影を残したものだった。

 明るい茶髪に同色の瞳。あどけなさは残るものの、なかなかに美しい少女だ。

 だが、レグナムの意識は彼女ではなく、その背後に控える二人へと注がれていた。

──まさかラリマーで別れたあの二人が、シルビアと共にラブラドライトへ来るとはな。

 シルビアの背後に控えた騎士。それはラリマーの領主であり、今ではレグナムにとって大切な友となった人物、カムリ・グラシア。

 もう一人の聖職者も、やはりレグナムがよく知る人物だ。オルティア王国りょくしん神殿の最高司祭、イクシオン・フォレスタ。こちらもまた、レグナムの旧友である。

 どうやら二人は、まだこの場にレグナムがいることに気づいていないらしい。

 果たして、どうやってあの二人に自分のことを説明したものか。

 ラブラドライトの国王とオルティアの王女の口上を聞き流しながら、レグナムはそのことばかりを考えていた。




 レグナムが余所事を考えている間も、ウィンダムとシルビアの会話は続けられていた。

「して、陛下。今回、私が祖国よりこの国に参った件についてですが……」

「うむ。そのことならば、後でゆっくりと話すとしよう。今は貴殿を迎えるための挨拶の場だ。そんなに急いで話すことでもあるまい?」

 ゆっくりとした口調で話すウィンダム。

 その洗練された仕草や、威風堂々とした佇まい。そして良く響く低い声。それら全が彼が王として申し分ない器だと主張していた。とてもではないが、影で息子の一人がいなくなって泣きわめいていた人物とは思えない。

 事実、彼は名君として国民より慕われている。

 そんな一国の国王の言葉を、シルビアは微笑みながらきっぱりと否定した。

「いいえ。無礼を承知で申し上げさせていただきます。わたくし、貴国の第二王子殿下とは婚姻致しませんわ」

 ざわり、と謁見の間にざわめきが広がる。

 この場にいるのはラブラドライトの王族と、オルティアからの客人である三人、それ以外には少数の近衛兵だけだ。

 ざわめきの元は、その近衛兵たちからだった。彼らにしてみれば、主人であるこの国の王族、それも王位継承権第二位の第二王子が否定されたように感じられたのだろう。

 近衛兵たちのざわめきを感じ取り、ウィンダムがすっとその右手を上げた。

 それだけで、ざわめいた近衛兵たちは静けさを取り戻し、元通り直立不動の姿勢に戻る。

 その見事な統率力に、騎士であるカムリはほうと小さく感嘆の息を零したほどだ。

「理由を聞いてもよいかな、シルビア姫」

「もちろんですわ、陛下。こちらから一方的にこのお話をお断りする以上、明確な理由を申し上げないわけにはいきませんもの」

 そう言ってシルビアはにっこりと微笑む。一国の王を前にしてその堂々とした姿は、さすがは王家の一員といったところだろう。

「実はわたくし……かねてより心に決めた殿方がおります。そして……どうしてもその殿方に添い遂げたいのです。聞けばウィンダム陛下は政略結婚には反対というお考えをお持ちとか。なれば、わたくしの気持ちもお察しいただけるのでは、と考えます」

「うむ。姫の言う通り、確かに余は政略結婚というものに否定的な考えを持っておる。自分の家族の幸せを考えられぬ輩に、この国に暮らす全ての国民を幸せにする力量はないと常々思っているのでな」

「陛下のその大いなるお考え、わたくしも賛同いたしますわ」

「余がそなたの父君と、我が息子とそなたの婚姻の話を纏めたのは、幼い頃にそなたたちがそのような約束を取り交わしていたと聞いていたからだ。しかし、成長すれば思いも変わるのは当然のこと。余は我が息子とそなたを無理に結びつけるつもりはない」

「ご理解いただきまして、ありがとうございます、陛下」

 シルビアは、ウィンダムに対して改めて頭をさげる。

「だが、ここでこうして顔を合わせたのも何かの縁というもの。せめて、そなたに我が愛すべき家族たちを紹介させてもらえんかな?」

「もちろんですわ、陛下。ラブラドライトの王族の皆様と親交をより深く結ぶことは、両国にとって悪いことではありませんもの」

 そう言って微笑むシルビアを見て、ウィンダムは満足そうに頷いた。

「では、改めて我が愛すべき家族たちを紹介しよう。まずは我が妻にして、この国の王妃であるシエンタ・ラグレイト・ラブラドライト。彼女こそは余が生涯愛すると誓った女性であり、その誓いは決して破られることはないだろう。なぜなら、彼女は──」

 その後、延々と続く妻自慢を聞かされて、シルビアとカムリ、そしてイクシオンまでもが思わず辟易とした表情を浮かべるのだった。




 ウィンダムが延々と家族自慢を続けている時、その傍らに立っていたレグナムは、ちらりと横にいる兄へと視線を向けた。

──どうせ兄貴のことだ。シルビアに意中の男がいることも知っていやがったな。

 先日、インプレッサは今回のこの綺麗に縁談を断るための、それなりの案があるようなことを臭わせていた。

 おそらく、以前からシルビアについての情報を入手していたのだろう。そして本日、彼女の方から縁談を断るように申し出ることを予測していたに違いない。

 これで縁談を断ってきたのはオルティア側からであり、ラブラドライトには非はないことになる。

 それどころか、ある意味で無礼極まりないシルビアの提言を快く受け入れたことで、ウィンダム王の懐の広さを国の内外に対して提示したことにさえなるだろう。

 オルティアはラブラドライトに対して借りを作ったことになったのだ。今後の両国の外交はラブラドライトがやや有利に進めることもできるに違いない。

 元より両国の関係は友好である。ラブラドライト側が無理な主張や要求をしない限り、今回の件が原因で両国の関係が険悪になるようなこともないだろう。

──ほんと、兄貴だけは敵に回したくねえよな。

 剣の実力なら負ける気はない。だが、いろいろな意味で兄には絶対に勝てないと実感するレグナムだった。




「──さて、お次に控えしが、予定ではそなたの夫君となるはずだった儂の二番目の息子! もちろん、これまた儂が愛してやまない息子だ!」

 ウィンダムの家族紹介はまだ続いていた。

 それどころか、調子に乗って王としての威厳を全てかなぐり捨て、今では家族が大好きすぎるただの親父といった有り様だ。

「レぇぇぇぇグナムぅぅぅぅぅ・ラグレイトぉぉぉぉぉぉ・ラブラドぉぉラぁぁぁぁぁイトぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 必要以上に派手な身振りで父親に変な抑揚で名前を呼ばれたことに内心でいらいらしつつ、それでもレグナムは無表情を装って数歩前に出る。

 この時、ようやくレグナムのことに気づいたらしいカムリとイクシオンが驚きの表情を浮かべた。

 そんな彼らに向かって、素早く唇の前に人差し指を立てて見せるレグナム。どうやら二人にもレグナムの意図は伝わったようで、彼らもすぐに無表情を装った。

「久しぶりですな、シルビア姫」

「はい、レグナム殿下。噂によれば殿下は長い間病に臥せていたと聞きましたが、もうお加減はよろしいのですか?」

「ええ。最近ようやく快癒に至りまして。姫にもご心配をおかけしてしまいました」

 あくまでもラブラドライトの王子として振る舞うレグナム。

 そんな彼の様子に、カムリは再び驚きの表情を僅かに浮かべ、イクシオンは──必死に笑いを噛み殺していた。

 自分でも似合わないと感じつつ、レグナムは王子としての振る舞いを続ける。

「そうですか。それは良うございました。わたくし、殿下が病気とお聞きしまして、我が国にいらっしゃる緑神の代行者にして、緑神神殿の最高司祭様を今回の旅にご同行をお願いしましたの。最高司祭様の『神の息吹》ならば、きっと殿下の病魔も退けることができると思いまして。もしかして、最高司祭様のお噂は殿下もお耳にしたことがあるのではありませんか?」

「ええ。もちろん聞き及んでいますとも。確か──フォレスタ最高司祭でしたね?」

「はい。初めてお目にかかりますレグナム殿下。オルティア王国緑神神殿において、最高司祭を務めておりますイクシオン・フォレスタにございます。殿下の病が快癒致したこと、我が神の加護の賜物でしょう」

 二人とも必死に込み上げる笑いを堪えながら、何とか初対面として挨拶を交わす。

「フォレスタ猊下には、前々からお話をお窺いたいと思っていました。後ほど、お時間をいただけますか?」

「は、承知致しましたレグナム殿下」

 白々しくも最もらしく言葉を交わす二人。そこへ、第三者が飛び込んで来た。

「あら、猊下のお話ならわたくしも是非お聞きしたいですわ。ねえ、レグナム殿下、フォレスタ猊下。わたくしも同席してもよろしくて?」

「ええ、構いませんよ、シルビア姫。レグナム殿下もよろしいですか?」

「もちろんです。私としても、シルビア姫とはもっと話をしたいと思っていたところですから。今回の縁談は残念ながら流れてしまいましたが、私たちは幼馴染みですからね。できれば、これからも親しく付き合っていきたいところです。そうだ、グラシア卿もご一緒にどうです? 私としては、他国の騎士であるグラシア卿にもいろいろとお話が聞きたいのですが?」

「は、私でよろしければ、是非ご同席させていただきます」

 こうして旧知たちが一同に集う舞台が整った。

 しばらく後、王城の談話室の一つでオルティア側の三人が待っている所へ、カミィを伴ったレグナムが入室した際。

 レグナムとイクシオン、そしてカムリがとうとう我慢しきれなくなり、顔を合わせた途端大笑いをするのはもう少しだけ後のことだった。

 その際、どうして三人が突然笑い出したのか、まったく理解できずに某王女がきょとんとした顔をして首を傾げていた。

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