第36話  閑話──神話


 おや? どうかなさいましたか、殿下? 本日はもう夜も遅く、お休みの時間でございますよ?

 え? 神様のお話をして欲しい?

 ああ、そうでしたね。本日より殿下もお勉強を始められたのでしたね。それで、今日は家庭教師の先生から、神様についてのお話をお勉強したのですか。

 え? もっと神様について知りたい? まあ、さすがは殿下。まだまだ幼いお年だというのに勉強熱心でございますね。

 ええ。いいですよ。わたくしが知る程度のことでよろしければ、子守歌代わりにお話しましょう。ですが、わたくしの知っていることなどたかが知れております。それでも構いませんか?

 そうですか。では、お話しいたしますから、殿下は寝台に入ってくださいね。




 まず最初に、この世界にはたった一人だけ神様がいらっしゃいました。

 その神様は長い長い間、ずっと一人きりだったのです。太陽も月も星も……それこそ光も何もない虚空にただ一人だけ、いらっしゃったそうです。

 ですがある時、たった一人きりでいることが寂しくなった神様は、自分の髪や爪といった身体の一部を依代にして五人の別の神様を作り出しました。

 それが、今いらっしゃる神様方の中で最も力のある、さいたいしん様たちです。

 髪からお生まれになったのは、大地と誕生を司るこくしんモリオン様。

 右手の爪の欠片からお生まれになったのは、戦神であるせきしんカーネリアン様。

 左手の爪の欠片からお生まれになったのは、癒しと豊穣を司るりょくしんアベンチュリン様。

 右足の爪の欠片からお生まれになったのは、太陽と空と海、そして天候を司るせいしんアマゾナイト様。

 左足の爪の欠片からお生まれになったのは、死と転生を司るおうしんシトリン様。

 自分の前に現れ、跪いて頭を垂れる五人の神様たち。自分と極めて近い存在の誕生に、一人きりだった神様はとてもお喜びになられたといわれています。

 殿下もわたくしたち乳母や使用人とお遊びになられるより、お兄様や妹君、他のご友人方とお遊びになられる方が楽しいでしょう? 自分と近しい者と一緒にいるというのは、誰だって楽しいものなのですよ。

 もう一人じゃなくなった神様は、嬉しくなって五彩大神様たちと色々なことをなされました。

 暗い世界は嫌だからと、太陽と月、そして星を作って空に飾りました。

 空気が留まってばかりいては気持ちがよくないからと、空気を動かして風を生み出しました。

 こうして、神様たちは世界を作り出したのです。

 そうです。その世界こそが、今わたくしたちがいるサンバーディアスなのです。

 神様たちは、サンバーディアスに陸と海を作り出し、そこに色々な命の種を播きました。その種が芽吹いて、この世界に様々な命が誕生したのです。

 海には魚たちが生まれ、陸には樹木や動物、そしてわたくしたち人間が生まれ……このサンバーディアスに生きる全ての命は、神様たちがお与えくださったのです。

 ですから、わたくしたちは神様たちに祈りを捧げます。今日も無事に過ごせました。明日も何事もなく過ごさせてください、と。

 神様たちも、わたくしたちの祈りに応えて、わたくしたちをお守りくださいます。ですから殿下も、日々のお祈りを欠かしてはなりませんよ?




 神様たちは、じっとサンバーディアスに生きるわたくしたちを見守ってくださっておりました。

 ですが、ある日。最初からいらっしゃった神様は、どこか違う場所へ旅立つと言い出しました。

 サンバーディアスは、五彩大神様たちに全て任せるとおっしゃって。

 当然、五彩大神様たちは最初の神様を引き止めました。

 これからも、自分たちと一緒にサンバーディアスを見守って欲しい、最初の神様に比べればまだまだ至らない自分たちを、これからも導いて欲しい、と。

 ですが、最初の神様の気持ちは変わりませんでした。

 こうして、最初の神様は旅立ってしまわれました。偉い学者様たちの中には、最初の神様はどこかへ旅立ったのではなく、このサンバーディアスのどこかで長い眠りについたのだ、とおっしゃる方もおられます。だけど、最初の神様が今どうしているのか、それは誰にも分かりません。ええ、五彩大神様たちでさえ、知らないと伝えられております。

 いなくなってしまった最初の神様の言いつけに従って、五彩大神様たちは今でもサンバーディアスを見守ってくださいます。

 わたくしたち人間は、そんな五彩大神様たちに感謝し、何とか神様たちのお役に立ちたいと思うようになりました。

 日頃、見守ってくださっているお礼をしようとしたのですね。

 人間はサンバーディアスの各地に神殿を建てました。神殿で神様を祀り、より感謝の祈りが届くように、と。

 やがて、人間の中にも大きな力を持つ者が現れ、そんな人間は神様に認められてその眷属……家族のようなものになり、神様を直接手助けするようにもなります。

 わたくしたちの祈りと手助けする他の神様たちと共に、今もなお、五彩大神様たちはわたくしたちを、そしてこのサンバーディアスを見守ってくださっています。

 その証拠に人間たちの中には時折、神様の強い加護が与えられます。ええ、殿下がおっしゃる通り、聖別者とか代行者と呼ばれる方々ですね。

 今、当家にお客様としてご滞在なさっておいでの、ヴァンガード・トゥアレグ様などは赤神様の加護を与えられた代行者でございます。

 あら、殿下はまだお会いになっておられませんでしたか? ですが、近いうちにお会いできると思いますよ。なんでも殿下のお兄様の剣術の先生として招かれたそうですから、きっと殿下も一緒に剣術を教えていただけるのではないでしょうか?

 おやおや、殿下ったら。お勉強よりも剣術の方が楽しみなのですか? やはり殿下も男の子ですね。剣術も結構ですが、お勉強もがんばらないとだめですよ? 何といっても殿下は将来、お父上の後をお継ぎになるお兄様をお助けしていかねばならないのですからね。

 はい、お兄様のことが大好きな殿下じゃないですか。きっと将来、立派にお兄様のお手伝いができるようになりますとも。

 さあさあ、お話はこの辺りにしてそろそろ寝ましょうね。明日もお勉強がんばってくださいまし。

 では、お休みなさいませ。




──数年後


 おはようございます、殿下。

 本日も、昨日に引き続いて学んでまいりましょう。

 では、今日はこれまでの神学のおさらいとまいりましょうか。

 まず、この世界の始まりには六柱の神々がおわしました。

 ええ、御伽噺などでは最初に始まりの神が一柱のみ存在し、その神が残る五柱の神々を生み出したとされておりますが、神学では最初から六柱の神々が存在したと考えられております。

 その六柱の神々が、我々が暮らすこのサンバーディアスを創造した、というのは御伽噺と一緒です。

 赤、青、緑、黒、黄……これが殿下もご存じの、五彩大神の象徴する色でございます。そう、五彩大神です。六彩大神とは現在呼ばれておりません。

 それはなぜか?

 御伽噺では、最初に存在した神がどこかに旅立ったとか、サンバーディアスのどこかで眠りについているとか言われております。

 まあ、御伽噺は所詮は幼い子供のためのもの。そのような子供にも分かりやすいように、結末も変えてあるのでしょうな。ですが、現在の神学ではそのようには考えられておりません。

 神学では、六番目の神は他の五柱の神と敵対してよこしまなる神に堕ち、五彩大神を相手取って壮絶な戦いを繰り広げたとされております。




 なぜ、第六の神が他の五柱の神と袂を分かち、敵対するようなことになったのか。

 それは人間に対する思いの違いからだ、と言われております。

 人間を見守り導く立場を取る五彩大神に対し、第六の神は人間など滅ぼしてしまえという考えを抱いておりました。

 結果、五彩大神と第六の神は相争うことになったのです。

 第六の神がどうして人間を忌み嫌うようになったのか、これには諸説あります。

 元より第六の神は人間を生み出すことに反対であり、五彩大神が人間を生み出す時には一切協力しなかった。人間が生み出されてからも、隙あらば人間を滅ぼそうと虎視眈々と機会を窺っていたという説。

 自ら加護を与えた人間に裏切られ、その結果人間を憎むようになったという説。

 中には、第六の神が人間の一人と恋仲になったが、相手の人間が些細なことで殺されてしまったため、その怒りと復讐で人間を滅ぼそうとした、などという突飛な説もあったりします。

 まあ理由はどうあれ、五彩大神と第六の神は対立は決定的なものになりました。

 第六の神は眷属──後に邪神と呼ばれる存在を数多く生み出し、加えて普通の動物を魔獣に変化させて五彩大神に挑み、対する五彩大神も力のある人間を味方に加えて第六の神を迎え撃ちました。

 二つの陣営の戦いは何十年、何百年と続いたと言います。

 空からは燃える星がサンバーディアスの大地に降り注ぎ、大陸はいくつにも割れて海に沈みました。

 現在、この国がある大陸の南方には群島と呼ばれる島々が存在しますが、それらの島々はこの神々の戦いの際に砕かれた別の大陸の成れの果てとも言われておりますな。

 また、サンバーディアスの各地に残る「邪神の囁き」と呼ばれる魔境も、第六の神の陣営の邪神たちの呪詛によって生じたとも言われております。

 殿下もご存じのように、我ら人間にも善い人間と悪しき人間がおります。この内、悪しき人間たちは第六の神の戦列に加わり、五彩大神に助力した善い人間たちを大いに苦しめます。




 ですが、この神々の戦いにもようやく終止符が打たれました。

 五彩大神に従う一人の人間が、神をも封じる神剣を鍛え上げて戦神である赤神に捧げたのです。

 赤神は封神の神剣を手に、邪神たちを封じて回ります。そして遂に、邪神どもの王である第六の神をも封じることに成功したのです。

 五彩大神も勝利こそしたものの、それまでの長く厳しい戦いで力をかなり失ってしまい、それまでのようにサンバーディアスに直接加護を与えることはできなくなりました。

 その後、五彩大神の力は時折聖別者や代行者を生み出すだけに留まるようになります。ですが、今も五柱の神々は我々を、このサンバーディアスを見守っておいでです。

 なぜならば、このサンバーディアスの各地には封印された邪神が、今もなお眠り続けていると言われているからです。

 邪神たちは僅かに残された力をサンバーディアスに及ぼし、魔獣を生み出しては我々人間を苦しめます。

 我々人間の数が減れば、力が弱まった神々の力の源である祈りの力も減じることとなり、邪神たちが甦る好機となるからです。

 また、人間が抱く負の感情……例えば、誰かを憎んだり、傷つけようと思う気持ちもまた、邪神たちの糧になると言われております。よって、殿下もそのような気持ちを抱いたりしてはなりませんぞ?

 は? 質問ですか? ええ、どうぞ。どのような質問ですかな?

 ほうほう、その第六の神はどのような色を象徴していたのか、ですか。

 なかなか、いいところにお気づきになりましたな。

 確かに五彩大神を始めとした神々は、それぞれ象徴とする色を持っておられます。

 当然、邪神の王たる第六の神もまた、象徴する色を持っていたと伝説では語られておりますな。ですが、それがどのような色かまでは伝わっておらんのです。

 なぜなら、その象徴とする色が世に蔓延った時、かの邪神の王が甦る時とも言われておりましてな。邪神の王を甦らせないためにも、神々が人々の記憶から彼の神を象徴する色を消し去ったとされておるのです。よって、誰も邪神の王を象徴する色を知らないというわけですな。

 ご納得いただけましたかな? では、丁度きりも良いですし、本日の授業はここまでに致しましょうか。

 おや? 急に嬉しそうな顔をしてどうされましたか?

 は? これから剣術の稽古……ですか? いやはや、相変わらず第二王子殿下は剣術がお好きですなぁ。

 最近ではヴァンガード殿も第一王子殿下よりも、第二王子殿下の方に熱心にご指導なさるとか。もしかすると、第二王子殿下には剣神たる赤神様の加護があるのやもしれませんな。

 ええ、どうぞ、どうぞ。わたくしめの授業は終わりましたからな。もう殿下を引き止める権利はありませんとも。ご存分に剣術の稽古に行かれるがよろしい。ですが、怪我だけにはお気をつけあそばされよ。

 御身は第二王子とはいえ、将来この国を背負う大事なお方。そのことをゆめゆめ忘れなさるな?

 おお、いい返事だ。では、また次の授業の時間にお会いいたしましょう。

 では、本日はこれにて御免つかまつる。




──とある国の第二王子の乳母と家庭教師の手記より。


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