第25話 迷宮への誘い


「なぜ、オレたちに声をかけたんだ? 腕の立つ発掘屋ぐらい、この街にはいくらでもいるだろ?」

「うん。確かにレグナムの言う通り。腕のいい発掘屋はいくらでもいるわ。でも、今回はちょっと事情があってね」

 パレットの言う事情とは、ここ最近迷宮内で凶悪な魔獣が時折見かけられるというものだった。

「本来、この街の迷宮は巧妙な罠や意地の悪い罠は多くても、魔獣の類は少ないの。だから、この街の発掘屋たちは、そういった罠の発見や解除には慣れていても、魔獣相手の戦闘には不慣れなのよね」

 無論、これまで魔獣が出現した例がないわけではない。だが、それらの殆どが低位から中位にかけての魔獣で、この街の発掘屋たちでも十分対処できる魔獣だった。

 しかし、最近迷宮に現れる魔獣は凶悪で、既にかなりの数の発掘屋たちが犠牲になっているという。

 過去にもこのような魔獣が現れたことはあったが、その時は発掘屋たちが総出で協力して倒すか、今回のように魔獣と戦うことに慣れた者を一時的に募って退治したそうだ。

「それで、オレたちに声をかけたってわけか」

「うん。あなたを見て、すぐに分かったわ。あなた、発掘屋としての経験は浅くても、腕は立ちそうだってね。こう見えても私、人を見る目には自信があるんだ」

 にこやかにそう言うパレットに、レグナムは真剣な表情を浮かべる。

 彼としては、発掘屋たちに犠牲者が出ていると聞いた以上、放ってはおけないと考えている。

 しかし、彼の連れたちはどう思っているのか。パレットの話を聞きながら、ちらりと横で美味そうな肉料理に舌鼓を打っている美少女と美女を盗み見れば、二人はレグナムたちの会話など全く興味がないようで、その意識は料理に全て向けられているようだった。

 そんな二人の様子に優しげな眼差しを向けながらも苦笑し、レグナムはパレットに向き直る。

「俺としては、おまえに協力するのはやぶさかではない。だが……俺一人で決められることではないからな。少し考えさせてくれないか?」

「ええ、もちろん。じゃあ、明日のこの時間にまたここに来るわ。その時に返事を聞かせてもらえる?」

「分かった」

 互いに頷き合うと、パレットは席から立ち上がる。

「何となくだけど、あなたと組めたら、一気に迷宮の最下層まででも行けそうな気がするわ。もしもそうなれば、私たちの名前は未来永劫この街の歴史に残って、人々の間で語り継がれることになるわよ?」

 ぱちり、と茶目っ気たっぷりに片目を閉じるパレット。

 しかし、彼女のこの言葉に反応したのはレグナムではなかった。

「小娘。今の話を詳しく聞かせるのだ」

 咀嚼していたものをごっくんと飲み込み、実に真面目な表情でそう尋ね返したのはもちろんカミィだ。

 そんなカミィにパレットは若干動揺するも、詳しい説明をしてくれた。

「……この場所で迷宮が発見されてから約百年。それだけの時間をかけて、まだ誰も迷宮の最下層には到達していないもの。そんな迷宮で最初に最下層に到達すれば、当然その名前は歴史に残り、人々から称賛されることは間違いないでしょ?」

「ほほぅ……」

 この時、レグナムは見た。

 肉料理のソースで汚れたカミィの口元が、にやりと歪められるのを。

 その瞬間、レグナムは片手で目を覆いながら天を仰ぐ。相談するまでもなく、彼らの今後が決定したからだ。

「良かろう、小娘。貴様の提案、この我輩が受けるのだ! そして見事迷宮を突破して、人々の感心と注目、そして信仰を手に入れるのだ! 良いな、レグナム! クラルー!」

「はい、ご主人様! 見事に偉業を成し遂げたご主人様の足元に、数多くの人間どもがひれ伏すのが今から見えるようです!」

「…………まあ、程ほどにな……。あー、パレット。そんなわけだから、おまえの提案、受けるわ」

 胸を張り、自信満々に迷宮を突破すると豪語するカミィ。そんなカミィに無条件で熱いきらきらとした視線を向けるクラルー。そして二人の仲間たちの様子に、がっくりと疲れたような表情のレグナム。

 パレットは、この三人の関係が今一つ把握しきれず、こくんと不思議そうに首を傾げるのだった。




 その後、パレットは明日の早朝から迷宮に挑むことをレグナムたちと取り決めると、そのまま彼女が拠点としている宿へと引き上げていった。

 宿屋に残ったレグナムたち──というか、カミィとクラルーはその圧倒的な量の食事を平然と食べ続け、他の客たちが目を白黒させて見詰める中、最終的には注文した料理を全て平らげた。

 そんな二人の食べっぷりに呆れながらも感心したこの宿の店主が、にこやかな顔でレグナムたちへと近づいて来る。

「いい食いっぷりだな。九人前もの料理を注文された時にゃあ、無茶な注文しやがってもしも残したら店から追い出してやろうと思っていたんだが……いやはや、たまげたもんだ。しかも、こんな別嬪たちがなぁ」

「まぁな。こいつらの腹は特別製なんだよ」

 ひょいと肩を竦めたレグナムの背中を強めに叩くと、店主はその笑みを更に深くした。

「儂はこの宿屋の店主でパジェロってんだ。もちろん、この店の料理は全部儂が手がけている。おまえたち、今後も儂の店を贔屓にしてくれよ?」

「おう。こいつらもあんたの料理が気に入ったようだからな。嫌でも贔屓にせざるを得ないさ」

 美味くて大量の食事に満足し、花が咲いたような笑みを浮かべているカミィの頭をやや乱暴にかき混ぜながら──カミィもどこか嬉しそうにされるがままでいる──、レグナムはパジェロに応える。

 パジェロもレグナムの言葉に満足そうに頷くが、その笑みを不意に消して真剣な表情になった。

「レグナム……だったか? おまえさんに一つ忠告だ」

「忠告?」

「おまえさんたちと一緒にいたあの娘……あいつは最近、この街でも名前が知れ始めた発掘屋なんだが、ちょいとばかり注意が必要な奴なんだよ」

 パジェロのその忠告に、レグナムは眉を顰める。

 彼が見たところ、パレットにはパジェロが言うような注意が必要とは思えなかった。

 レグナムも傭兵として、これまでたくさんの人間と接して来た。当然その中には信頼できる者もいれば、到底信頼できないような奴もいた。

 そのレグナムが感じたところ、あのパレットという少女はやや強引なところはあるものの、注意が必要な人間とは思えなかったのだ。

「……あの娘は、ある理由から発掘屋たちから敬遠されているのさ」

 パジェロのその発言に、レグナムの表情は更に顰められた。




 そして翌日の早朝。

 迷宮に挑むレグナムたち一行とパレットは、昨日の取り決めた通りに宿屋の前で合流した。

 宿屋の前で自分を待っていた三人を見たパレットは、明白に訝しそうな表情を浮かべる。

「……もしかして、そっちの二人も一緒に迷宮に潜るつもり?」

「そのつもりだが?」

 パレットの不審そうな視線が、カミィとクラルーに向けられている。

 レグナム、カミィ、クラルーの三人の出で立ちは、今までと全く変わりない。

 レグナムは補強された煮固めた革鎧ハードレザーにカムリから譲られた長剣ロングソード小剣ショートソード。この小剣は例の聖剣だったものである。聖剣としての力は失われたが、業物には違いないのでレグナムはそのままこの小剣を使い続けていた。

 カミィとクラルーは柔らかい革鎧ソフトレザーだけを身に着け、武器らしいものは持っていない。

 対して、パレットも固い革鎧と小剣二振りという昨日と同じ装備である。

 ただし、パレットはその背に背負った背嚢に、迷宮探索に必要と思われる装備──ロープやランタン、水と食料、扉を固定するための楔など──を詰め込んでいた。

「別に私はどうでもいいけど……そっちの二人、本当に迷宮に潜っても大丈夫なの?」

 そう言われて、レグナムは改めて連れの二人の女性を見る。

 小柄で華奢なカミィと、背丈はあるものの余り強そうには見えないクラルー。確かにこの二人は、初見では荒事など無理に思えるだろう。そして、パレットの疑問もそれに違いない。

「この二人なら大丈夫さ」

「ふーん……」

 そう答えながらも、パレットは納得していない様子である。

 実を言えば彼女は、レグナムだけに声をかけたつもりだったのだ。

 おそらく、カミィと呼ばれている少女はどこかの貴族の令嬢か何かだろう、とパレットは推測していた。そしてクラルーはその令嬢の使用人であり、レグナムは護衛の騎士といったところか。

 何らかの理由で身分を隠した貴族の令嬢が、最低限の共だけを連れて旅をしている。そうパレットは思っていた。

 もちろん、令嬢の護衛を努めているレグナムが、彼だけ護衛対象の令嬢から離れて自分の誘いに乗るとは思われなかった。それでも、だめで元々のつもりでレグナムに声をかけたのだ。

 彼が歩く時の物腰や、身につけた武具の手入れ具合。それらから、このレグナムという人物が極めて腕の立つ者である、とパレットは判断した。

 しかし、結局はその令嬢の一言で、レグナムは自分の誘いを受けることになる。

 昨日、カミィという名の令嬢が自分の名前が歴史に残ると喜んでいたが、あれは自分の命令の元に護衛であるレグナムが偉業を果たせば、当然主人である彼女の名前もまた高名になると喜んでいるのだと思ったのだ。

 だが、まさかその令嬢本人まで一緒に迷宮に潜るとは、パレットは思いもしなかったのである。

「……まあ、いいわ。その代わり、そっちの二人が怪我をしても私は責任取らないからね?」

「もちろんだ」

 鷹揚に頷くレグナムに背中を向けて、パレットは歩き出す。当然、その行き先はこの街、チャロアイトができた原因となった迷宮への入り口。

 そして、自分たちの前を歩く少女の背中を、レグナムは厳しい表情でずっと見詰めていたのだが、そのことを当の少女はまるで気づいてはいなかった。




 チャロアイトの街の中心。そこに、迷宮への入り口はあった。

 街の真ん中にぽっかりと空いた何もない空間。そこは直径十六ザーム(約五十メートル)ほどの空間で、その更に中心に、小さな小屋のようなものがぽつりと建っている。

「あれがそうか?」

「ええ。あれが、チャロアイトの迷宮への入り口よ」

 パレットが言うには、あの小屋の中には地下へと降りる階段だけがあるそうだ。

 レグナムが周囲を見回せば、発掘屋と思しき者たちがある者は数人の仲間と共に、またある者は単身でその小屋の中へと入って行く。

 だが、その数はパレットによるといつもより少ないらしい。やはり、迷宮に出現するという凶悪な魔獣を警戒しているのだろう。

「迷宮への入り口は、あそこだけなのか?」

「少なくとも、街の中で知られているのはあそこだけね。でも、どこかに迷宮の深部に繋がる秘密の抜け道がある、って噂は昔から絶えないらしいわ」

「なるほどね。城や迷宮には抜け道の噂が付き物っていうわけか。そういえば、パレットには他に仲間はいないのか?」

「…………ええ。私はずっと一人で発掘屋をしていたから……仲間はいないわ」

 どこか陰りを含んだ彼女の声に、レグナムの眉がぴくりと揺れる。

「まあ、いい。だが、俺たちは迷宮の探索に関しては完全に素人だ。迷宮に入ったら、おまえが頼りだからな」

「任せて。こう見えても、最近の私はこの街ではちょっとは名前が知られた存在なのよ?」

 どん、と自分の胸を叩くパレット。そんな彼女にちらりと厳しい視線を向けながら、レグナムはカミィとクラルーへとその視線を移す。

「さて、いよいよ迷宮に潜るが……十分に注意しろよ?」

「分かっているのだ。それよりも早く迷宮を突破して我輩の名を知らしめるのだ! そして、我輩を信仰する信者をもっと増やすのだ!」

「そうです! ご主人様ならば、このような迷宮などあっという間に突破できます! そして、そんなご主人様に人間どもは、ご主人様の可憐な容姿も併せてめろめろになること請け合いですっ!! もちろん、わたくしは既にご主人様に色々とめろめろですっ!!」

 やる気を漲らせる美少女と美女。そんな二人に呆れの溜め息を吐きつつ、レグナムは再び視線をパレットへと戻す。

「話は纏まった? じゃあ、行くわよ?」

 そして、四人は足を踏み入れる。百年前から誰一人としてその最下層に足を踏み入れることを許さない、チャロアイトの迷宮へと。

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