駄目な主人公に使い魔ができました
18782代目変体マオウ
第1話 彼女と彼と
2015年 3月
少女は洗面台の鏡に映る自分の顔を見て憂鬱になった。彼女の眼は吊り上がっていて、他者を威圧してしまうのだ。こうして鏡を通して自分を眺めているだけというのに、少し視線を反らすと本当に誰かから睨まれているような感覚を味わった。もちろん睨んでいるのは自分自身だというのだから笑えない。
彼女はこんな自分の顔が嫌いだった。だから自分の周りに人が寄らず、孤独になってしまうのだ。コミュ障がだけが理由ではない。この顔がいけないのだ。彼女は日ごろからこう考えてしまっていた。
そんな彼女はそろそろ高校生になるのだ。せっかくなのだから、高校生デビューというのも少しは考えていた。しかしそんな考えも、鏡に映る自分の姿を見てあきらめた。せっかく入学する高校は、中学生時代の自分を知らない人ばかりだというのに、踏み出すことができなかった。
わざとらしいため息とともに彼女は自分の部屋に戻った。
しかし、自分の部屋のベッドに座り込む男がいた。入学するはずの高校の制服を着た姿の男だ。彼女の知らない人だった。
「やあ初めまして」
制服姿の彼が彼女に言った。
彼女は驚いてしまい、言葉に詰まった。せめて、「誰だ!」「出ていけ泥棒!」とでも叫ぶなり、逃げ出すなりすればよかった。しかし、彼女の思考は硬直してしまい、動くことも声を出すこともできなくなってしまった。
そんな彼女に制服の男は、座っているベッドをぽんぽんたたき、座るように促した。
座るも何も、彼女のベッドなのだ。なぜこの男に言われなければならないのだ、と思いつつ、彼女は制服姿の男の隣に座ってしまった。
「あれ? なんか言うことないの? 『お前誰だよ』って」
「あの、えと、誰ですか?」
「おう、よくぞ聞いてくれた。でないと話をどう進めたらいいのかわからなかったんだ。改めて初めまして」
「は、はじめまして」
「この私、名乗るべき名がないんだ。長田ユウさん。父親の名前は勇士、母親は千尋でいいよね。住所は××××」
長田ユウというのは彼女の名前であった。そして父親母親の名前も家の住所も制服姿の男が言った通りであった。彼女はこの男が気持ち悪く思えた。調べ上げたうえで侵入されているのだ。
「あの、だから何ですか」
「俺もね。一緒なんだよ」
「何が一緒なんですか?」
「俺もこの住所で、俺の母親も父親も、君と一緒なわけ」
「あの、私がいうのもおかしいですが、兄はいませんよ? 同姓同名って言いたいんですか?」
「ネタ、バラすけど。俺の正体は、君なんだよ」
話を聞けば、この制服姿の彼は彼女自身であった。彼女が意味が分からないと言いたげな表情で見つめ返せば、彼は慌てて説明する。
「ほらほら。君は妄想したことないか? 例えば自分が男として生まれたらどうなってただろうって。俺が女として生まれ育ったならどうなってただろうって。この友達が女だったら惚れてたかもなとか。無い?」
「今のところ無いです」
「まあいいや。俺を呼んだのは君なんだ。まあとりあえずそこんとこは理解して。それでな」
「あなたをよんだ覚えはないですが」
彼が説明しようとするも、彼女はその前提を否定し続けてしまう。彼は話が進められないと嘆いたかと思えば、彼は一階に降りようといった。
「何故ですか?」
「いいから! むかつくな! 百聞は一見にしかずだ! 下に父さんがいただろ!」
「確かに父がリビングでくつろいでいますが」
彼は彼女の言葉をきこうともせずに手を無理やり引っ張って一階に降りて行った。
そこでは彼女の父親がソファーに座ってテレビを見ていた。
「いいか? とにかく黙ってみてろ。質問疑問は後で受け付けるから。間違っても声を出すなよ?」
そういって制服姿の彼は、彼女の父親を横切った。
いや。横切ったのではない。
彼女の見間違えでなければ、制服姿の彼はソファーを間違いなくすり抜けていた。そのまま彼は我が物顔で冷蔵庫を開け、一切遠慮することなくジュースを取り出してグラスに注ぐ。そして父親が隠していたドーナッツをお盆に乗せて彼女のもとに戻ってきた。
「そういうことだ。まあ、もっかい部屋でゆっくり話そう」
「お父さん!」
彼女は慌てて父親に向かって叫んだ。
彼女はようやくこの男が怖く思えたのだ。無遠慮に冷蔵庫を開け、手慣れたようにお菓子を漁る男が不気味だった。しかも、父親は何一つ咎めないのだ。
「やめとけやめとけ。声を出すなと言っただろ。頭がおかしくなったと思われるぞ。ちなみにさっきので分かったと思うけど、父さんに俺の姿は見えていない。見るだけじゃなくて俺が大声を上げたところで認識されねーけど」
彼女は、父親が本当にこの制服姿の男が見えていないのだと理解して、あきらめて部屋に戻ることにした。
「あああ、貴方は一体なんなんですか? 何が目的なんですか? お金ですか⁉ 私の家に居座るつもりですか⁉ というか、なんでお父さんには見えてないの!」
「金に興味はねーって。つーか、さっき説明したじゃん。俺はお前なんだって。中学生の時、使い魔召還やっただろ? それがきっかけに、遅れて俺が発現されたって感じ」
「わたし、そのとき何も反応なかったです!」
「だから遅れて現れたんだって」
「でも本当に何も反応もなかったです!」
「あのさあ。俺の話聞いてよ。というか理解してくれ。今は時間がないんだ」
今二人は、お菓子と飲み物を挟んで向かい合って座っていた。そんなあぐらをかいて座っていた彼はあぐらのままふわりと浮く。重力など一切感じさせない。そのまま顔をぐいと彼女に近づけた。
「俺の目的を言おう。俺はこの世界の俺のサポート。つまりお前に助言をいろいろする」
「なんでそんなことを?」
「俺の願いだからだ。お前は俺だからだ」
先程まで穏和な印象を与えていた微笑みも彼から消えていた。不思議な威圧感に、彼女は逆らうこともできずに、無理やり自分自身を納得させることにした。
「学校の宿題はやった? 要綱に書いてある課題」
彼は空中のままあぐらを崩したかと思えば普通に立ち上がり、彼女の机を勝手にあさりだす。そこにはもうあの威圧感は彼にはなかった。
「やっぱりやってねーか! ははは」
「あの、えと」
彼女は結局彼の事がよくわかっていなかった。主に彼の存在の意味が分からなかった。しかし彼が発する言葉は、彼女に対する説明ではなく、「課題を終わらせろ」や「教材を買いそろえているか」「復習をしとけ」などしか言わないのだ。彼はもう彼女に説明が完了してしまっているものと思っているのだった。しかも彼女は彼女で、それ以降積極的に説明を求めることもしなくなったのだ。彼女の性格は、強く押されると呆気なく折れる心の持ち主である。
「宿題終わった? まあしゃーねよな。俺もこの要綱の、こんな隅に書かれたんじゃ気が付かないし」
彼は、課題が終わったなら買い物に行こうと言った。何を買いに行くというのかといえば、これからの高校生活のために必要なものだと答えるのだ。
数日後。
「あ。え? なんで? まって、まってってば」
「ほら、面接はじまんぞって」
「あ、え」
彼女はバイトの面接をしていた。
最初の買い物の日では確かにノートや参考書を買っていた。しかし、化粧水やワックスも買うことになっていた。しかし、気が付けば履歴書も買っていて、気が付かぬうちにバイトがしたいとノーアポイントメントでどこかの飲食店に面接をすることになっていたのだ。
彼女はその場で採用となり、4月からバイトをすることになった。
事後承諾ではあるが、親からも認めてもらえた。
バイト初日に彼女は戸惑いながらバイトをすることになった。彼が随分と強引に誘導した結果ではあるが、彼女は文句も言えずにいた。結構気の弱い性格であるのだ。
「まて、その洗浄機はスイッチがややこしい。店長は手がはなせれねー分、ここはどうにかしねーと」
彼はなぜか慣れていて、てきぱきと彼女に対して指示をするのだ。彼女は緊張も相まっており、思考硬直状態に陥っていた。彼女はすなおに彼の指示の通りに動くのだ。
「あ。このカンカンは重たい。ここは俺がしとくから、みとけ」
そういってドラム缶を移動させたりする。フライヤーのフィルターの交換をしたり、お客の対応。常連ならではの分かりにくい注文も彼が付きっきりで彼女に説明した。
彼女はバイトの終わり、随分と感謝されてしまった。いろいろと人が少ない中、助けたようなものなのだ。
彼女と彼は、上機嫌で帰路を辿っていた。
「あの、いろいろと手伝ってくれて有難う」
「いや。言うべきは俺だよ。実際、バイトさせるように仕向けたのは俺だし。でも、やってみたらどうってことなかっただろ? 俺は、踏み出すのがうまくできなかったんだ」
「うん」
2015年4月
彼女と彼は自分の部屋でくつろいでいた。くつろぐといっても、彼女は勉強机に向かって自主勉強をしている。
「貴方って、結構うざいわね。カラオケやボーリングに無理やり連れて行こうとするし。無駄にたくさん本買うし。私のお金で」
「俺を誰だと思っているんだ。お前だぞ? うざいのは自分で分かるだろ。というか無駄になるかならないかは自分次第だ。こうしてノートをお前のために作ってるんだし」
「この手作りノートって、意味ないと思うけど。参考書いっぱい買ってるし」
「これ、実は俺の友達の勉強法なんだ。本当はノートづくりからが勉強なんだ。お前にもやらせるからな?」
「というか、この手作りノート、落書きがいっぱい。勉強するものには思えないけど」
「ああ。俺が躓いてしまったところとか、先生が授業中に話してくれて、俺が思うところを記憶を頼りにとにかく書き留めたんだ。何がお前の助言になるか、俺もはっきりわかんねえんだ」
「ところで、さっきから『俺の友達』とか『躓いた』って、貴方って、ただ湧いて出てきたんじゃないんだね」
「お前、その素で相手の心を抉ってくる言葉を使うのやめて……。最初の時に説明したつもりだけど、俺はお前のパラレルの存在なんだ。俺も相応の人生を歩んだつもりさ。お前の未来を経験してるんだ。ある意味俺の言葉は予言なんだからな?」
「ふーん。未来の存在、予言ねえ。貴方は私でしょ? 貴方と私で、違うところとかってあったりするの?」
「いろいろ違うところばっかりだけどな」
「だから例えば何?」
「俺が女だってこと。それと俺は一人っ子。なのにお前には弟がいる。あと誕生日が数日違う。お前が五日早い。さらに俺の時はここの部屋だけど間取りは違うしベッドもなかった。うん本当に色々だ。というか、弟見たときビビったけど、マジでお前そっくりだな。双子かと思たわ」
「私と弟はお父さん似だからね。貴方はお母さんに目つきが似てる。目元とか、笑った表情とか本当に」
「でも、変なところは妙にそのまんまなんだ。不思議だよ。この壁のへこみも、ドアノブも」
途端に彼は、憂いを帯びた懐かしそうな表情になって、寂しそうにドアノブを撫でた。
「ドアノブごときに思い入れでもあるの?」彼女はからかうつもりで彼に言った。
「うん。俺はこのドアノブに電気コードをかけて首吊り自殺したんだ」
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