003 はじまりのはじまり
……長いポニーテールを背中に垂らした姿の亜衣は、何につけても器用な子だ。
特に手先の使い方が上手く、細かい作業から音楽活動に至るまで、何に手を出しても大概上手くいくと評判だったりする。ついでに周りも羨む超美形の持ち主でもあるが、本人曰く『恋愛とかマジで下らない。時間と労力と神経の無駄』らしい。
「目立つ、ねぇ……」
「ほら、前に山手高校の一年生が立て続けに大きな作文の賞を取って以来、向こうは随分そっちの分野では注目されてるみたいだし。あの学校の国語の授業は凄いぞ、的にさ」
それなら悠香も知っている。賞の受賞者の一人は、いま山手高校一年である悠香の兄・
「そっか、それも『成果』のうちだよね。でも、目立つって言ったら……オリンピック選手を出すとか首相を出すとか?」
「さすがにそれは無理だよ……。もっとこう、例えばナントカオリンピックとかナントカコンクール系だったら、中高生でも参加できるじゃない。山手女子は数学オリンピックで三人も全国大会に行ったみたいよ、とか、インターハイに十人も送り込んだみたいよ、みたいなウワサに発展するだけでもけっこう変わると思うんだけど」
亜衣は喩えのレベルを下げたつもりだったのだが、悠香はまだ諦めない。うーん、と首を捻り、
「あっ、イグノーベル賞だったら中高生でも出来るかな?」
「だからそりゃ無理だって……」
言いかけてから、待てよ、と陽子は思った。イグノーベル賞は『人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究』に贈られる賞だ。案外、貰えたりして。しかしそれを貰って果たして羨ましがられるのだろうか?
「でも確かに、目立てば人気は上がるかもね」
今度は、後ろの席の少女が口を挟んできた。
「頭の良さそうな印象を受けるような賞を取れば、それ相応の人が入って来るかもしんないし。今の日本はナントカ検定なんて山ほどあるから、目指す対象を見つけるのもそんな大変じゃないんじゃない?」
語尾が何とも適当である。悠香が横から入ってきた。
「えー。私はどうせなら派手に目立つような賞がいいなぁ。それと、なるべく頭、使わない方がいいや」
「あ、確かにそれもそうかも」
ころころ変わる菜摘の意見。どっちなのよ、と揃って呆れ笑いを浮かべる亜衣と陽子であった。
亜衣よりも小さめのポニーテールが後頭部で跳ねる菜摘は、ここα組でも数少ないメガネ族だ。パソコンを扱う『CPU研究同好会』に入っている(事になっている)が、ここ三ヶ月一度も出席していないらしい。悠香と同じ、いわゆる『幽霊部員』であった。
「んじゃ、さ」
悠香は人差し指を立てる。何だか分からないが、俄然やる気が湧いてきた。
「なんか私たちでもトップ取れそうで、テレビとかで全国に知られてて、尚且つ面白そうな、そんな賞かコンクール的なものを見つけて、やってみない? そんで優勝の暁には目一杯ウチの自慢と宣伝する! どう?」
「……効果はあんまり期待出来ないけど、ホントにやるの?」
陽子は疑いの目を向けるが、悠香は大きく頷く。
まぁ、話しただけとは言っても乗り掛かった船だ。多少手を貸すくらいなら問題ないか。陽子も渋々、頷いた。
「私、パソコン関係なら役にたてるかも」
これは菜摘の弁である。それはきっと大丈夫だろうなぁ、と悠香は思った。このご時世、コンピューターの一切関わらないことなんてそんなに多くはない。
「……いいけど、真面目な奴狙いで選びなさいよ。じゃないと、ただイタいだけの集団に成り下がる気がする」
亜衣が釘を刺した。陽子もうんうんと首肯している。もっともだ。
「レイちゃんもどう?」
悠香に話しかけられ、陽子の前で本を読んでいた少女──
「……私は機械工学系がいいかな」
この少女も話を聞いていたらしい。よっしゃ、と悠香は小さくガッツポーズした。
ブロンドの長髪をなびかせる麗は、アメリカ人の父を持つハーフだ。
小学四年の時に渡日しているので、日本語も普通に使いこなせる。父は米国航空宇宙局──NASAのエンジニアで、自身も科学系のコンテストに出た事があるという科学一家だと悠香は聞いていた。もっぱら、噂だが。
「決まりねっ。じゃあ、何か見つけ次第連絡するね。みんなも探しといてよ!」
そう言い残し悠香は駆けていった。購買に昼食を買いにでも行ったのだろう、と残された四人は推測してみる。
「……子供みたいなはしゃぎ方だな」
そうでなくても雰囲気の沈降気味なこの教室で、悠香はよく目立っていた。思わず呟いた陽子の背中に、亜衣がふと気づいたように尋ねた。
「……なんか今日のハルカ、妙にテンション高くない? ──あっいや、から元気なのはいつも通りだけど」
きっかけがあったという事だろうか。陽子は暫し悩んでみたが、駄目だ。
「思い当たる節は、特にないけどなぁ……」
「会合の時はあんなに押し黙ってたのにね」
不思議そうに陽子の後を続ける菜摘。
それは寝てたからだ、という冷静な突っ込みをしてもいいものか悩む残りの二人の背中を、明るい陽光が照らしている。
◆
その日の放課後。
悠香は「探しに行ってくる」と言い残し、またもダッシュで教室を飛び出していってしまった。
勢いに乗り損ねた陽子は、完全に取り残された。
──確かに、変だよな。
まばたきをしながら、改めてそう思う。テンション高いというよりは、欲しいものが手に入った子どものようだ。
「ヨーコー、部活あるー?」
同じ駅を使っている友達が、ドア脇から叫んでくる。
今日は無いが、陽子はあえて別の言葉を返した。
「あー……、ちょっと勉強してくから先帰っててー」
今日は二月九日。中学二年の学年末試験が、あと一ヶ月先に迫っているはずだ。だとしたらそろそろ準備をした方がいいだろう。
次々と教室を後にする友人達を尻目に、陽子はノートと筆箱と電子辞書を抱えて図書館へ向かおうとしたのだった。ついでに悠香の件も探せばいいか、と思いながら。
向かったのではない。
向かおうとした、だ。
なぜなら、ふと視界に入ったコルクボードに、こんなポスターを見つけたからである。
──『理化学研究所・宇宙航空研究開発機構共催 全日本スーパーロボットコンテスト
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