093 未来は、誰に
「──今、何て言った?」
客席で声を上げたのは、北上と長良だ。
「どうしたんですか?」
聖名子の問いに、長良は青い顔を向ける。「このロボコン、優勝チームに賞が与えられた事なんて、これまで一度もなかったのに」
「え……」
「それが良さでもあったのよ。優勝チームが優遇を受けないから、自由な感覚で参加できるのがこのロボコンの特徴だったのだけど」
北上が後を続ける。それほどまでに、この発表は意外性の強いモノなのだ。何も知らなかった聖名子や渚は、へぇ、と曖昧に頷くことしかできない。
しかし、驚くのはまだ早かった。
《発表を行うのは、この方です》
その声と共に、ブルーの服を着た大柄の人物が壇上に上ってきた。その姿を見た麗の顔が、さっと変じた。
父、ハドソンだったのである。
「どうして、お父さんが、ここに……⁉」
「あれがレイのお父さんなの⁉」
菜摘の質問は意図せず大声になったが、麗は咎めもせずに壇上を見上げていた。 間違いない、あの服はNASAの制服だ。肩に見慣れたワッペンが刺繍されている。
来れないと言っていたではないか。あれはもしや、仕事として行くからということだったのか?
《アメリカ航空宇宙局の技術者、Hudson-A-Sagami氏です》
実況の紹介を挟んで、彼──ハドソンはマイクを握り、流暢な日本語で話し始めた。
『初めまして、日本の皆さん。NASAより参りました、ハドソンと申します。選手の皆さん、お疲れ様でした。大変良い試合を見せて頂き、私も非常に楽しませていただきました。このような場に立ち、こうして皆さんにお会いできたことを、大変光栄に思っております。──さて、本日私はここに、とあるプレゼンを行う為にやって来ました』
慇懃な物腰と『とあるプレゼン』の語で、会場はさらに揺れる。満足そうにそれを手で制したハドソンは、さらに続きを口にする。
『数日前の会見の報道をご覧になった方もいらっしゃると思います。現在、我々NASAと日本のJAXAとは、とあるプロジェクトを共同で推進しています。それが日本版スペースシャトルの通称で知られる無人有翼宇宙往還機、【HOPE《ホープ》】計画です。月面への初飛行に成功した暁には、この機体は火星探査にも投入される予定になっています』
何それ、と悠香はつぶやいた。ここ数日は忙しくて、ニュースも確認していなかったのだ。
「五日前、JAXAが会見の場で発表したんだよ。あたしはそのニュース、見てた」
陽子が小声で補足する。
知ってる、とか初耳だ、とかいう声が、ざわめきに徐々に混じり始めた。省庁再編以降、これまで新規事業の開拓に消極的だったJAXAがそうした計画を打ち出してきた事は大きなスクープとなり、各テレビ局を通じて全国に話は広まっていた。
麗は父の姿をじっと見つめていた。悪戯っぽい父の笑い声が、今にもあのマイクから発せられそうだった。
『この往還機【HOPE】は、最初の
その言葉に合わせて、両サイドの大画面にロボットの姿が映し出された。
個人趣味飛行用のマルチコプター──通称“ドローン”の下部に、悪路の走行も難なくこなせそうな大型タイヤや機械類が山のように取り付けられている。上部にはカメラが据えられている。
SF世界でしか見た事のなかった探査ロボットの姿に、悠香は思わず息を呑んだ。こんなものが今、この世界のどこかで建造されているのか。
「すごい……」
見てみたい。そう思った。
ハドソンはしばらく言葉を切り、反応を確かめているようだった。そんな手間の必要がないくらい、ざわめきは会場に溢れているのだが。ついでに記者席らしい場所からは、マシンガンの連射のようにフラッシュがばしばしと焚かれている。初めから取材させる気だったのであろう。
『──しかし、ただ画像のみを公開していたのでは少々味気がありません。そこで我々プロジェクトチームはこの機体の内覧会を開催し、そこに本大会の
本大会の優勝チーム。
今、ハドソンは確かに、そう言った。
「なっ……⁉」
陽子が、声を失っていた。その前に立つ悠香は、半分くらい意識を失ったようにハドソンを見ている。麗もそっくりだが、彼女の瞳はもう少し暗い。
「つ、つまりだよ? 私たちが優勝してたら……」
「世界的ミッションに参加できちゃうかも⁉」
菜摘と亜衣は手を取り合って飛び跳ねている。皮算用だというのは、もちろん分かった上でだ。
これでどうして興奮するなと言えるのか。今、五人が冷静になって左の奥を見渡せば、同じく興奮が抑えられずにいる閏井のメンバーをも目にする事ができたに違いない。
ハドソンは最後ににんまりと笑うと、二言三言の挨拶を終えて壇上を下りていった。しかし会場はもう、そんな声が聞こえる状況ではなかった。衝撃的な提案が、続け様に一万人以上もの人々を襲ったのである。
──勝ちたい。
きっとこの時ほど、悠香が強く強くそう思ったことはない。
北上の為にとかではなく、ただただ単純に自分たちの為に勝ちたい。高みに立ちたい。ごくりと飲み込んだ唾の味は苦くて、それでも悠香は身動ぎもせずに前を見上げていた。正面の壇のさらに上から今、ゆっくりと別の大型ディスプレイが下りてきているのが見えた。
空気の変化を察知したのであろう。話し声は次第に小さくなり、やがて消えてしまった。
後に残ったのは、何とも異様で不気味な緊張感だけ……。
「……ねぇ」
悠香は前を向いたまま、四人に声をかけた。
「ん?」
「あの賞がなかったら優勝しなくてもいいやって、みんなは思う?」
突然の問いに戸惑ったのか、返事はしばらく来なかった。
だが。
「……私は、なくていい」
と、麗が。
「賞には惹かれるけど、なくても優勝したいなぁ」
と、亜衣が。
「私も」
と、菜摘が。
「うん、あたしも」
と、陽子が。順に答えを返してくれた。
悠香は四人に見えるように、大きく頷いた。良かった、と思った。
これできっと心置きなく、結果を受け止められる。……なぜか、そんな確信があったのだ。
《それではいよいよ、結果発表を行います!》
実況の叫びが天井を跳ね回り、悠香はぐっと拳を握った。
四人が、物理部が、フェニックスに関わった全ての人々が、同じように拳を強く強く握り締めた。
《
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