070 私たちは






 そんなこんなで、目的の場所に到着した。


「組み立てよう!」

 悠香の号令で、五人は一斉にロボットを組み立て始めた。

 もう何度やったか知れない、リフトアップロボット『ドリームリフター』のセットアップ。教室で培ったそのスピードは伊達ではない。

「タワー部はOKだよ!」

 ものの三分で亜衣が叫ぶと同時に、麗が黙って駆動部分を持ち上げる。「よし、それ受け取る」と陽子が手を伸ばす。

 陽子の手によってそれらが合体され、さらに後部に亜衣と悠香が二人掛かりで電池を積めば、もう見かけ上は完成したも同然だ。

「運用ソフトの起動も完了だよー」

 タブレットパソコンを持った菜摘が、次に声をかける。「試しに動かしてみる?」

「じゃあ、前進後退と左右への移動、頼める?」

 あいよ、と菜摘は素早く画面をタップしていく。いつものノートパソコンでないのは、この方が軽くて扱いやすいからだ。

 キュイーン。

 電源が入り、前部に取り付けられた四つの方向指示電球が点灯した。いつもと違って命令が具体的に与えられているので、すぐにその巨体は動き出し、前に、後ろに、左右に次々と向きを変えて進んでみせる。

「うん、大丈夫そう」

 その一言を待って、皆はほっと息をついた。教室以外に持ち出すのは初めてだから、本当は少し不安でもあったのだ。


──ここが、私たちの戦場フィールドになるんだな……。

 周りをぐるりと見回した悠香は、そこに光景を思い浮かべた。数多の選手たちの制御下に置かれ、何台ものロボットが『積み木』の主導権を巡ってしのぎを削り合う、そんな光景を。

──早く、あのロボットたちをここで走らせてあげたい。あの狭い教室じゃなくて、こんな広々とした空間で自由に走らせてあげたいよ。だって、せっかくの自律ロボットなんだもん!

 テンションがいい感じに上がってきた。ふらふらと不用意に歩き回っては大空間を見上げる悠香に、気付いた陽子が「ちょっとー」と笑っている。「あんまり白昼夢に浸ってると前が見えなく──」


 ぶつかった。


 どん、と鈍い音がしたかと思ったら、悠香の視界の先が真っ暗になった。

「痛たた……」

 呻き声を上げて目を開いた悠香は、目の前の人に気が付いた途端にそこを飛び退く。

「きゃあ! ごめんなさい前見てませんでしたごめんなさいっ!」

「……気を付けてな。重たい部品、持ってるから」

 低い声で応対したその相手は、大柄な男性だった。電池のような大型の箱を持っている。選手だとしたら、高校二年生だろうか。

 ぺこぺこ頭を下げる悠香の首根っこを、陽子がむんずと掴まえた。

「あうっ」

「可愛い悲鳴上げてんじゃないわよ。だから注意しろってさっきあたしが……」


 あたしが、と陽子は再び繰り返した。しかもほとんど上の空だった。

「…………?」

 悠香は陽子の向いていた方を見た。大柄男の後ろから、なんだなんだと言いたげに顔を覗かせている人がいる。

 あっ、とお互いに声が出た。

「この前の!」

 相手は川内だったのだ。秋葉原で会ってから実に一月近くが過ぎようとしているが、悠香も向こうもばっちり覚えていたのである。

 川内は自分の顔を指差す。「えっと、玉川さんだよね? 僕のこと、分かる?」

「分からないわけないじゃないですか!」

 そう言いながら、悠香は妙に改まった気持ちで川内の顔を見上げていた。

 今までは無自覚だったが、あの人が物理部の宿敵のリーダーであり、去年の北上さんを追い詰めた張本人なのだ。そうと分かればもう彼の顔には、以前のような優しいお兄さんの面影は残っていない。

「ハルカたち、この人のこと、知ってるの?」

 奥から顔を出した菜摘たちに、悠香と陽子は口を揃えた。「『Armada閏井』のリーダーだよ!」

「ええっ⁉」

 驚いたのはロボット研究会の残りだけではなかった。どよめきが天井に轟き、悠香たちの周りに控えていたチームのメンバーたちが一様にこちらを振り返って目を剥いているではないか。あちゃあ、と川内たちは苦笑いする。

「バレないようにしてたんだけどなぁ……」

「ああっ! す、すみません!」

 今度は陽子までもぺこぺこと頭を下げる始末。

「いや、いいんだ」

 フォローしてくれたのだろうか、そう言った川内はふとしたように手を伸ばし、そろりそろりとその場を出て行こうとしていた大柄男の肩を握る。

「ついでに紹介するよ。僕たち『Armada閏井』の副リーダー、奥入瀬おいらせだ」

 捕まった彼は心底迷惑そうな顔をしたが、川内は構わず続ける。

「こいつ、ちょっと女の子とか苦手でさ。すぐ逃げようとするから」

「…………」

 どんな反応をすればいいのか、誰か教えてほしい。悠香たち五人の目全てに、そんな文字が踊っている。

「い、いいから行こう……」

 奥入瀬がぼそっと言った。閏井もこの後で審査に入るのだろうか。

「分かってるよ。待たせたらまずいしね」

 川内の表情はあくまでも爽やかだ。その視線は奥入瀬にはべもせず、真っ直ぐに悠香を捉えたまま離さない。


物理部フィジックスのことは聞いたよ。お世辞抜きに、残念だ」

 川内の声には言葉通り、皮肉や嫌味が一切混じっていなかった。

──そんな内部情報、どこから聞いたの⁉

 とかいう疑問は押し込めて、悠香は黙って頷き先を促す。

「ただ、あのチームと玉川さんたちのチームとは、そもそも元から別々らしいね。だから僕たちも、君たちをあの物理部と同じように扱うつもりはないよ。君たちがどんなチームで、どんなロボットと作戦を用意してきているのか、しっかり見極めさせてもらおうと思う」


 その時の川内の表情から作り笑いを剥ぎ取ったら、いったい何が残ったのだろうか。

 しかもその台詞は事実上の、

「宣戦布告……ですか?」

 陽子の声は固かった。

「そう捉えてくれても構わないかな」

 川内はあくまであっけらかんと笑うだけだ。しかしその目とその言葉が、全てを既に物語っている。悠香たちを物理部フィジックスと対等の敵と見なす事も有り得ると、この場を借りて川内は公言したのだ。

 そうでなくちゃ、と悠香は胸の奥で密かに思った。何人もの顔がすぐに浮かび、そして脳波の海へ消えていった。

──負けていられない。私たちだって、この五人だけで戦う訳じゃないんだもん!

「私たちも、正々堂々頑張ります!」

 二人を正面から見据え、悠香は宣言した。

 その強い口調に、川内も奥入瀬も一瞬目を開き、そして口の端を吊り上げた。

「手抜きは、しないよ」


 睨むように向かい合った両者は、自信に満ちた笑顔で相手を見つめあった。

 どうしてあの閏井と知り合いなんだ、と周りからの視線が訴えている。その視線がむしろ、悠香たちの心を一層煽り立てた。火のついたプライドが明々と炎を上げ、気合いと闘志が身体に、心に漲った。


 その時だった。流れ込んだ沈黙に、いきなり館内放送が割り込んできたのだ。

《審査番号二十五番、二十五番のチームの方、速やかに該当ロボットを持参してカウンター前に来てください》

 はっ、と息を呑んだ亜衣が背後のドリームリフターの元に戻った。返ってきたその手には、整理券が握られている。番号は二十五……。

「私たちじゃん!」

「そんな! 聞いてないよー!」

「聞いとけよリーダーっ!」

 大慌てで五人はドリームリフターのリモコンを手に取り、カウンターへ走って向かう。最後になった麗が、一瞬川内に振り向いて会釈をしていった。

「……なんだ、もう少し挨拶して行きたかったなぁ」

「いいから川内、俺たちも行かなきゃだぞ」

「分かってるってー」

 三言でその場をリセットした川内と奥入瀬も、仲間の待つ別のカウンターへと向かって行く。周囲の視線はその背中に突き刺さった矢のように、二人の後を追い掛けて行くのだった。




 五人と一台は、カウンターの前に立った。


 真っ白なクロスの掛かったカウンターに座っているのは、スーツを着た若い男性だ。

「お電話を頂いた折はありがとうございました。私、電話口での対応をさせて頂きました、吉野隆弘と申します」

 いきなり名乗られたその名前に、悠香以外はあっと声を上げた。懐かしい声と、名前ではないか。悠香だけはつい最近も電話を受けているから、さほど驚きはしないが。

「玉川です」

 一歩前に出て自己紹介すると、吉野は眉を上げた。バインダーに挟まれた資料をもとに、一人ひとりと顔を確認していく。

「メンバー五人と該当の自律ロボット一台、大丈夫ですね。それでは早速、いくつか聞いておかなければならない事があるのですが──」

 おっと、と彼は笑った。「まだチーム名を伺っていませんでしたね。いかがですか、あれから何か、決まりましたか?」

 後ろで四人がひそひそと話し出したのを、悠香は手で制した。

「決まってます」




 チーム名が未決であることを、悠香はずっと覚えていた。

 けれどなかなか決められないまま、昨日の深夜に至ってようやく決めたのである。誰のおかげか、『これだ!』と心から思えるようなアイデアに、悠香は昨日になってやっと出会えたのだ。


──これでいい。

 すっと息を吸った悠香は、その間際に確信をつついて転がした。

──私たちらしい、一番の名前だもん。みんなきっと、納得してくれる。


 嗚呼、そうだ。

 これは、一度ならずなんども挫折しかけ、分裂しかけ、それでも幾多の困難を乗り越えてここまで来たこのチームに、ぴったりの名前。

 それだけではない。悔しさに涙を飲んだ物理部や北上や、或いは顧問の浅野や友弥や冬樹によって託された沢山の思いを、その背中に確りと背負うことのできる名前なのだ。




 山手女子PHYSICSフィジックス、ならぬ。




「私たちは」


 吸い込んだ暖かな空気を、悠香は一気に吐き出した。


「──『山手女子PHOENIXフェニックス』、です!」






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