065 黄昏のビフォー・アフター
問題の放課後がやってきてすぐに、物理部の面々は教室を訪れた。
「へー! これが、みんなのロボット?」
米代と名乗った高一の部員が、関心も高そうにドリームリフターを眺めている。
「そこの輸送ロボットもろとも、『積み木』をリフトアップするんです」
悠香が説明すると、へぇ、と何度も相槌を打ちながら米代はドリームリフターの周りをぐるっと見て回った。「これが噂の複合昇圧電池だよね? いいなぁ、すごいなぁ」
「えっ、複合昇圧電池の事、どうして知っているんですか?」
「うん? ああ、瀬田が話してくれたんだ」
悠香は聖名子を見た。ギャラリーに混じっていた聖名子が、ごめんとばかりに手を合わせている。
「こっちもよく出来てるね」
その向こうでドレークを観察していた長良が、感心したように頭を振った。
「ほんと、後輩が作ったとは思えないわ。嫉妬しそう」
あははっと笑いの起こる物理部員たち。気が気ではない悠香たちは、色の抜けた顔でその光景を見つめるだけだ。嫉妬のあまり破壊、なんてまさかしないだろうか。本当に大丈夫なのか。
「……あの、そろそろ練習しても、いいですか?」
遠慮がちに口を挟むと、米代も長良も目を離した。
「ごめんね、つい見入っちゃって」
例のごとく、悠香と陽子と菜摘はロボットの運用の練習。そして亜衣と麗は、基盤製作だ。
実は昨日、冬樹からまたも連絡が入ったのである。地震の時に修理に使った、冬樹のおかげで助かったと伝えたら、
〔使っちゃったのかよ! もう一セット作ってくれ!〕
などと、如何にも切羽詰まったようなメールが送られてきたのだ。
かくして例に倣い、昨日の放課後に急いで二人は秋葉原に向かい、必要品を揃えてきたのだった。お金と手間がかかるなぁ、なんてぶつくさ言いながらも、二人はさっきからずっと真面目に取り組んでくれている。
エイムの問題は、未だに改善の見込みがなかった。
『積み木』を掴む時に、真っ直ぐ掴めないという問題だった。視認性が十分に確保されているのが大前提のビデオ映像を元にして目標までの動きを計算しているため、どうしても最短経路で移動しようとしてしまう。
結果、塔への積み上げがなんともばらばらになってしまい、不安定になるのである。せっかく横積みにして安定性を高めたのに、これでは意味が半減してしまうのだ。
「やっぱり、駄目だね……」
ため息をついた時だった。じっとその様子を見ていた米代が、ふとしたように言った。
「それ、もうちょっと確実にできないかな。技術でカバーできるような気がする」
「……できるんですか?」
「これ、ただの塗料だよね?」
悠香の持っていたスプレーを、米代は手にした。頷くと、それをシャカシャカと振ってみる。
「例えばこいつを、発熱スプレーに換えてみるとするじゃない。そしたら視認性は必要なくなるの。赤外線センサーがあれば、場所はすぐに認識できるよ」
発熱スプレーとは吸湿発熱成分と呼ばれる特殊物質を噴霧し、空気中の水蒸気を取り込んで発熱するスプレーだ。赤外線を発するから、間に壁が出来ても問題なく位置を確認できるはずである。
──でも、赤外線センサーなんて使ったことないし、どうやって設置したりプログラムを組めば……?
そこまで考えた悠香は、はっと思い出した。そうだ、だいぶ前に作ったライントレーサーに搭載されていたではないか!
「もうちょっと簡単かつ短時間で実現させるとしたら、サーモグラフィーの映像を解析するやり方もあるよ。それだったら今のやり方とそんなに変わらないし、お金の面もかからないからね」
「でも、サーモグラフィーって、なんか値が張りそうです……」
「私たちのロボットに使ってたのを、ちょこっと
「…………!」
物理部、最強ではないか。
悠香はごしごし目をこすると、その瞳で米代を見上げた。一年歳上の先輩は、自分より遥か先で立ち止まっている目の前の後輩に、優しく微笑していた。
「ものは試し、だよ。ちょっとそのロボット、物理実験室に持っていかない?」
結局。
全てのロボットが物理実験室に運ばれ、部員らによる査察を受けた。
一番問題なさそうに見えたドレークに突っ込み、もとい指摘をしたのは長良だ。二十分ほど走り回って息の上がっていた陽子に、声をかけたのである。
「そんなに走り回り続けてたら、本番で死んじゃうわよ?」
「ですよね……」
たはは、と陽子は苦笑いした。自覚はあるのだが、自分が
すると長良は、こんな提案をした。ドレークを改造し、『積み木』や敵対ロボットを自動で捕捉し攻撃するようにする、というものである。
「せっかくロボットなんだから、自動化できる所はしちゃったらどう?」
「それが出来たらしたいですけど、そんなの……」
「不可能じゃないわ。私たちのロボットには、改良して『積み木』に使用されている木材を認識するようにした小型魚群探知機と、人間を除外できるようにサーモグラフィーも載せてたの。その二つを載せ替えれば、人間以外のモノを無差別攻撃できるようになるわ」
……未知の話すぎて説得力があるのかないのか分からなかったが、陽子は頷いたのだった。長良の目に疑いの余地は感じ取れなかったからだ。
かくして教室より広い物理実験室での作業が始まった。物理部のメンバーは壊れたロボットの残骸を持ってきて何やら取り外し始め、それをガチャガチャといじっては五人のロボットに取り付けてみている。悠香たちが見ている事しかできない一方で、麗はその現場を見守りながら必死にメモを取っていた。修理の参考にするのだろう。
それにしても、さすがは手練れの集団。物理部員の手捌きや器具の使いっぷりは鮮やかである。
──こんなすごい人たちのロボットは壊れちゃって、私たちのロボットは生き残ったんだなぁ。
悠香は改めて、虚しい気持ちになった。
一緒に戦ってみたかったけれど、きっとこの五人では歯が立たなかったに違いない。だからこそ、皮肉に思えた。普通に考えたら選ばれるはずのない悠香たちがなぜか助かり、そして気づいたら共に協力し合っている。
他のメンバーがどうかは知らないが、少なくとも悠香はさっきから感付いていた。亜衣の差し出した設計図と本物とを見比べながら、他の部員と一緒になって部品を据えようと試行錯誤している長良の横顔は、どうしてか、とても楽しそうだった。まるでロボットに取り組み始めた最初の頃の悠香のように、その目は輝いている。
「あーもう、難しいわね……」
疲れたぁ、とあくびをした長良は、実験室の窓際に向かう。奥多摩の稜線へと消えようとしていた日光が顔を照らし出して、目を細める。
そこに、悠香はそっと歩み寄った。
「あの」
口を開くと、長良はこちらを見て首を傾げた。悠香はそんな長良の目を見て、溜めていた問いを発した。
「私、ずっと疑問だったんです。どうして長良さんたちは、ライバルだった私たちにこんなに協力してくれるんですか?」
長良は口元に笑いを作ると、悠香から目線を外す。
「なんだ、その事ね」
その事なんて言われても、それが悠香たちロボット研究会には一番の不安材料だったのに。悠香が答えを待っていると、長良は取っ手を掴んで窓をゆっくり開けた。錆び付いた音と柔らかな暖かさが、開いたその窓から吹き込んだ。
「悔しかったから、さ」
か細くも強い長良の声に、実験室の全員が振り向いた。
「諦めるのは仕方のない事だったけど、それで何もかも放り出してしまうのは嫌だった。私たちにはロボットはもう作れなくても、作る腕だけはまだある。だからそれを使って、せめてロボコンへの道が残っているあなたたちの手助けを出来ないかって思ったのが、そもそもの発端よ」
「そうだったんですか……」
「ごめんね、さっきから私たちの方ばかりが盛り上がってるわよね。あなたたちのロボットを勝手にいじり回して……」
悠香たちは、何も言わなかった。戸惑いこそしたが、嫌だとは思ったことがない。
少し、長良は間を開けた。俯き気味にフェードアウトした長良の声は、次の一言の時には再び、あのしっかりと芯のある強い声に戻っていた。
「でもね、あなたたちのロボットには欠点がすごく少ない。必要な点はちゃんと押さえてあるし、それが最小限のきれいな纏められ方をしている。私たちがした追加が、すごく余計に見えてくるくらいにね。
みんな、もっと自信を持っていいわ。私たちが改造する前から、このロボットたちはポテンシャルの高い、いい機体よ。本番でも期待に見合うだけの活躍をしてくれる」
悠香は、物理部の面々を見回した。
米代が、聖名子が、渚が、強く強く頷いていた。
──そうなのかな?
まだはっきりと信じられるわけではない。それは陽子も亜衣も菜摘も麗も、みんな同じだ。喜んでいいのか分からずに、困ったような笑みを浮かべているばかりだ。
でも、これだけは言える。長良や物理部に対する意識は、以前とは百八十度違うものになっている。
「私たちの分の、いえ……それ以上の奮闘を、あなたたちには期待しているよ」
そう語る長良は、嬉しそうで、哀しそうだった。
「私たちが三年間の挑戦で一度も手にする事のできなかった優勝を、あなたたちには掴んでほしい。そのためなら私たちは、どんな助力もするつもりよ」
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