052 協力者は変態。




 そんなこんなで、放課後が来た。


「駆動部分の設計図は、こんな感じなんだ」

 そう言って手渡された図面を、聖名子は舐めるように見た。モーターを一つだけ設置して軸を延ばし、その回転を四つの車輪に伝える方式である。

「これだと出力落ちちゃうかもしれないけど、いいの?」

 尋ねると、亜衣は情けなさそうに笑う。「私たちはお金ないから、そんなに色々買えなくて」

「そっかぁ……」

「物理部だったらどんな風にするの?」

 どうするだろう。聖名子は既存のロボットを順に脳内再生してみた。

「基本は四輪駆動じゃなくて、二輪駆動かな。後ろの車輪それぞれにモーターを付けて、独立制御してたと思う」

「お金あっていいなぁ」

 パソコンを打つ手を止め伸びをしながら、菜摘が呟いている。僻みっぽい皮肉は不思議と感じなかった。

 完成しているらしい他の二台のロボットを見ても、正直お金がかかっているようには見えない。物理部のあれが絹織物なら、このチームのあれはパッチワークだ。

 ……が、聖名子は気付いた。電池だけがどこか、見覚えがないのである。

「ねぇ」

 分解されたロボットの元に歩くと、聖名子は電池を指差した。「これ、何を使ってるの? 自動車のバッテリー?」

「お目が高いねー」

 渾身のどや顔を決めて見せる亜衣。

「それ、複合昇圧電池だよ」

「ええっ⁉」

 思わず聖名子は仰け反りそうになった。複合昇圧電池が何を意味する言葉か、物理部員で知らない者はいない。

──ふ、複合昇圧電池って確か、市販のものでも数万以上はするはずじゃ……!

「麗のお父さんが、いいって言ったのに買ってくれたらしくてね」

 亜衣の言葉に、当の麗は恥ずかしそうに俯きながら作業をしている。聖名子も聖名子で、開いた口が塞がらない。父親がNASA勤めとは聞いていたが、まさか、そんな……。

 羨ましい。


 と、その時だった。

 ばんっ、と大きな音を立ててドアが横っ飛びに開いたかと思うと。

「頼もうっ!」

「うるせえ!」

 ガツン!

 音にするとそんな感じのやり取りがあった。

 ドアの開いたその場所に、メンバーの知らない二人の男性が立っていたのである。今、頼もうと叫んだ男性を後ろからもう一人が殴った、という構図になっている。

「……どなた、ですか?」

 陽子が恐る恐る尋ねると、後ろの男性は何とも曖昧な笑みを見せた。前のは……倒れ伏している。




「玉川ユウヤさん……」

「と、石狩さんですか」

 自己紹介を済ませた二人に、五人は順に確認を取った。

「妹が迷惑かけてます」

 丁重にお辞儀をする友弥。「ごめん。本当はもっと静かに訪問するつもりだったんだけど、こいつが」

 座るようにと並べられた二つの椅子、右側に座る友弥が、左の冬樹を親指で指した。ぐるりと取り囲むように五人が座っているので、まるで簡易な尋問法廷のようである。

「しょうがないだろ、女子だぞ? 俺たちの学校には存在し得ない女子しかいないんだぞ? テンション上がらないでどうするってんだ!」

「もう一回殴るぞ」

「……すいません」

 大人しく謝る冬樹。その服装はしかし、やはり女子校に乗り込むということで気合でも入ったのか、なかなかに考えて選ばれているようだった。対する友弥のそれは、質実剛健と言えば聞こえはいいが、生真面目で面白味はない。

「ふーん……」

 何やら唸りながら、亜衣は二人を熱心に見比べている。

「気になるの?」

 麗が尋ねると、亜衣は跳ね上がらん勢いで驚いた。「ばばば、バカ言わないでよ! ただちょっと比較してみてるだけで……!」

 大声で囁くと、それきり口を閉ざしてしまった。麗も気にしないことにしたらしく、足元に目を落とす。


「──そうそう。時間もないし、本題に入らせてもらうぜ」

 時計を見た冬樹がそう宣言した。居住まいを正し、五人を見つめる。その目に嫌らしさは微塵も感じられない。

「昨日、ロボットの上を作るのを請け負ったのは、俺なんだ」

「え……!」

 叫んでから慌てて口を覆った菜摘だが、もうばっちり聞こえていることだろう。しかし我関せずとばかりに、冬樹は話を続ける。

「だけど、闇雲に作るってわけにもいかないだろ? 具体的な寸法だとか求められるべき性能だとか、直接会って聞きたかったんだ。──あっ、女子に囲まれてみたかったからとか、そういうのはないからなっ⁉」

「わざわざ言わなくていいですよ、それ……」

 まだ何事かモゴモゴ呟いていた冬樹だが、すぐに本題に戻る。

「ついては、どんなモノを作りたいか、どんな大きさがいいか、電力はどのくらい使っても構わないか、そこら辺が詳しく知りたいな。話してもらえる?」

 五人は互いに互いを見た。あたしが、と陽子が席を立つ。

「これが設計図です。重さ一キログラムの『積み木』を使って、ダルマ落としみたいなことができればいいかなって思ってます」

「競技概要を昨日読んだよ。バカでっかい積み木の塔を崩すだけの力があれば、十分って事だよね?」

「はい。他所のロボットへの攻撃もルール上はできるんですけど、『積み木』の塔が崩せるだけの力があるなら足りるかなって思って」

 なるほど、と冬樹は唸った。目の焦点は設計図に在るようだが、もしかしたら数週間後のビジョンも見えているのだろうか。だとしたら、頼もしいのだが。


 少し、時間が経った。冬樹はまだ図面を見ている。

「……過剰オーバーキルである分には、構わないよな?」

 唐突に飛び出した物騒な言葉に、五人は反応し損ねた。「……えっ?」

「よし、分かった。ありがとうね」

 言うが早いか、冬樹は席を立つ。「今から秋葉原に寄って行きたいから、もうおいとまする。構想は大体固まってきたから、大丈夫だよ」

──早っ!

 突っ込みたい気持ちを抑えて、五人は口々にお礼を述べた。作戦ばかりか改造計画の詳細まで耳にしてしまった聖名子だけは、妙な背徳感から複雑な心境だったが。

「まったねー」

 そう言ってテンション高く去っていった冬樹を追いかけるべく、友弥も慌ただしく席を立つ。


「……こんなこと、俺の言い出していいことかどうかも分からないけどさ」

 出て行きかけて、友弥は残された五人を振り返った。

 その瞳が夕陽を浴びて、不思議な色に輝いていた。

「昨日、帰ってきたハルカは、泣いたんだ。学校に戻りたい、製作に戻りたいってさ……。だから、ハルカのこと、よろしくお願いします」




 それきりドアは閉まり、聖名子たちだけの空間が再び生じた。


「風みたいな人たちだったなぁ……」

 菜摘がぼそりと溢した。その喩えは似合ってるな、と聖名子も思った。

 夕陽は既に彼方の建物の上に至り、今の時刻を暗に教えてくれている。冬樹が急いだのも頷けた。日が暮れて下校時刻が来るまで、もう時間はあまりないのだ。

「さっ、やろうやろう!」

 誰からともなくそう言い出して、五人はロボット作りを再開した。友弥が最後に残した言葉が効いたのか、前にも増して精力的だ。


 ただひたすら黙々と、積み上げられた部品類を設計図通りに組み上げていく、組立担当の陽子。

 その設計図に何度も線を走らせては電卓を叩いている、設計図修正担当の亜衣。さっき説明されたところに拠れば、接着などもやっているのだとか。

 参考書を片手にめくりながら、時折顔をしかめつつパソコンに向き合う、プログラミング担当の菜摘。

 虫眼鏡を覗きつつ慎重にピンセットを動かし、基盤に電子部品を取り付けてゆく、電子工作担当の麗。

 完璧すぎる分業だ。物理部員はパソコン以外は誰がどれを手掛けてもそんなに失敗しないから、ここまで細分化したりはしない。

 非効率だろうか。いや、違う。悠香たちはロボットコンテスト初心者なりに、工夫して作業の能率を上げているのだろう。


──前も思ったことだけど。

 聖名子は作業の合間に、ちらりとメンバーを見回した。

──ハルカたち、意外としっかりした活動をしているんだ……。





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