Ⅳ章 ──全ての道は、完成へ通ず
047 走り出す少女たち
四月十九日。
仲直りした日の翌日である。学校の校門を入った所に、悠香たち五人は集合していた。
全員、妙に重苦しい雰囲気に包まれている。まるでこれから戦場にでも赴く兵士のようである。
「……昨日の夜、メールで決めた通りにやろう」
悠香が静かに宣言した。
五人は教室のある校舎ではなく、渡り廊下で繋がっている一番端の建物へと向かった。総合教室棟と呼ばれるそこは、芸術教室や音楽室、大教室など特殊な部屋の収まった建物である。外に取り付けられた螺旋階段がロープ一本で規制されている事は、一部生徒の間では知れ渡っていた。
「毎度思うんだけど、ここって適当すぎるよね……。泥棒でも入ってきたらどうする気なんだろ」
苦笑いする亜衣。全くだが、今日はここが悠香たちの生命線だ。
五人は無言で螺旋階段を登り、三階へと進入──もとい侵入した。ガラス戸で施錠されている二階と違い、ここなら安全に教室棟へと渡れるのであった。
「着いた……」
中学三年α組の教室に辿り着いた悠香は、安堵のあまり声をもらし椅子に座り込んでしまった。
自分は机に腰掛けながら、陽子もため息をついている。
「何とかなるもんだね、案外」
「ね。何とかなった」
「これで誰か一人でも警備員に捕まったら、
ふふっ、どこからか笑い声がこぼれ落ちた。
今日は日曜日である。山手女子では日曜日は基本、理科系の部活の入居する理科棟を除く校舎の全てが施錠される。悠香たちはもう物理実験室を使えないので、どうにかして教室に侵入する必要があったのだ。施錠されている校舎内を警備員が巡回することはないので安心と言えば安心なのだが、こういう時はどこかの壁から目でも覗いてはいないかと不安になるものである。
「さ、やろう!」
言いながら、早くも菜摘はパソコンを起動した。その声に悠香たちはロッカーへ向かい、例によって分解された輸送ロボットを取り出す。昨日、一度完成させた機体を再び分解したのだ。
「昨日はどこまで試験できたんだっけ」
尋ねる悠香に、手帳をめくりながら陽子は答える。「えっと、運用速度の確認と積載可能重量の検査まで。確か、明日は実際の『積み木』に近いモノを用意しよう、って言って解散したんだ」
「あー……」
悠香はメモを取り出した。昨日の夜、帰ってすぐにロボコンのサイトを調べ、積み木の重さを確認したのを、すっかり忘れていたのである。
『積み木』の材質はMDFと呼ばれる中密度の合板材で、内部が空洞になっているため重さは抑えられているらしい。
「だいたい一キログラムくらいだって。お米の袋、半分くらい」
ふうん、と頷く四人。今度は陽子が尋ねてきた。
「んでハルカ、『積み木』に近いモノは?」
「ふぇ?」
呼ばれた悠香は自分を指差した。あんたに決まってるでしょ、と陽子の目が言っている。途端、悠香の脳裏に昨日の会話が怒濤の勢いで再生され始めた。
悠香の顔が、さっと青く変色した。
──忘れてた! 持ってくるの私の担当じゃん!
思い返せば昨日、悠香はここで宣言したのである。私が持ってくるから大丈夫、と。完全に失念していた。
カタカタ震えだした悠香を前に、残りの四人は即座に事態を察したらしい。
「……全くもう」
陽子がため息混じりの声を上げる。あぅ、とか何とか口の中で呟くことしかできない悠香である。
「仕方ないね。それに見合うくらいのモノをこの教室から集めればいい訳だし」
「探しますか!」
亜衣の掛け声で、菜摘以外の四人は教室中に散らばった。
──うう、せっかくまた再起動した活動なのに、また私のせいで……。
本棚を漁りながら、悠香はしょんぼりと口元を歪ませた。どうしてこう忘れっぽいんだろう。こんなことを繰り返しているから、『自覚ない』などとレッテルを貼られてしまうのに。
「こんなのとかどうよ?」
亜衣が大きな額縁とバスケットボールを持ってきた。
「……どこにこんなものが?」
「掃除用具入れ。私もびっくりした」
そういえばここ一週間以上、教室の掃除が行われていないような気がする。誰も確認していなかったのだろうか。
「ロッカーといいトイレの個室といい、この学校のハコの中は何かと魔窟だよね。得体の知れないものがゴロゴロ出てくる」
苦笑いしながら亜衣はボール二つを額縁に載せ、悠香に手渡した。「どうよ、これで。縦横比から言ってもちょうどいい感じじゃない?」
「あ、うん、確かにいい感じだ」
「もうちょっと重さを嵩増しした方がいいような気もするけど、それは本とか教科書で調整すればいいと思うんだ。取りあえず、向こうに持ってっとくよ」
「うん」
悠香の返事を待って、亜衣はまた悠香から二つを受け取ると背中を向けた。感付かれないよう、悠香はまた小さく小さく嘆息した。
「……なーに凹んでるのよ、あのくらいで」
亜衣の声に、思わず顔を上げてしまった。
「忘れ物くらい私たちだってするし、カバーできさえすればそれで良いじゃん。大した問題じゃないよ」
こちらを振り向きもしないまま、亜衣は告げる。その声は、優しかった。
「私たちがハルカを評価した点は、もっと別にあるんだから。ね?」
それきり亜衣はすたすたと歩いてゆく。悠香は揺れるその背中を、口をぽかんと開けたまま見ていた。あの亜衣とも思えない台詞だ。
「……うん」
拳をぎゅっと握った悠香は、また動き出した。
◆
「全員集まったね!」
実験室中に響くような声で叫ぶと、ずらりと並んだ十人くらいの面子を見渡した長良は、手にした紙を配り始めた。『行動計画』と題が振ってあるA4大の紙が、全部で三枚ずつ。
全員に行き渡ったのを確認した長良は、再び口を開く。
「じゃあ、これから私たちロボット班のロボコン当日の行動予定を伝えます」
──ついに来たか。
聖名子は思った。長良の言葉は即ち、この部が既にロボットを開発する段階を完全に終え、最終準備段階に入ろうとしていることを示している。実際、もう残っているのは練習だけである。
「今回も恐らく、他の学校は大して脅威にはならないはずよ。二枚目に書いてあるけど、強いて言うなら怖いのは、例年攻撃力の高いロボットを持ち込んでくる『東高軍』ね。それ以外を眼中に入れる必要はないわ。私たちの最大の
「……聞いたことあるな、そこ」
ぼそっ、と前に立つ渚が呟いた。
実は聖名子も名前だけなら知っている。何せ製作中からずっと、呪詛の文句のごとく先輩たちが唱え続けていたのだ。嫌でも脳に染み込んでいる。
「あそこの強みは、二つある」
そう言うと長良は、細長い指を二本立て、振って見せる。
「一つは、毎度毎度発想が気違いじみていること」
……渚が噴き出した。
「き、気違いって……」
「ちょっと……!」
長良は笑われるのを嫌がる、見つかったら面倒だ。聖名子は慌てて止めようとするが、ツボった人間の笑いはそう簡単に止まるものではない。
しかしよほど鈍いのか、長良は真顔で説明を続行する。
「あのチームは私たちの予想をことごとく裏切って、奇抜な発想のロボットを用意してくるわ。私たちは毎回、あのチームに一方的に翻弄されてるの。──二つ目はそれと近いんだけど、あのチームはチームワークが完璧よ。私たちより、よほどね。どんな状況でも臨機応変に考えて、時にはその状況に即してその場でロボットを改造までしてしまう。しかもメンバーの連携が取れていて、チームプレーになっている。私たちの手に終える相手じゃ、なかった」
はぁ────、と長いため息を吐いた長良に、聖名子は質問した。「……それは、去年の経験って事ですか?」
「そうだよ。去年の2014年大会、北上さんたちの代が
何となく感じてはいたが、昨年度はこのチームにとって半端ではないトラウマ回だったようだ。やっぱりなぁ、と聖名子は少し唇を噛む。去年、北上たちも同じことをしたのだろうか。
「そこで今回は、知っての通り
ペンを手のひらの上でもてあそびながら、長良はまた説明に戻る。
「状況に即応すると言っても、限度がある。特に私たちのロボットは、改造がなかなか利かない部分もある。だから最初から改造部品を製作しておいたの。今、ロボットの隣に置いてある奴ね。いざという時は、あれを交換もしくは取り付けすれば改造完了ってわけ」
あぁ……、と感嘆の声がそこかしこから上がる。
──あれって、そういう目的だったんだ。
聖名子も思った。作っている間、その用度を聖名子たち下級生は知らされていなかったのだ。
「次、チームワークね」
改造の話をそこで切った長良は、ページを一枚めくる。
「こればっかりは正直、どうしようもないわ。練習を重ねて重ねて、それで補うしかないと思う。知ってると思うけど、同時に出場できるのはたったの五人だけだから、スタメンは私たちの方で選ばせてもらった。そこに載ってる名前が、スタメンよ」
ばさばさと紙をめくる音が重なる。聖名子もみんなに倣って、そのページに目を通した。
『長良沙紀(高二)、
「──あたしの名前がない!」
……全員、叫んだ声の主を一斉に見た。誰かと思えばそれは渚である。
「ナギサ……?」
「これ、あたしは出ちゃダメなんですか⁉」
聖名子の問いかけなど耳に留めず、渚は長良に詰め寄った。その顔が、柄にもなく哀しそうに歪んでいる。長良もその表情を見てか、返答が一瞬たじろいだ。
「いや、だからそういうわけじゃ……」
「あれですか⁉ あたしがさっき長良さんの説明に噴き出したからスタメンから外されたんですか⁉」
「……何ですって?」
声色が変わった。さぁっと潮が引くように、渚は青ざめた。完璧に墓穴を掘ってしまった。長良は今の今まで、本当に気づいていなかったのだ。
怯えで小さくなる渚の前に仁王立ちになった長良は、はぁ、と息を吐いて怒気を抜いた。
「噴き出したとかいう件とは、関係ないよ。次世代への引き継ぎの意味も考えて、スタメンにはなるべく高校一年を優先して入れたいの。天塩はまだ中三でしょ? 来年きっと、米代たちが入れてくれるわよ」
「……本当ですか?」
どちらに向いているのか分からない疑問である。名前を呼ばれた米代は、泡を食ったように渚を慰めにかかった。「い、入れるって! 私たちだって後継者は必要なんだから」
「それに、これはあくまでスタメンだからね。メンバーの交代は十分考えられるし、その為にみんなはいるの」
「…………はぁい」
まだ不満があるようだったが、長良の追加の説得を受けた渚は大人しく引っ込んだ。
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