Ⅲ章 ──和を以てチームと成す

027 新学期!





「ナツミ、輸送ロボットの図面描いてきた?」

「んー、図面っていうか仕組みだけだよ。意匠にこだわる必要ないってアイに言われたから、両側から木を掴むシステムは剥き出しになってるし」

「アイってけっこう、設計に口を出すよな……。まあ、計算の類いはやってくれてるし、接着係からすれば余計なモノがついてない方がいいのか。とりあえず部品のリスト送ってよ。買い揃えてくるからさ」

「あ、私が行く!」

「ハルカが行くと色々と怖いからあたしが行ってくる」

「ああ……、お兄さん連れてっちゃったってヤツね」

「えー、いいじゃんー。私の仕事がなくなっちゃうよ」

「ハルカ、頼むから自分の行為のもたらす結果を自覚してよ……」


 始業式当日の朝から、五人の間にはもうさっそく次のロボットの話が流れ始めていた。

 当然ではある。残り一ヶ月、いい加減作らないと間に合わない恐れが出てくるからだ。

 リフトアップロボットの仮完成より前から、菜摘は亜衣と相談しながら『積み木』の輸送システムを考えていたらしい。春休み中の努力が認められパソコンが解禁になった途端、図面を作ってきたのだ。

「仕組みは簡単だよ」

 教科書の空いたページにシャーペンを走らせながら、菜摘は説明する。「高速回転する八センチ口径の大型ネジに二つのアームがついていて、片方は固定式。つまりネジを回転させることでアームの幅を調整できるんだ。あとは万力の要領で、両側に伸ばしたアームで『積み木』を掴む。んで、力をかける。そしたら移動して、リフトアップロボットに乗っかるだけ。『積み木』の識別には、動画とかの撮影に使うカメラを利用しようかなって思ってる」

 なるほど。描かれた絵には、がっしりとした大きな腕で『積み木』を鷲掴みにするロボットが。使用するモーターも、かなり強力なものを要するだろう。

「その手のカメラって、高そう……」

 こぼした悠香に、菜摘は言った。「ライントレーサー買った『TSUKUBA』ってお店があるじゃない? あそこに行けばそれなりに廉価で手に入るんじゃないかって、アイが」

「……何でもかんでもアイだな」

 陽子はさっきから、亜衣の名前の登場率をかなり気にしているようだった。




 そんな三人のやり取りを、盗み聞きしている者がいた。聖名子である。

 正確には、盗み聞きなどと人聞きの悪い事はしていない。ただ単に机に座って聞いているだけなのだが。


──へえ。あんなメンバーでも、意外と本格的だったりするのかな。

 聖名子はそんな感想を抱いた。失礼だが、本心だ。口にしたら後が怖いので、おくびにも出さないけれど。

──ハルカ、ヨーコ、アイちゃん、それにナツミとレイちゃんかぁ。しかもよりによって、代表はハルカ。なんか頼りなくないかな。正直、あの子が一番ぼんやりしてるように見えるんだよね……。

 もっとも彼女たちが納得しているから、悠香がリーダーなのだろう。どのみち物理部の敵だし、むしろ潰れてくれた方が好都合だとは思う。

 そんな自分に、聖名子は嘆息した。

 私って、ひどいなぁ。そう思った。


「どしたの、ミナ?」

 その時、背後から名前を呼ばれて、聖名子は振り返った。

「なんだ、ナギサかぁ」

「なんだって何よ、なんだって」

 ちょっと不満そうに頬を膨らませた彼女の名前は、天塩てしおなぎさ。聖名子と同じ、物理部ロボット班のメンバーだ。

「で、なにぼーっとしてたわけー? 暇だったらさぁ、英単語テストに出そうなところ教えてよー」

「別にー……」

 頬杖をついて答える聖名子、ついでに付け加えられたお願いは意図的にスルーする。渚は机に手をつくと、彼女の視線の先を追った。

「……ああ、ハルカたちか」

「うん」

 聖名子がぼんやりと生返事すると、渚は誰にともなく呟いた。

「あいつらさ、ホントよくやるよねえ。すっごい真剣じゃん? あたしたちほどじゃないにしても」

 それは、どうなのだろうか? 

「やる気は、あるみたいだけどね。レイなんか理系科目のテストが軒並み満点みたいだし、あのメンツなら意外といけちゃったりするのかな」

 メンバーをチラチラと見ながら、聖名子は言った。麗の父がNASA勤めのエンジニアであることは、このクラスでは周知の秘密だった。

「どうだかね」

 頭の後ろで手をくんで、呟く渚。

「あたし的には、バラけると思う」

「どういう意味?」

 聖名子が尋ねると、渚はニヤッと笑った。馬鹿にしている時の特徴だ。

「考えても見なよ。あの天然ぼんやりハルカがリーダーで、アイとかヨーコみたくしっかりした子がその下についてるんだよ。しかも二人とも割と物言いキツい方なんだし。船頭多くして舟山に登るって言うじゃん、じきに色んな綻びが出てくるよ。その上、それ以外のメンバーが無口レイにアイの手下のナツミとくればねえ」

「私より酷評だね……」

「妥当だと思うよ? 間違ったことなんて言ってないもん」

 平然と爆弾発言を繰り出す渚を前に、よもや聞こえてはいないかとヒヤヒヤの心持ちで聖名子は五人を仰ぎ見た。

 ……大丈夫そうだ。むしろ聞こえていたら、どんな反応が返ってきたのだろう。

「ま、おおかた完成前に解散ってトコロじゃないの。あたしたちは部活としてやってるんだから、そんなことにはならない。去年も一昨年も間近で見てきたんだ。勝ち抜けるのはあたしたちだよ」

 きっぱりと言い切った渚の声に混ざっていたのは、自信か、見下しか、それとも。


 言わんとすることには、確かに聖名子にも納得できた。

 けれど……。


 上手く言葉に変換できない悔しさを味わいながら、聖名子はなおも五人を見つめていた。

 その時、頭上でチャイムが鳴り響いた。普段は始業時に流れるそのチャイムの意味するところを、聖名子はすぐに思い出した。

「講堂、行かなきゃだなぁ」

 渚が先に呟いた。







 私立山手女子中高は多くの点で他の学校と異なる文化を持っている学校だが、学期初めの始業式を行う事だけは少なくとも他所と共通していた。

 生徒を喚ぶ校内チャイムに、各学年の生徒たちは講堂へと向かう。総合教室棟の一階にあるそこには、既に一足早く教師たちが集まって座っている。全校生徒と教職員を合わせても千人に満たないこの学校のこと、すぐに講堂は始業式の準備を終えてしまう。

 壇上に上がった校長が、ゆっくりとマイクを握り締めた。


「新年度に入りました。今年も多くの生徒たちがこの学校を受験し、新たな仲間となってくれました」

 一番前の辺りに座っている当の中学一年生たちが、ざわざわと話し出した。校長は気にする様子もなく、話を続ける。

「新入生の諸君は、まずはこの山手女子という環境に慣れてほしい。この学校はではありません。先輩たちの様子を見て、ここではどんな風に考え、振る舞うべきなのかを知ってほしいと思う。無論、変な先輩や見習うべきでない先輩を見極める能力リテラシーも重要です」

 普通ではない、の部分で他の生徒たちが一斉に噴き出した。そこに、校長は呼び掛ける。「君たちはより先輩らしく振る舞わなければならないからね、分かっていると思いますが」

 すぐに話を戻す。

「いずれにせよ、君たちもすぐにこの学校の文化に染まることでしょう。他所がどうかはさておき、我々教師陣はこの山手女子という学校が、真の意味での『学舎まなびや』であると自負しています。学舎とはすなわち『まなやど』です。ですから君たちには何よりもまず、学ぶとはどういうことかを知ってもらう。それが如何に楽しいかということを、きっと君たちはすぐに気づいてくれることと思います。

しかし一方で、この学校はあくまでも『学舎』です。勉強と学びとは別物であり、そして我々は勉強をさせることは一切しません」

 中学一年生がワッと沸いた。受験勉強に追われる日々を続けて入ってきた彼女たちに、それはどれほどの朗報に聞こえたことだろう。が、さすがに煩すぎたのか、校長は手を上げてそれを制す。

「早とちりは禁物です。つまりこの学校で生きていくためには、いわゆる勉強は自力でしなければならない。諸君は我が校の掲げる『享有理想』を一度は目にしたと思いますが、そこには『自らの意思で学び、そこに至る力もまた自らの意思で築ける者』との一節があります」

 中学一年生たちは黙ってしまった。校長は改めて、広い講堂内を見回す。

「残念ながら、そこのところの調和が取れておらず、自堕落な生活に陥ってしまっている生徒は多い。勉強だけしている人間は往々にして愚かになりますが、勉強をせずに学ぼうとしても意味はありません。型破りのためには前提となる型を学ばねばならないのです。両立、さらに言えば学習以外の趣味や部活動にも身を捧げ、人間関係に於いてもきちんと自分を確立する。それだけの事ができる者をこの学校は集めているはずですが、果たしてどうでしょうか?」


 水を打ったように、不気味に静まり返った講堂。


 中学一年生はともかく、それ以外の生徒たちは驚いていた。

 校長はかつてこの始業式の場で、こんなに真面目な話をした試しがない。大半が雑談のようなものだったり、或いは校長自身の趣味の話でしかなかったのに。

 さっきから何かおかしいと思ってはいたのだが、ここに来て明らかに論調が変わった。だから、戸惑っているのである。

 理由わけの半分を知っている教師たちも、ただひたすら沈黙に耐えていた。校長はまた、ゆっくりと口を開く。脅しのように、警告のように。


「君たち生徒には、今一度、考えてほしい。この学校が保障する『自由』とは何か、もしくは『学び』とは何か、時間をかけて考え直してほしいと思います。そして、得られた答えを自分たちなりに、我々教師陣に訴えてほしい。とんちんかんな解釈は困りますが、アピールすることを恐れてはなりません。


でないと、この学校は、この学校でなくなることになるかもしれないから」





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