019 迫り来る悪夢





 ともかく、壊れたロボットを一先ず仕舞い込んで、床も綺麗に掃いてしまうと、教室には元通りの静寂が訪れた。


「……なぁ、そろそろ本番で使うロボットの事も考えた方がいいんじゃないの?」

 陽子の少し大きな声が、机を微かに揺らした。

「関節って要は問題が起きやすいんでしょ? なら、人間型にこだわる理由なんてもはやないじゃん」

 ざっくり言い切った陽子。こだわりたい悠香は、口を尖らせて反論する。

「えー! ロボットと言えば人型って相場が決まってるよ!」

「どんな相場だよ……。ほら、ロボコンと言えばあの、機能に特化した変な形のロボットって感じがするじゃん。それにあたしたちの技術力で人型は、まず無理でしょ」

「うーん、そうなると何が必要な機能かって定義付けが要るよね」

 吉野から送られてきたA4サイズのFAX用紙の束をめくるのは、亜衣だ。

「つまり、どんな機能が最低限あればいいのかってことが重要になるよ。これから読み取れること、リストアップしてみない?」

 悠香たちは顔を見合わせた。なるほど、亜衣の案は悪くない。

 五人は紙を隅から隅まで眺め回して、リストアップを始めた。


 意外にも、それは三つだけであった。

①、会場内を走行できること。

②、『積み木』を見つけて拾い上げられること。

③、積み上げられること。

「……こんだけ?」

「……こんだけ」

「案外楽なんじゃないの?」

 脳天気な悠香の一言を、この中では一番の経験者の麗が真っ二つに斬った。

「モノを探知するのは簡単じゃない。カメラの映像を自動解析するなんて高等テクニックを使えるかは未知数だし、赤外線探知を使うならそれなりの量の赤外線センサーと──」

 そこで、チラッ、と菜摘を盗み見る。

「──超絶に面倒なプログラミングが要るかも」

 途端に菜摘は及び腰になった。「そっそれはご勘弁願いますっ」

「んじゃどーすんだよ」

 陽子が口を挟んだ。呆れと怒りの入り混じったその口調に、場の空気が些か固くなる。

「ごめんごめん、真面目に考えるよ」

 悠香は言い訳のように答えると、ペンを握った。

「三台使えるんでしょ? なら例えば一つを探知に、一つを輸送に、もう一つを積み上げに使うのがいいんじゃない?」

「最初の奴が探すだけ、ってのは勿体ないし、ムダじゃないの?」

 亜衣の反論を踏まえ、意見を修正する。「じゃあ、探して運ぶのと、積み上げるのを交替々々で回すのはどう? ……あっ、二台しか使ってないや」

 今度は陽子が口を開いた。「五メートルを同じ輸送ロボットが積み上げるのは、さすがに無理があると思うけど。だって高さ数メートルはなきゃいけないんでしょ?」

「私も同感だなー。確かにロボットの大きさまでは、制限はないみたいだけどさ」

「……ナツミはもっと建設的な意見は無いわけ?」

 駄目だ、議論が前に進まない。

 悠香は浅野が出ていったドアを見つめた。先生が何かアイデアでもくれたら良かったのだが……。


 そうだ。

 一つ忘れていた事があったではないか!

「みんな、忘れてない?」

 悠香は机を軽く叩いた。直前、ふと頭に豆電球が灯ったのである。

「ほら、吉野さんが確か『他のグループを攻撃してもいい』って言ってたよ? なら、攻撃ロボットみたいなのがあってもいいんじゃない?」

「そいつは後回しだな」

 あっさりかわされた。

「ねー、もうちょっとちゃんと聞いてよ」

 悠香は駄々っ子のように訴える。

「んじゃなんか名案でもあるわけ?」

 亜衣が尋ねると、もちろん、とばかりにフンッと鼻を鳴らした悠香は、ノートを一枚引きちぎり図を描き始めた。

「まず、一台は探査と輸送が出来るの。で、会場を走り回って『積み木』を探して、見つけたら運ぶ。二台目はフォークリフトみたいに一台目を持ち上げて、一台目は運んできた『積み木』を落とすみたいにして積む。だからすっごく大きいし、それしかしないの。んで三台目は、走り回って他のタワーを突き崩す!」

「……確かに、それが一番現実的かもね」

 菜摘がぽつりとこぼした。「攻撃を本当にやるなら駆体を分けるしかないし、ロボットを五メートル持ち上げるだけってのは確かにシンプルでいいね。それこそアイの言うところの『分業』だよ」

「だとしても、このままじゃ穴だらけだ。かなり煮詰めなきゃだめだな」

 陽子が苦言を呈したが、それは悠香も思ったことだ。まず探査の方法から探らなければいけないし、高さ五メートルまで持ち上げるフォークリフトなんて現実においても聞いたことがない。強いて言うならエレベーターだろう。

「もう、時間も遅いし」

 陽子は窓の外に広がる空を見上げる。

「あんまり長居してまた先生に怒られるのも嫌だしな……」

「じゃあ明後日くらいまでに、各自で考えてくるってことでいいね?」

 四人は各々のメモ帳や手帳を覗き、予定を確認する。悠香の提案に、異論のある人は居なさそうだった。




 手帳を確認しただけのはずなのに、一分近くの時間がかかった。


「おっけ。それじゃまた、明日ね」

 そういい残し、亜衣はさっさと教室を後にした。いや、ほとんど駆け足だ。

「みんなが帰るなら、私もー」

 そう言うが早いか、菜摘も扉の向こうに消える。

「え、みんな?」

 悠香が顔を上げると、既に麗の姿は無かった。いつの間にか音を立てずに帰ったらしい。

 相変わらずよくわからない子だなぁ、なんて思っていると、陽子が問いかけてくる。

「ハルカはどーすんの?」

「え、私? 特に何もないから帰るかなぁ」

「……そうじゃないって。今日が何日か、まさかハルカも忘れてたりしないよね?」

 悠香は自分のスマホを起動すると、日付を確認した。二月二六日。確か、ずっと昔にクーデター未遂のあった日だ。それ以上の出来事も予定も、今日は入っていないはずなのだけれど。

 胸騒ぎがする。


「あたしもさっき予定を確認した時に気づいたから、他人の事はとやかく言えないんだけどさ」


 前置きすると、陽子は少し震える声で答えを口にした。




「来週の月曜日から、学年末試験だった」





 大変な事になった。


 大慌てで帰宅した悠香。正直、今更頑張っても仕方ないような気がするのだが、頑張るしかない。

──まぁ、これまでちゃんと準備して臨んだ事なんて一度もないし、大丈夫な気はするけどね。

 暢気な事は思っているが、実際はそこまでのんびりしていられる状況ではない。さては、亜衣や麗がさっさと帰ったのも試験これのためか。教えてくれればよかったのに。

 壁に向かってひとしきり文句を垂れると、悠香は机にドンと教科書を積み上げた。見上げるくらい高い。

「こんなに勉強するの、嫌だなぁ……」

 本の塔を前にため息をついてみても、やっぱりやる気は充填されないのであった。


 五日間に渡って行われる悪夢の学年末試験は、この時点でもうに迫っていたのである





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