秘書部秘書課の旧知の友母(はは)
自堕落
厳正なる選考の結果、内定いたしましたので、ここにご連絡いたします。
第1話 まさかの再会
今、たくさんの履歴書とメモが僕の机の上に積まれている。まるでケーキバイキングで、一人では食べ切れない数のケーキを取ってテーブルに並べ、悦に浸る女性のように、僕の顔からは喜びのあまり、笑みが零れてしまっているだろう。
就職活動がどうにも煩わしくて、大学在学中に友人と二人で起業したのが二年前の三月二十一日。最初は新しくサークルを立ち上げたっていう程度のノリだった。とりあえず僕の部屋をオフィスとし、授業のない時間はここでダラダラと過ごした。仕事の取り方なんて知らない僕らがどうにか、というかお情けでというべきか、行きつけの古着屋のWebサイトを作り直すという仕事を受注して、初めてお金をもらったのが起業して半年後くらい。初めて公開した日はそりゃあ嬉しかった。そのWebサイトの保守と新機能の作りこみ作業、口コミでの依頼によるサイト作成でなんとかギリギリ生活ができるようになったのが確か去年の梅雨の時期だったかな。
丁度その頃にお遊びで作ってリリースしたアプリケーションが、夏を迎える頃には予想外の大ヒットを記録して、開発者が足りなくなってしまい、ついにはエンジニアを増強。当初はノマドだなんだと流行りに乗って(いや、確かにそもそも集まって働ける場所もなかったんだが)働く場所なんてどこだっていいのさ、と自由なワークスタイルを謳歌してみたけれど、結局のところ僕らみたいな怠け者は、自由にさせるとちっとも仕事をしないっていうことがよくわかってしまった。
これはマズいとアパートの一室を新たに借りて、とりあえず顔を合わせて仕事をすることにしたのが今から半年前。営業担当やバックオフィス担当もこの頃に雇い、ようやく会社としてよちよち歩きを始めたのがこの頃なのだ。
そしてついにこの度、僕らはIT系スタートアップが犇めくこの渋谷に拠点を移したというわけだ。社のスタッフ達がどうしても欲しいというのでバーカウンターもオフィス内に作ったし、定時後はそこでお酒を飲むこともできる。個人的には何故そこまで会社にいたいのかよくわからないけれど…。とにかく、そんな広く、そして美しくなったオフィスで新しく人を増やすべく、僕らは採用情報を一般公開した。
つまり今僕の机に積まれているこの履歴書の山は、僕らと一緒に働きたいと、そう思ってくれた人たちからのラブレターなのだ。もらって嬉しくない人がいるなら是非とも会ってみたい。
今回、新たに募集する職種には「秘書」がある。というより、むしろこれが今回の採用の主目的であり、そしてゴールと言える。もちろんその他の職種についても募集をかけているし、良い人材がいれば積極的に採用するつもりだけど、無理に採るつもりもない。でも「秘書」は別だ。
僕はどうも人とのアポイントに無頓着らしく、平気でそのことを忘れてしまう。これは人として最低の部類にカテゴライズされるだろうということは自分でもわかっている。他には電話対応だとか、服装だとか。要するに社会人としての一般教養の欠如した僕に、お目付け役をつけるというのが今回の趣旨であり、僕を除いたスタッフ全員の切なる願いだったりするのだ。悲しいことに。
さて、採用のフローについてだが、通常三次面接まで予定している。一次面接では各職種の社員が面接に当たり、求めている能力があるか、社風とその人が合いそうかといった基本的な部分をチェックする。そこを通過した人は次にCTOの藤田藤丸、バックオフィスの犬井桜子による二次面接へと進む。ここでは一次よりももう少し細かい質問と条件面についての話がされる。ここでお互い納得できるようであればいよいよ最終面接として僕と会うことになるのだ。ある意味、二次面接の時点でうちのスタッフ達の了承を得ているのだから、僕としてはもはや何の文句もないわけで、一度この面接は必要ないのではと口にしたところ、全スタッフからキツイお叱りを受けたのでもうこれについては何も言うまい。
――コンコン
「どうぞ、お入りください」
「…失礼します」
今日は秘書採用の最終面接。CTOのフジ曰く「文句なし」な女性だということだ。その時点で採用は確定しているようなもので、僕の今日の役割は、彼女の最終意思確認くらい。僕はフジの残した彼女に関するメモを見ながら声をかける。
「あ、どうぞ、おかけになっ…」
顔を上げて彼女を見た僕は一瞬にして凍りついた。
「ゆ、ゆりおばさん?」
「あらあら?いっちゃん?」
だって秘書志望として僕の目の間に座っているのは僕の幼なじみのお母さんだったのだから。
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