00-2. 1週間後――

【語り部:加藤保憲やすのり



 桜田門前――


 お堀の向こうの桜を眺めながら黄昏たそがれる。激務の中のささやかなひと時。

 この3週間、毎日同じスーツを着続けている。震災以来、寝るのは職場だ。さすがにちょっと滅入る。


 日本古来から親しまれるバラ科サクラ亜科サクラ属、桜。その植物を見ていると心が安らぐ。日本人の心、サクラ。


 私の職場は警視庁。捜査一課に所属している。


 刑事もサラリーマンとなんら変わりはない。思うように仕事をする為には、ある程度出世をしないといけない。


 まあ……私は今の身分でも比較的、好き勝手をやっているほうだが。


 だが、その代償としていつもお叱りをうける。出世をするには時間がかかりそうだ……。上司が言うには『ホウレンソウ』が足りて無いらしい。まぁ、たしかに最近、貧血気味ではある……。


 しかし、私はきちんと結果は残す。上司には注意されるものの、給料への影響はでていない。残念ながらパスを回す相手は少ないが、今の所、ドリブルでなんとかゴールを決められている。


「よ、加藤!」


 突然、背後から声をかけられる。その男は、柄シャツにレザーパンツ。派手すぎてこれがオシャレなのかどうなのか、私にはわからない。


 言えることは、オフィスが建ち並ぶ千代田区霞ヶ関のこの街には、とても似つかわしくない姿だということだ。ひとまず、サボっている私を咎めにきた上司ではないようで安心した。


「なんだ、賀陽かやか…」

 賀陽かや 陽一郎よういちろう。一応、学生時代からの、親友。


「なんだ、じゃねーだろ。ちゃんとアポってから来てんだけど」


 忘れてた。こいつに呼ばれて外に出てきたんだ。


「ボケっとしてんじゃねーよ。難しい顔してよ?」

「すまん。非常に、難しいことを考えていた……」


素直に、ボーっとしてたとは言えないあたりは人間の心理ってやつだな。


「デキる刑事ってのも大変だな、額に皺ばっかよせてよ」

「……まあ、な」

 皺か。それはいかんな。気を付けよう。


「で、用ってなんだ?」

「おう。またいつもの相談なんだけどな、」


 そう言って賀陽かやは500円玉を放りよこす。相談料だそうだ。借りは作りたくない、と、どんな案件でも定額の500円。

……繰り返しておこう。借りは作りたくないから、と。


「いつもの……探偵ごっこか?」

「そうなんだよ、ワトソン君。君に頼みたいことがあるんだが…… って、ごっこじゃねーよ!」

 

 賀陽かやのトークに拍車がかかる。


「俺は探偵!もう初めて丸2年!この春から3年生!高校だったらよ、後輩たちの羨望せんぼうの眼差しを集める憧れの的の最上級生だぜ」


 例えが高校生でいいのかい、探偵さん。真実はいつも一つ、か?


「先輩!」

 第三者がカットイン。

「なんだね、後輩!」

 即答する賀陽かや


「あなたじゃないです。なんであなたの事を先輩と呼ばなければいけないのですか」


 駆けつけてきたのは私の職場の後輩、豊島恵一けいいち


「何を言う。私は君にとって人生の先輩にあたるではないか。敬え」


「お断りいたします。てか、賀陽かやさん、また先輩を頼るんですか?よくそれで平気で探偵だなんて言ってられますね」


「何を言う。人生の先輩として君にひとついい事を教えよう。人脈もまた能力。コネもまたカネのタネ。覚えておきたまえ」


「こんなこと言ってますよ、加藤先輩。先輩はカネのタネですって」


「まあ、一理あるな。賀陽もまた俺にとってはカネのタネ。役に立つ時もある」


「そうそう。よく覚えておきたまえ後輩君。これが世に言う“WIN―WIN”ってやつだ」


「……先輩はあまいなぁ」


 まぁ実際、助かってはいる。こいつのアシストでゴールを決める事も少なくはない。


「それより先輩!警視がお呼びです。……てか、携帯、電池切れてません?」


「ああ、携帯ね。電池はきれてないよ」


「電池は切れてない……。電源を“切っている”って事ですか?」


「察しがいいね。優秀な刑事になれるよ。切ってる理由も察してもらていいかい?」


「やれやれ……。賀陽かやさん、先輩に変な影響あたえないでくださいよ」


「俺のせいか?なあ、今の俺が悪いのか?」


「ええ。賀陽さん。あなたは、もしなにかやらかして捕まって、メディアに露出する事になったとしたら、『自称・探偵』という肩書で紹介される人間なんです。そんな人間が人様にいい影響与えるわけないじゃないですか」


「なに?!それは捕まるような事をしたら、だろ?『自称』がいい影響を与えないんじゃない。捕まるような人間がいい影響を与えないだけだ。」


 賀陽かやが本気で応える。おそらく、『いつも全力』がこいつのモットーだ。


「世の中にはな、人の助けになっている『自称・占い師』だとか、人に感動を与えている『自称・小説家』だとかな、『自称』でもいい人間だって沢山いるんだ!自称をバカにするんじゃない!」


 賀陽かや、『自称』であることは否定しないんだな…


「で、豊島?何か用だったかな?」


「はぁ……。先輩をお探しの警視には、先輩は行方不明と伝えておきます。そうだ、捜索願ってどこの窓口行けばいいんでしたっけ……」


「いい判断だ。もう立派に『優秀な刑事』だな」


「やれやれ。せっかくだから僕も少しサボってからもどろうかな……行方不明と判断するにはまだ早すぎる気もするし……」


 私は後輩に恵まれいる。

 そうだ、ポケットの500円玉。……意外と役にたつもんだな。


「豊島、捜索資金だ」


 500円玉を投げ渡す。


「僕が好きな『ダーク モカ チップ クリーム フラペチーノ』のグランデサイズは510円。10円分はツケときますからね」


 豊島は500円玉を親指で弾きながら、スターバックスのあるオフィス街へ向かい歩きだす。


「あいつ、甘党なんだな……」


 いかにも意外だという顔を作り、賀陽がつぶやく。


「ああ。自分に対してはかなり辛党なやつだがな」


「ほう?」


「あいつ、宮城出身なんだよ」


 賀陽がこちらに目を向ける。


「でも、自分から故郷の事は一切口にしない」


 表情が曇る。


「ふむ……」


 ・・・・・・。


「で、賀陽?用ってのは?」

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