隣の席で
細谷大洋
厳男の場合
人は期待してしまうものである。
厳男は、喫茶店にいた。その喫茶店は、西海岸からやってきた喫茶店で、今では色んな所で見かけるようになった。若い人達が過ごす場所だ。そうでなくても近くに大学やショッピングセンターがあるせいか、きゃあきゃと姦しい女子学生や井戸端会議に勤しむ買い物途中の主婦達で店は一杯だった。その中で白髪集団の厳男達は店内に溶け込めていない不自然さがあった。
普段なら、こんな所近寄りもしない。厳男は苦労して買ったマグガップのホットコーヒーと啜りながら、同じ卓の話を黙って聞いていた。斜め前で同級生が、最近若い者に混じってフラワーアレンジメントと始めたのよと嬉しそうに話している。この店もその教室仲間から教えてもらったらしい。
そう、これは小さな同窓会。厳男の目的は、千恵に会うためにいた。千恵とは、卒業してから長らく会っていない。学生の頃からすると二回りほど小さくなり、白髪はあるが、すっと整ったいで立ちで教室の話を頷きながら聞いていた。厳男は、店に入る前少し緊張していた。無骨な男が、会社員時代から愛用している薄グレーのコートに、今日は普段なら絶対しない明るい緑色のマフラーを合わせた。それが厳男なりの久々に会う千恵への礼儀だった。
そんな緊張がどこかへ行ってしまうぐらい同窓会での厳男の意識は、上の空だった。それは、自分と同じように老け込んでしまった千恵のせいではなかった。厳男の視線の先には、ソファーに座る五歳ぐらいの男の子と若い母親があった。男の子は、紙パックの林檎ジュースを持ち、買い物疲れの母親と笑顔で何か話しているようだった。厳男は、その親子に亡くなった嫁を重ねていた。母親は、厳男の思い出にある嫁の面影にそっくりだった。厳男は、仕事中毒のような男で、嫁が倒れた時もその前兆に気づいてやれなかった。そんな厳男の背中を見てきた厳男の息子は、離れるように上京し仕事も順調で忙しいらしく正月も帰ってこなかった。厳男自身、いい歳をした男二人がさしたる話も特にないと考えていた。厳男の視線の先には、厳男が見ようとしてこなかった暖かい団欒があった。
「そろそろ出ようか」
と同窓会を誘ってくれた悪友が、厳男に声をかけた。はっとなり厳男は慌てて、すっかり冷めきったマグカップのコーヒーを流し込んだ。小さな同窓会は無事に終わったようだった。がたがたと外に出る準備を皆行っていた。外は暗くなり始め、店の自動ドアが開くと、寒々とした風が姿勢を強張らせた。誘ってくれた悪友にまた飲みに行こうと約束し、千恵にも一瞥し、皆と別れ駐輪場に向かった。自転車を曳きながら、携帯電話の電話帳を開き発信ボタンを押した。
隣の席で 細谷大洋 @tiny_sun
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