第12話「わたしメリーさん……学校の上履きから常軌を逸した匂いがしてきたのは秘密なの」


「ようこそ、冒険者のギルドに。あら、登録を希望かしら? カウンターの水晶球に触れて。その水晶球に触れることで魔力を測定できるの。あなたの魔力はゼロね。戦士や格闘家が適正――」

「カット!」


 ここは王都にある、ギルドの支部。

 カウンターで笑顔を振りまく受付嬢に、冥介は怒鳴った。


「なぜ、俺の魔力値がゼロなのだ!」

「いや、水晶球が測定した結果なので……」

「故障だ! 故障に違いない!」

「いいえ。この前メンテナンスしたばかりですし……」

「ぐぬぬ……受付嬢よ! 今回の登録はなしだ! また来る!」


 そう言って、クレーマーじみた冥介はギルドを後にした。

 呆れるメリーさんは、悔しげに奥歯を軋ませる冥介に言うのだ。


「そういうこともあるわよ」

「おかしいではないか! 普通なら魔力が4600万とか測定されるハズであろう!」

「うふふ。冥介君も完璧超人じゃなかったんですね♪」

「いいや、俺は完璧超人だ(にやり)」

「はいです。さすが深慮遠謀、冥介君の命令通りに準備してありますよ(にやり)」

「……ねぇ。九條君とイドちゃん、なにを準備してたの?」

「ククク、俺はこのような事態に備えて、イド娘に命じていたのだ」

「はいです。さすが冥介君。さす冥!」

「……嫌な予感しかしないわね」


 王都の町並みを歩きながら、メリーさんは冷や汗を流す。

 魔力ゼロの面目を挽回しようと、冥介は言った。


「メリーよ。井戸娘が王都に購入した屋敷へ向かうぞっ!」

「なんのため……?」

「決まっている。チートな魔力を手に入れるためだ!」

「…………」


 メリーさんの頬を、一筋の汗が流れた。

 とんでもなくヤバイ気配を察して、第六感が危険信号を出していた。

 だけど、逆らう勇気はなくて。



「おかえりなさいませ、井戸お姉さまっ」

「おかえりなさいませ、井戸お姉さまっ」

「おかえりなさいませ、井戸お姉さまっ」


 屋敷のドアをくぐると、そこは百合の花が咲き乱れるガールズハーレムだった。

 猫耳、犬耳、エルフ、妖精、モンスター娘。

 あらゆる種族の美少女たちが、メイド服姿で、屋敷のドアの前に整列していた。

 屋敷の主である井戸娘は、満足そうに美少女ハーレムを見渡して言った。


「えへっ☆ 私が個人で所有するお屋敷ですっ♪」

「あたしには、井戸ちゃんがいかがわしい目的で美少女かき集めた、百合ハーレムにしか思えないわよ……」

「ふふふっ。主人が使用人に寵愛を与えるのは義務ですからぁ」

「井戸娘よ。例のぶつは?」

「ふふふ。地下室で純度を高めるべく加工中です」

「ならば向かうとしよう」

「…………」


 絶対にやばい。確実にやばい。

 メリーさんの第六感が警告を続けるが、やっぱりヤバかった。

 地下室への扉をくぐると、最初に聞こえたのは悲鳴だった。


「やめろぉぉぉ! やめてくれぇぇぇ!」

「ひぎぃぃぃぃ! そ、そんな大きいのはイヤ……あぁぁぁっっ!」

「井戸娘殿に忠誠を誓う! どんな命令にも従う! もう触手責めだけは!」


 広い地下室には牢屋が並んでいて、いくつもの個室も見受けられた。

 その個室のひとつひとつから、冥介がボコして隷属した神々の叫びが漏れていた。


 とある部屋からは、歴戦の武神が泣いて許しを請う音が漏れていた。

 とある部屋からは、羞恥に泣き叫ぶ戦乙女が鎖をかき鳴らす音が漏れていた。

 とある部屋からは、邪神が触手で肉体を責められる淫猥な音が漏れ聞こえていた。


 悲鳴と絶叫で満たされた、井戸娘の屋敷に設けられた地下牢で。

 メリーさんは、放心状態で言うのだ。


「井戸ちゃん……あんた」

「冥介君の奴隷を預かって、ご主人様への忠誠を深めるべく教育しています」

「ヒドすぎるわね……」

「おぉ! 井戸娘殿! 拙者を覚えておりますか……ッ!」


 個室のひとつから、粘液にまみれたおっさんが連れだされる。

 上半身裸のマッチョに支えられて歩くのは、以前に見かけた神の1柱だった。

 井戸娘は、柔和な笑顔で言うのだ。


「はいです。覚えてますよ。あなたは不死王ノスタード。私が王都で経営する「白いたいやき屋」で働くことを命じた神ですね。仕事を欠勤したとのことで、こちらで再教育を命じた」

「井戸娘殿! 拙者が仕事を休んだのはインフルエンザのせいでござる! いま異世界で猛威を振るう地球由来のインフルエンザに羅患して、40度の熱で仕事に出るのが無理で」

「不死王さん。『無理』とは嘘吐きの言葉なんです。途中で止めるから無理になるんですよ」

「……?」

「途中で止めるから無理になるんです。途中で止めなければ無理じゃなくなります」

「井戸ちゃん……それ、順序は『無理だから途中で止める』んじゃない?」

「いいえ、途中で止めるから無理になるんです」

「……?」

「止めさせないんです。鼻血を出そうが戦闘不能になろうが。とにかく働かせるんです。死んでも蘇生させて働かせるんです。実際に働ければ、もう無理とは言えないですから」

「……えーと」

「無理じゃなかったって事です。実際に働けたら『無理』という言葉は嘘だったことになります」

「それ、無理なのを無理やりやらせたんでしょ?」

「現実として無理じゃなかったのですから、その無理はウソです」

「それこそ、あたしには無理かも……」


 メリーさんが震える横で、冥介は言うのだ。


「井戸娘よ。例のぶつは?」

「はい。いま生成中みたいですね」


 そう言いながら、井戸娘は地下牢の一室を開いた。

 そこでは、鎖で壁に繋がれた邪神のおっさんが、怯えて震えていた。

 邪神のおっさんは、すがるような視線で言うのだ。


「も、もうやめてくれ……」

「ふふふ。今日も、たっぷり絞りとりますからね」

「や、やめろぉぉぉ!」


 笑顔の井戸娘は、巨大な注射器のようなモノを取り出して。

 それを、邪神のおっさんに突き刺した。

 ブスッ。

 すると、邪神のおっさんが白目を剥いて喘ぎだした。


「むほぉぉっぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

「うふふ。どうです、気持ちいいですか、魔力を搾り取られるのは」

「むはぉおぁぁぁ!? そ、そんあ大きいのらめぇなのだぁっぁっぁぁぁ!」

「今日もたっぷり絞っちゃいますね」

「らめぇだぁぁあ!」


 胸毛の濃い邪神のおっさんが、魔力を吸い取る注射器で責められて喘ぐ光景。

 それを満足気に眺めながら、冥介は言うのだ。


「順調のようだな。魔力吸引計画は」

「はいです。奴隷化した神から魔力を採取し、貯蓄する計画は順調です」


 そう言いながら、井戸娘が取り出した宝石。

 それは小石サイズで、淡く紫色に光る、綺麗な宝石に見えた。

 そう、数十柱の神から吸い続けた魔力の塊だった。


「こちらが魔力の塊です」

「ククク、これを摂取すれば、俺もチートな魔力保持者の仲間入りだな!」

「……あくま」


 メリーさんのコメントは聞こえず。

 冥介は、神々の羞恥と絶望の塊を飲み干した。


 それから――30分後。


「ようこそ、冒険者のギルドに。あら、登録を希望かしら? カウンターの水晶球に触れて。その水晶球に触れることで魔力を測定できるの。あなたの魔力は――うそ……魔力値が3976554……これって魔王クラスじゃない! あ、ごめんなさい。こんな数値、見るの始めてだから……水晶球の故障かしら?」

「ククク、俺こと九條冥介の実力である」

「…………」


 受付嬢が「せ、責任者を呼んできます!」と、奥に駆け込むのを眺めながら。

 メリーさんは、この後に行われる惨劇に震えた。

 そう、ギルドで依頼を受けるのだ。

 初期クエストなので、雑魚モンスターの討伐が選ばれるだろう。

 だが、クエスト受注者は冥介なのだ。


「どんなことが起きるのかしら……」


 メリーさんは、井戸娘が持ち込んだアイテムを眺める。

 それは、地球だと『所持しているだけで空爆されかねない』やばい物だ。

 メリーさんは「出所は聞いちゃダメな気がする」と思った。

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