第11話「わたしメリーさん……スーパーでレジに並んでたら、レジ担当のおばちゃんに「袋はドントセンキューです」とか言いやがったおっさんがいて、不覚にも吹き出したの」


「九條君に説明するけど、なろうテンプレの序盤はギルドに向かうのが鉄板なの」

「ほぉ? 興味深いな」


 地球から輸入した、電子黒板に文字を描きながら。

 ブレザーの制服姿のメリーさんは、世話焼き幼なじみな感じで講義する。


「異世界に転移した主人公は、ギルドで作品世界を学ぶのよ」

「なぜだ? 説明など――」

「ギルドにはね、受付嬢というマスコットキャラがいるでしょ」

「……続けろ」

「なろうテンプレの読者はね、設定をたくさん読まされるのが大嫌いなのよ。でもね、かわいい女の子との会話を通して説明を聞くのは好きなの。主人公と女の子が会話するが好きとも言えるわね」

「説明開示の方法を変えるだけで受け入れる――なろうテンプレの読者とは、そんな単純な生物なのか?」

「ええ、間違いないわ。なろうテンプレの読者はクソよ。強くて無敵でジャンクでイージーで人望の塊で女にモテまくって性欲も満たされるという、ポルノ以下の即物的な物語でしか欲望を満たせないリアルでも社会の底辺を這いつくばってるに違いないクソゴミなの。具体例を挙げると人間関係ね。なろう小説の主人公は、他の男キャラと上下関係でしかほとんど付き合いがないの。そこに友情や信頼や仁義は存在しないわ。作者がそれを知らないし、読者はそれを読まされても理解できないからよ。現実世界での経験がないとも言えるわね。立ちはだかる障害を、信頼できる仲間と協調しながら克服する喜びも、恋愛とは別で気の合う異性と楽しい時間を過ごす幸せも、なろうテンプレでは評価されないの。障害はチートで粉砕して、仲間は隷属魔法で奴隷化して、恋愛の駆け引きなんて存在しない。なろうテンプレでは、購入した女の子の奴隷にちょっと優しくするだけで惚れられる王道パターンがあるけれど、それって恋愛感情じゃなくて上下関係でチヤホヤされているに過ぎないでしょ? それを恋愛として描いてしまう作者と、それを貪るように摂取する読者。この2つのクソによって構成されるクソが、クソじみたなろうテンプレの正体なの」

「……メリーよ。貴様は、なろうテンプレに親でも殺されたのか?」

「はいです。創作においては、読者の欲望を満たしたり、リアルとかけ離れたシチュを楽しむのは、ジャンルを問わず基本ですし」

「なろうテンプレはクソなのよ! あたしがクソと決めたの! あんなクソを評価する奴は、この世に存在する価値もない排泄物以下の害悪なの! あたしはそもそも――」

「メリーよ! 落ち着くのだ!」

「はいです。自分の文学作品が評価されなくてハーレムラノベが売れるのはおかしいとか喚いている、一昔前によく見かけた文学作家の先生みたいになってます」

「いまの一部ラノベ作家が、ケータイ小説やなろう小説を見下しているのと同じ現象だな」

「ハァハァ……とにかく、なろうテンプレはクソよ! あたしが決めたの!」


 メリーさんは、電子黒板に文字を書き込んでいく。


・ギルドに到着→受付嬢から世界観の説明捕捉

・ギルドに登録→主人公のチートな能力を披露できる

・ギルドで活動→クエストでお金稼ぎ、レベル上げ、素材集め


「このように、ギルドは物語を転がすための分岐点よ。様々な機能を持って、様々な依頼を受け持つギルドは、物語を様々な方向に誘導するきっかけとなるの」

「メリーに質問だが、チートな能力の披露とは?」

「ステータス系の開示ね。ギルドでは登録前にチェックが入るじゃない。水晶球に触れて魔力値を測定したり、血を一滴採取して魔力値を測定したり、ギルドの会員証にステータス表示機能が付属してたり」

「質問なのだが、仮にギルドへ登録に向かった俺が、水晶球に触れて、受付嬢が「うそ……魔力値が3976554……これって魔王クラスじゃない! あ、ごめんなさい。こんな数値、見るの始めてだから……水晶球の故障かしら?」と言い出したら――」

「パクリでも何でもないわよ。だって『テンプレ』だもの」

「おかしいではないか! 丸っきり同じ流れを生み出した先駆者がいるというのに!」

「だからー! なろうテンプレは!」

「メリーちゃん! 感情的になっちゃダメよ!」


 井戸娘に押さえられて、メリーさんはヒステリックな言葉を飲み込んだ。

 そして、


「……説明を続けるわね。オリジナリティーもクソもないギルド登録の様式美を踏んでから、ようやくなろうテンプレは作品ごとの個性を出せるの」

「ふむ。聞かせてもらおうか」

「例を上げれば、ギルド登録からの魔法学園へ入学する流れね」

「続けろ」

「ギルドで主人公の魔力値がぶっちぎってたりすると、魔法学園に入学を勧められたりするの」

「ふん。完璧超人の俺に学業など不要だ」

「読者もその傾向が強いわね。学校という場所や、学生という身分に囚われるより、冒険者の方が自由度が高いし、数年単位で主人公を拘束する学園は――エタる前兆なのよ」

「メリーに質問だが「エタ」とはなんだ? 江戸時代の非差別階級か?」

「エターナる。永遠に未完を意味する隠語よ。学園編で物語が行き詰まり、人気が下落し、やがて作品の更新が止まる作品は数多いわ。これも前述の「友情」や「恋愛」と言った学園モノと相性の良い要素が、なろうテンプレで評価されない原因となるわね。同じ立場の仲間と過ごす時間より、奴隷や格下を引き連れてチートな無双の方が、なろうテンプレでは好まれるというわけよ」

「ふむ。ならば決まりだな」

「なにを?」

「俺こと九條冥介は、なろうテンプレ通りに行動して、なろうテンプレがいかに下らぬか喧伝けんでんするのだ」

「まさか……」

「メリー、井戸娘――出陣である。俺はテンプレ通りに行動する! ギルドで俺の圧倒的な才覚を見ぬかれ、魔法学園への入学を推薦されに行くぞ!」

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