第8話「わたしメリーさん……中学校の卒業文集で『なまこに生まれ変わりそうな人ランキング』で1位をとったの」


 嫌なことが起きた日の夜は、決まって前世の夢を見る。

 不仲の両親。愛情は与えられなかった。

 何かあるたびに怒鳴られて殴られた。特に理由もなく虐待を受けた。

 明かりのない狭い部屋。閉じ込められた部屋。

 たくさんの本が収められた、大会社で技術者をしていた父親の書斎。

 ポケットの中には、赤いクレヨンだけ。

 暗くて、怖くて、お腹が空いて。

 暗くて狭い密室で、ひたすら謝り続けた。


  ごめんなさいだしてください

  ごめんなさいだしてください

  ごめんなさいだしてください


 英才教育という名の虐待で、覚えさせられた文字をひたすら壁に書いた。


  ごめんなさいだしてください

  ごめんなさいだしてください

  ごめんなさいだしてください


 赤いクレヨンが擦り切れるまで、謝罪のことばを書き続けた。 


  ごめんなさいだしてください

  ごめんなさいだしてください

  ごめんなさいだしてく..


 えんえん、えんえんと。

 死ぬまで。




「――ククク、夢であるか」


 豪華なベッドで眠る、ヴラド領の領主「ヴラ・ヴララ」は目覚めた。

 全身に汗をかいて、動悸も激しい。

 転生前の夢を見た後、ヴララは決まってこうなる。


 前世の記憶を持ったまま、ヴララは異世界に転生した。

 道に落ちていた赤ん坊を拾い上げたのは、地方を収める領主夫妻だった。

 夫妻は、子供を作れない体だった。

 それもあり、道で拾った見知らぬ赤子を自分たちの子として育てることを選んだ。


 道で拾った赤子の正体は、不明であった。

 唯一の手がかかりは、大量の本。

 赤子の近くに散らばっていた、見知らぬ言語で描かれた「冶金学入門」や「ガラス工芸の世界」や「鉱山の基礎知識」や「持続的な林業技術」などの書物だった。

 領主夫妻が養子にした赤子は、愛情をたっぷり受けて、すくすくと育った。

 そして、非凡な才能を発揮した。

 両親の愛情に答えるように、養子は新たな技術を次々と開発したのだ。

 豊富な森林と渓谷の砂に目をつけて、ガラスを地場産業に育てたのは養子だった。

 魔導錬金術を応用して、鉱山で採掘したポーキサイトからアルミニウムを精錬する方法を開発したのも養子だ。

 流行病はやりやまいで倒れた両親の跡を継いで、ヴラドを収める領主になったのも養子だ。

 新たな領主は、ヴラドの地をより豊かな領土にした。

 民衆は領主を讃え、名君と賞賛した。


「ククク……その栄光もわずか数日で潰えるか……」


 ベットの上で身を起こしながら、盟主ヴララは重たい頭を振る。

 ピンクのネグリジェを脱ぎ捨てて、裸体を露わにする。

 鏡に映る裸体は、ぺったんこだった。

 胸の膨らみが皆無だし、体毛も薄いし、男湯に入っても許されそうだった。

 艶やかな黒髪をサイドで括って、ツインテールに結わえる。

 黒を基調としたゴスロリのドレスに袖を通して、セクシーなタイツと長手袋も忘れない。

 メイクはいらない。みんな「すっぴんが一番かわいい!」と褒めるから。

 そんなヴララは、鏡に写る自分の裸体を見る。


「ククク……幼女じゃな」


 どう見ても、10歳ぐらいの幼女だった。

 自分が領主を継いだのは12歳の時で、あれから3年は経過しているはずだ。

 なのに、成長してない。

 背は伸びないし、胸は膨らまないし、色気はねぇし、恋は芽生えないし、年下にアタマをなでなでされるし、ブラジャー欲しくても必要ないと笑われるし、毛も生えないし。

 でも、負けない。

 転生者のヴララは、ヴラド領の発展に第2の人生を捧げると誓ったのだから。


 ――それいけ、幼女の統治者!

 ――黒髪ツインテールを揺らして、領地の危機を乗り越えろ!

 ――がんばれ、正義の領主さま(かわいい)


「ククク……本日は九條冥介という融資者との会談であるな」


 ゴスロリドレスのツインテール幼女は、クククッと笑いながら言った。

 いま、ヴラド領は未曾有の危機だ。

 というか、このままだと民衆の暴動で城に火を付けられかねない。

 なので、早急に金がいる。

 とにかく問題の解決には、金とか金とか金がいるのだ。


「ククク……泣きたい」


 尊大な口調で涙目になる、幼女の領主様。

 ヴララの部屋には、棺桶、拷問器具、水晶球、処女の生血の入った瓶などが転がっている。

 余談だが、裏地が真紅の黒いマントは封印した。

 何度もマントの裾を踏んづけてこけたせいで、家臣に示す威厳が保てないからだ。


「ククク……今宵は大事な会議じゃ。英気も養うべく処女の生血を飲もう」


 幼女で転生者で領主のヴララは、瓶に入った処女の生血を呷った。

 ごめんウソ。

 実は異世界原産のフルーツジュースで、果汁の色は血の色にそっくり。

 ちなみに、猛烈に甘酸っぱいので


「……くぅー」


 ( ̄* ̄ ) ←飲むとこんな顔になる


 寝室のドアが開いて、メイドが「九條様がお越しになりました」と告げてくる。

 尊大な口調で「ククク……随分と早い到着じゃな」というと、ヨダレを垂らしたメイドに抱きつかれた。

「かわいい!かわいい!」と言われながら、衣装や髪型の乱れを整えられる。


 なんだかんだで、ヴララは家臣に愛されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る