第6話「わたしメリーさん……イヤホンに詰まった耳垢と格闘してたら2時間が経過してたの」


 冥介は、森のなかの名もなき道を歩いていた。

 傍らに付き添うのは、二人の美少女都市伝説の女子高生だ。

 元気な幼なじみ系のメリーさんと、幼妻の色気があるお姉さん系の井戸娘。

 彼らは、森の静寂を引き裂く悲鳴を聞いた。


「助けて! 盗賊よ!」


 冥介たちは、助けを求める声に反応して道を走り抜ける。

 耳に轟くのは、剣戟の音。

 男たちが争う声と、若い娘の悲鳴だった。


「ヘヘヘ、命までは取らねぇ。金目のモノを置いてきな」

「い、いや……」


 斧や棍棒で武装した山賊風の男たちは、およそ10名ほど。

 既に馬車を操る御者は両手を上げており、赤い頭巾を被った少女だけが健気に積み荷を守っていた。

 怯えて震える赤い頭巾の少女は、両手を広げながら訴える。


「この積み荷は……領主様に収める大事な――きゃぁっ!?」

「うるせぇ! 殺しはしねぇから積み荷を渡しな」

「へへっ、命は取らねぇけどな」

「ぐへへ、ちょっと恥ずかしい目には合わせるかもな」

「い、いやぁ……」

「そこの悪党! 白昼堂々の狼藉はそこまでにしろ!」

「なにやつっ!?」


 木漏れ日を背に現れたのは、純白の学ランを着た少年だった。

 見惚れるほど整った顔立ちの少年は、腰に抜いた刀を引き抜いて一閃した。


「――クッ!?」

「悪いが、物騒な凶器は切断させてもらうぞ」

「な、なぜ……」


 冥介の放った居合の一閃が、赤頭巾の握り締めたナイフの柄を切断した。

 怯えた表情を憤怒に変えながら、赤い頭巾を被った少女は叫んだ。


「なぜ、私の狩りを邪魔するのっ! こいつらは悪党なのよ! 殺されて当然の」

「黙れ、人喰い赤頭巾」

「――ッ!?」

「十数年前、隣国で亜人種――人狼ワーウルフの夫婦が禁忌を犯して食人に走った」


 冥介は、ここに至る途中で聞いた昔話を披露する。

 十数年前の人喰い騒動では、王国軍を主体とした大規模な討伐隊が派遣された。

 だが、人狼の夫婦は無事逃げおおせたという。

 夫婦の片割れは妊娠していて、逃亡の際に夫は胸元に怪我を負ったという。

 冥介は、馬車の上で両手をあげる男に言った。


「そこの御者。己の潔白を証明したくば、上着を脱いで胸元を露わにしてみろ」

「……旦那ぁ。おいらは可哀想な狼なんですよ」


 両手を上げたまま、それなりに年をくった男は語りだした。


「人狼が人間を喰らいたくなる――それは、いわば本能なんですぜ」

「ふん。人間の男は女が欲しくとも犯すという蛮行には走らない。本能を抑えて自制できるからな。食人衝動すら抑えられない貴様は、ただの動物と変わらぬ」

「ええ、おいらは獣じみた怪物ですからねぇ。だから――」

「貴様は冥府に旅立て」


 男の皮膚を突き破るように、針金じみた剛毛が生えてくる。

 頭骨の形が変形して、尖った耳が伸びて、大きな顎と鋭い牙が冥介に向けられる。

 日本刀が振るわれて、狼に変化した頭が落ちる。


「お父さ――」


 人狼の1人娘――赤頭巾が、悲鳴を上げるより早く。

 鬼斬御雷きざんみかづちの白刃が、音もなく振るわれた。

 赤い頭巾がごろりと地面に落ちて、先に落ちていた狼の頭部の横に転がる。

 森は静寂に包まれた。


「な、なんだ……」

「ど、どうしてメスガキを……」

「ふ、普通は……」

「山賊風のおっさんを倒すはずよね……」

「はいです。あんなに可愛くても人喰い狼。美少女は見かけによらないです」

「他人の本性を見抜けぬようでは、武芸者として失格であるからな」


 メリーさんと井戸娘が頷き、冥介は無感情に山賊を睨む。

 山賊たちは、神をも殺す冥介の眼差しに恐れをなし、びくびく揃って後ずさる。

 冥介は、刀を手にした隙のない体勢はそのまま言った。


「偶然にも俺が通りかかった幸運に感謝しろ。いうならば、貴様らは疑似餌に引き寄せられた獲物だ」

「疑似餌? 獲物? なんのことだ?」

「人狼親子の釣りにまんまと掛かっていたのだ。名もなき街道で餌を見せびらかし、異世界に転移したての主人公や、貴様らのような山賊崩れなど、突然消えても誰も怪しまれない人間を釣り上げるというな」

「つまり……」

「ふん。異世界転生や転移の主人公を調べて分かったことがある。異世界に転移や転生した主人公は数多い。だが、彼らが生き残れる確率は2%に満たない。彼ら主人公候補の多くは、便利なチートすら与えられず異世界に放り投げられ、ある時はモンスターに襲われ、ある時は無頼者に殺され、ある時はモンスターに転生して捕食者の餌食となり、様々な理由で生命を失う。そんな修羅の世界で幸運にも生き延びた個体だけが、やがて誰かを楽しませる物語の主人公として成長していくのだ」

「知らなかったわ……異世界転生や転移が珍しくもない現象だったなんて……」

「はいです。鮭の産卵や新人賞の公募並に、彼らの生存率は低いですけど」

「話が横道にずれたが、山賊風情よ。俺がいなければ、貴様らは人狼親子のディナーになっていたぞ」


 白刃を鞘に収めながら、冥介は言った。

 そして、


「さて問おう。なぜ貴様らは、山賊などという非合法な商いに手を出した?」

「……俺たちは普段は農民なんだ。でも、金が必要だったんだ!」

「聞かせろ。貴様らを鬼畜の所業に走らせた理由を」

「クソ領主だ! 奴は、俺たち庶民に法外な税金をかけやがって……」

「税を収められない貧乏人は……」

「若い処女を城に差し出して、税の代わりとするようにと……」

「なるほどな。家族や恋人を守るため、貴様らは悪事に手を染めたか」


 無表情の冥介が、腰の鞘に手を伸ばす。

 その動きに、山賊風の農民たちは怖気づいた。

 やばい、殺される、悪即斬。

 死を覚悟した農民たちは、いちように覚悟を決めて瞳を閉じた。

 静寂、しばらく、そして。


「ふん。今の恐怖を、ゆめゆめ忘れぬことだ」

「あら、珍しい? 今日の冥介君は、随分とお優しいんですね」

「ええ……九條君のことだから、確実に首を刎ねると思ったわ……つーか、なろうテンプレの通りに行動しなさいよ!」

「メリーよ。創作において最もありきたりな、処女を好むバケモノを一体あげよ」

「なによ突然? そりゃぁバンパイアに決まってるじゃない」

「はいです。高校生の書く小説に吸血鬼が登場する確率ですけど、統計はとってませんが3割は軽く超えてるでしょうね♪」

「ククク、領主の地位に収まり悪行三昧の日々を送る吸血鬼を成敗する! まさにテンプレ展開ではないか!」

「また、強引に繋げてきたわね……」

「はいです。その場の思いつきでストーリー考えてるのが丸わかりです……」

「メリー、井戸娘。次の目標ができた。なろうテンプレの勧善懲悪ストーリーだ!」


 冥介は、森の切れ目から見える塔の先端を見据える。

 森を抜けた先にある、この地方の街。

 その中心にそびえ立つ、見るからに吸血鬼が住んでいそうな古城を見る。

 冥介は叫んだ。


「俺は一度でいいからやってみたかったのだ! 城攻めというスペクタルを!!!」

「……うん、がんばって」

「えー、メリーちゃんも参加しましょうよ♪」


 ノリノリの冥介は、メリーさんと井戸娘に作戦計画を立案する。

 冥介の攻城計画は、平成の技術と金の力を存分に使ったチートすぎる作戦だった。

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