第5話「わたしメリーさん……ガムは3粒同時に噛むのが至高だと思うけど、勿体なくて2粒で我慢してるの」

「九條君に説明するけど、なろうテンプレは冒頭で雑魚を倒す必要があるの」

「ほぉ? 興味深いな」


 地球から輸入した、電子黒板に文字を描きながら。

 ブレザーの制服姿のメリーさんは、世話焼き幼なじみな感じで講義する。


「なろうテンプレの主人公は、何らかのチートを所有しているでしょ」

「前回の講義で聞いた内容だな」

「なろうテンプレは読者に飽きられないスピードが命よ。だから、主人公が持つ固有のチートを迅速に披露する必要があるわけ」

「くだらん。作品を構成する要素を丁寧に積み重ねてこそ、面白くなる物語もあるだろうに」

「九條君の言うとおりよ。重厚な世界観やキャラ背景の説明を済ませた上で、それぞれの要素が複雑に絡み合う物語が始まる作品は素晴らしいわ。でもね、なろうテンプレの読者は『7行』退屈な文章が続くと、読むのをやめる生物なの」

「……まことか?」

「本当――いいえ、7行は優しすぎたわ。奴らはページを開いてパッと見で興味を引くワードが見当たらなかったら、それだけで読むのをやめる根気ゼロの生物なの」


 メリーさんは、電子黒板に文字を書き込んでいく。


・主人公のチートを読者に披露する

・冒頭の戦いを通してヒロインを仲間にする

・上記のヒロインが奴隷など自分より格下の存在なら望ましい


「なろうテンプレの読者は根気ゼロよ。説明も何もすっ飛ばして、とにかく読み手に快感を与え続けないといけないの。そのための手段として、転生や転移直後に雑魚敵と戦ってヒロインと出会うイベントは大事ね。出会ったヒロインは、主人公のハーレム要員であり、何も知らない読者に世界観を伝えるナビゲーターであり、転生や転移直後で非力な主人公を守る保護者にもなるの」

「ふむ。そう言われると、一般のラノベと変わらぬように思えるな」

「ええ、根本的な部分は同じよ。ただ、1冊を通して読み切ることが前提の書籍と違って、ネット小説は書籍よりも簡単に途中で読むのを放棄できるし、読者はあなたの作品以外の作品にもクリック数回で移動できることを忘れないで。とどのつまり、読者の興味を掴んで離すな。そういうことよ」

「……メリーよ。それ、作者は書いてて楽しいのか?」

「……ノーコメントよ」


 井戸娘が淹れてくれた緑茶を飲みながら、メリーさんは言いたくても言えない言葉を飲み込んだ。

 そして、


「なろうテンプレにおいて転移や転生直後のバトルは大事よ。中でもよく見かけるのが、森の中にある名もなき道で盗賊に襲われている馬車を助けるイベントなの」

「続けろ」

「盗賊のイメージは雑魚よ。そして盗賊に襲われる馬車を助けるのは善行よ。正義の名のもとに雑魚を成敗して、さらに馬車の積み荷や運搬人もゲットできて、馬車の護衛を頼まれでもしたら、次の街までスムーズに移動ってわけ」

「ふむ、盗賊に襲われる馬車を助けるのは様々な利点があるのだな」

「そうよ。馬車の持ち主が美少女ならヒロインに、積み荷が金銀財宝なら金満チートに、積み荷が美少女エルフの奴隷ならハーレム要員ゲット、展開の始まりは同じでも、積み荷や持ち主次第で次の展開は様々よ」

「なら、決まりだな」

「なにを?」

「俺こと九條冥介は、なろうテンプレ通りに行動して、なろうテンプレがいかに下らぬか喧伝けんでんするのだ」

「まさか……」

「メリー、井戸娘――出陣である。俺はテンプレ通りに行動する! 盗賊に襲われる馬車を助けて、積み荷と御者を手に入れるぞ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る