第一章「異世界にトリップしたら、銀行口座に1500億円が振り込まれました!」

第1話「わたしメリーさん……異世界を血化粧で染め上げる虐殺の天使なの」


 先ほど、地球でトラックに轢殺された男子高校生。

 九條くじょう 冥介めいすけは、自分が異世界にトリップしたことを把握した。


「ふん。中世ヨーロッパの王城――それも玉座の間といったおもむきか」


 腰に日本刀を携える冥介は、容姿端麗な少年だった。

 引き締まった矮躯わいくからは凛々しさが感じられ、スマートな立ち振る舞いには純白の学ランが似合っている。


 顔つきに至っては、完璧の誉れが相応しい。


 嗜虐の滲んだ酷薄な麗顔、

 清潔に切り揃えられた短髪、

 妖艶な色気すら覚える切れ長の双眸そうぼう


 どうやら、冥介が前世で負った致命傷は全快しているらしい。

 所持品を改めると、死亡時に身に着けていたものだけのようだ。

 ドラグノフが格納されたキャリーケースは損失している。


 見知らぬ場所に足跡を刻んで、剣と魔法のヨーロッパな石壁を眺める。


 足元には真紅の絨毯、正面には玉座。

 まさに、RPGの冒頭のシチュエーションだ。


 勇者が国王陛下に120Gで世界を救えと、無理ゲーを言われる場所だ。

 冥介は、この場で最もくらいが高い人物に問いかけた。


「そこの老人。俺をこの世界に呼び寄せたのは、貴様か?」

「おぉ、異世界の迷い人よっ!」


 大げさな声を上げたのは、玉座に腰掛ける老人だった。

 頭上に戴いた王冠が、老人の身分を表していた。


 威厳に満ちた老人の横には、豪華なドレスをまとった美しい姫君の姿があった。

 玉座に座する老人は、厳かな口調で言った。


「よくぞ来てくれた! 褒美に死をくれてやろう!」

「断る」


 まばたきよりも疾く、呼吸よりも躊躇なく。


 腰のホルスターから、二挺揃えの大型自動拳銃が抜き取られる。

 老人の頭部を、王冠ごと撃ちぬく。

 丸みを帯びた頭蓋骨が、パンっと水風船のように弾けた。

 ほほ笑みを浮かべる姫君を、骨片の混じった脳漿のくれないが汚した。


「あ、あぁ……」


 父の予期せぬ死に。

 姫君の唇から紡がれたのは、恐怖で濁った言葉にならない音だった。


 主君の死を前にして、百戦錬磨の近衛兵たちが動き出す。

 各々が武具を掲げて、不敬な国王殺しの異世界人を仇討せんと身構える。


 それら脅威に対して、冥介の反応は素早かった。

 双銃を手にした冥介は、脅威目標を優先度に従って射殺していく。


「おのれ! 陛下を――ぐわっ!」

「面妖な魔術を――ぐふっ!」


 いきり立つ近衛兵を、無慈悲なパラメラムが撃ち抜く。

 アモの契約とライフリングの儀式により破壊の運動エネルギーを授けられた意思なき金属の群れは、命中と同時に蓄えた速度エネルギーを変換して目標を粉砕する。


 装薬のマズルが明滅し、銃声のシャンソンが鼓膜を揺るがす。

 硝煙の香りは戦場のパルファム、雷汞水銀の芳醇が心を高ぶらせる。


 レッツパーティー。

 鉄火場に召喚されたなら、益荒男らしく振る舞ってくれよう。

 愉しげに嗤う冥介は、二挺揃えの拳銃を踊るような動きで発砲し続ける。


 右腕の白銃「ヴァイス・ガイスト」が、

 左腕の黒銃「シュバルツ・ガイスト」が、猛々しく咆哮を奏でる。


 マガジンに装弾された15発は、瞬時に撃ち尽くされる。

 量産された死体の数は、20体を数えた。

 冷静沈着にキルマークを重ねる冥介は、弾が切れた二挺の凶獣を格納する。


 続けて、無垢の刃を抜き放つ。

 惹きこまれるほどの美を放つのは、飾り気のない三尺二寸の刀身。

 銘に刻まれるは「鬼斬御雷きざんみかづち」。

 鬼を斬った刀と伝承されるが、リアリストの冥介はおとぎ話と鼻で笑っていた。

 だが、比類なき切断力は童話の類ではない。

 超硬合金製のダイスですら両断する切れ味には、盤石の信頼を寄せていた。


 冥介は、愛刀を閃かせながら言った。


「動くな。バカな真似をしたら――この女の首を撥ねる」

「ひぅ……」


 鬼斬御雷の切っ先は、怯えて震える姫君に喉元に突きつけられた。

 押し当てられた白刃が皮膚を浅く裂き、白い肌にルビー色のしずくがにじむ。

 恐怖で震える姫君は、嗜虐の笑みを浮かべる生け贄を見た。

 見慣れぬ純白の装いを流暢に着こなした、容姿端麗な少年の横顔を眺める。


 美しい顔立ちの少年だった。

 整った目鼻立ちは、あらゆる乙女を魅了して、引力じみた誘惑で恋に落とすほど。

 どこまでも甘く、どこまでも刺激的な容姿。

 全ての女性が抱かれたいと願う、魔性すら感じさせる美少年である。


 だが、異世界から呼び寄せた生け贄の少年は、愛でる対象とは異なる。

 この少年は、


「残念だったな。俺の殺害を企てたようだが」

「……あ、あなたが望むなら全てを差し上げます……王家の財宝も……豊かな領地も……わ、わたくしの純潔でさえ……ひぃっ!?」

「勘違いするな」


 捕食者、支配者、君臨者。

 国を治める程度の権力では服従させられない、生態系の上に立つ存在だ。

 犬歯を剥き出しに嗤う少年は、淡々と事実を告げてくる。


「既に俺は貴様の全てを手にしている。財産も権力も命の与奪権さえもな」

「や、やめ……殺さな……」

「死にたくなければいい子にしていろ。貴様に利用価値があるうちは生かしてやる」

「ぁ……あぁ……」


 姫君の柔肌に、日本刀を添えながら。

 生け贄として選ばれ、異世界から召喚された不埒者は「板切れ」を取り出す。

 ズボンのポケットから、片手に収まるサイズの板を取り出した。


 その板切れは、表面が淡く発光していた。

 金属質な板切れを側頭部に当てた少年は、ひとりごとを言い始めた。


「おれおれ、九條冥介だ。いま異世界にいる」

「…………」


 小さな板切れにひとりごと……いや、だれかと会話している。

 短い会話が終わると、


「さて。パーティーの第二幕の始まりだ」

「…………」


 姫君の頬を、一筋の汗が流れる。

 なにかとても嫌な予感がしたから。とても不穏な気配を察したから。

 ヤバイ空気と硝煙が満ちた、殺気立つ玉座の間に。

 その少女たちは、突然現れた。


「わたしメリーさん。いま異世界にいるの」

「侵略☆侵略! 呪いのビデオのイド娘、異世界に侵略です!」


 白い日傘を優雅に構える美少女が、少年の背後に突如出現した。

 四角い箱が突如出現して、中から黒髪ロングで白装束の上半身が伸びてきた。


(なんなの……こいつらは……)


 美しい姫君の恐怖で濁った瞳が、さらなる疑問で濁りを深めていく。

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