幻想電子な最恐双姫をスマートフォンで鳴動召喚! ~もしもしメリーさん? 異世界にトリップした俺だけど、米袋20kg届けてくれない? あと、おやつの『オレオ』も頼むわ!~

相上おかき

プロローグ「トラックに罪はない」

第0話「わたしメリーさん……呪いのビデオがライバルなの」


 ある日、その電話はかかって来た。


『わたしメリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの』


 通話はすぐ切れて、無機質な『ツーツー』という音だけが受話器から流れる。

 それから数分後、また電話はかかって来た。


『わたしメリーさん。今、あなたの家の最寄り駅にいるの』

「貴様は、何者だ」


 少年の問いかけには答えず、その通話はすぐ切れた。

 無機質な通話の終了音を聞きながら、少年は家に代々伝わる日本刀を手にする。

 「鬼斬御雷きざんみかづち」と銘が打たれた古刀だ。

 細直刃ほそすぐはで見栄えする小糠肌こぬかはだには、匂い出来の目乱めみだれがきらめく。

 無垢の美しさを放つ日本刀は、伝承によれば退魔の力を持つという。

 だが、得体の知れない怪異を相手にするには足りない。


 少年は、腰のホルスターに大型自動拳銃を二挺差し込む。

 袖口や踵などの隠し収納スペースに、予備の弾倉と工作器具を装着する。

 狙撃用ライフル「ドラグノフ」が収納された、キャリングケースも手にする。

 再び、電話がかかってきた。


『わたしメリーさん。今、あなたの家の近くの公園にいるの』

「分かった。俺もそちらに向かおう」

『えっ、ちょまっっ』


 少年は通話を切断して、夜の街に足を進める。

 ネオンに照らされた欲望の街を通り抜け、少年がたどり着いたのは夜の公園。 

 人の気配が感じられない、薄暗い場所だった。


 闇に包まれた公園の中で、街灯のスポットライトで照らされる場所。

 そこに、電話の主がいた。


 美しい少女だった。

 白いワンピースを着て、純白が闇夜に鮮やかな日傘を所持している。

 大きな白い帽子を被っているので、その表情をうかがい知ることが出来ない。

 だが、口元だけは目にすることができた。

 ニヤっと唇を釣り上げて、白い少女は不敵に嗤っていたのだ。


 少年のスマートフォンが鳴動した。

 同時に、街灯の下に佇んでいたハズの白い少女が消える。


 その声は、少年の背後から聞こえてきた。


「わたしメリーさん。いま、あなたの後ろ――」

「遅いっ!」


 裂帛の気合のもとに放たれた居合の一閃は、振り向きざまにメリーさんと名乗る少女を両断するハズだった――が、


「ひぎゃぁぁっっ!?」

「ほぉ。俺の斬撃を受け止めるとは。その日傘、ただの市販品ではないな」

「ぜぇぜぇ……傘の皮膜に防弾繊維のケブラーを、骨組みにチタンを使ってるけど」

「悪いな。この場で死んでもらう」

「うそっ!? いやっ、それマジっ、きゃっっ!?」


 ――タタタンッ!


 闇をマズルフラッシュで照らすは、少年が手にする凶悪無慈悲な拳銃であった。

 少年は踊るように身を翻しながら、9mm×19mmの破壊をバラ撒く。

 メリーと名乗った白い少女は、類まれなる戦闘センスで硝煙乱舞の射撃を回避。

 防弾繊維の張られた日傘を展開して、秒速370mで飛翔する礫を封殺する。

 白い少女は、微笑ほほえみ混じりに言葉を紡いだ。


「あら。レディーに対して、物騒な挨拶をするのね」

「非礼は謝罪するが、黙ってものに殺されるほど、俺はお人好しではない」

「その口ぶりだと、わたしの正体を知っているのかしら?」

「メリーさんの電話――有名な都市伝説だ。ある日、見知らぬ少女から電話が来る。電話の相手はだんだん近づいてくる。やがて自分の背後から「あなたの後ろにいる」と声が聞こえる――そのような、あらすじだったな」

「ご明察の通りよ。わたしは迫り来る怪異。予告に従って対象に近づき、背後からの一撃で仕留める怪異なの」

「有名になるのも考えものだな」

「ええ。こうも手の内を見透かされたら、これからの身の振り方も考えなきゃね」

「悪いが、貴様にただでくれてやれるほど、俺の命は安くない」

「なら――」


 白い少女が、その姿を消失させた。

 少年の背後から、透き通った美声は聞こえてきた。


 ――瞬間移動だとっ!!


 少年が振り返るより早く、少女の指先が頸部に絡みついた。

 信じがたい握力で、怪異は喉元を締め上げる。

 

「あはは! 背後からの一撃! それがわたしの仕留め方なの!」

「グッ……いきなり背後に……瞬間移動……だと……」

「わたしはメリーさん! その異能は『ターゲットに電話をかける』事と、『ターゲットの背後にワープする』こと! わたしの異能は獲物を逃がさない! たとえ電話の電源を切ろうと、たとえ別の惑星にいようと、わたしの異能はターゲットの電話を必ず鳴らして、ターゲットの背後に必ず現れる! さぁ死になさい! わたしの手の中で息絶えなさい! わたしの都市伝説の礎となりなさい!」


 メリーさんの指が、息も絶え絶えな少年の頸部を締め上げる。

 少年の命が、もはや風前のともしびに思えた。


 その時だった。


 少年のスマフォが、ピカピカと勝手に光りだす。

 古い井戸の映像が画面に表示され、液晶から青白い腕が伸びる。

 生気の失せた腕は、メリーさんを殴った。


「きゃっっ!?」


 顔面をグーで殴られて、メリーさんは尻もちを付いてしまう。

 少年のスマフォ画面には、森の中にある古びた井戸の映像が表示されていた。

 その井戸から、白装束を来た黒髪の少女が這い出てくる。

 ずるり……ずるり……

 水気のしたたる音を響かせながら。

 画面内の景色を這いずる、白装束を着た黒髪の少女は近づいてくる。

 濡れ細った黒髪が、死体のように白い肌が、画面の中の地面を這って近づく。


 そして――スマフォから出てきた。


 有機ガラスで隔てられた、二次元と三次元の壁を越えて。

 スマフォの画面から、少女が這い出てくる。

 水に濡れた黒髪が、怨霊じみた白装束が、この世にあらざる怪異が。

 メリーさんは、血反吐混じりのつばを吐き捨てながら言った。


「けっ。同業者さんのお出ましね」

「くーる、きっとくるー♪ ふふふ。この人は、わたしが予約済みなんですよ」

「スマフォから出てきた、あなたは何者なの!」

「教えてあげましょう。私は井戸娘いどむすめです。見たら1週間後に死ぬ、呪いのビデオの幽霊です!」

「呪いのビデオ!? 井戸娘!? 井戸娘はVHSが絶滅すると同時に滅……」

「最近、youtubeを始めました」

「ちっ! グーグルに通報してやるわ!」


 白装束を着た黒髪ロングの美少女は、メリーさんに言葉を続ける。


「彼は一週間前に私のビデオを見たんです! だから予約済みなんですよ!」

「なるほど。殺害の優先権は、あなたにあると?」

「そうです。だから」

「お断りよ。あたしの電話がかかった時点で、殺害権は上書き保存されたの」

「はぁ? マジふざけてますか? チョーシこいてると呪いますよ? 井戸娘のわたし、侵略しますよ? 画面の中から3D《スリーディー》しますよ? あなたのお部屋で、侵略☆侵略☆侵略☆侵略☆侵略☆侵略☆、イ・ド・ム・ス・メ――呪っ♪とか、アカペラで歌いますよ?」

「やって見なさいよ……できれば昼間に」


 二人の美少女都市伝説が、火花を散らす。

 クールでハンサムボーイの少年は「相手にしてられん」と言わんばかりに、夜の公園をあとにした。


 そして、公園前の横断歩道で。


 ――キキィィッ

 ――ぐしゃっ


 居眠り運転のトラックに轢かれてしまった。



 ……

 …………

 ………………死、ないで!

 ………………死、じゃだめぇぇ!

 …………

 ……


 薄れ行く意識の中で。

 死にかけの少年は、二人の少女の声を聞いた。


 ……あな、、わたしが殺すん、から!

 ……目を開け、、い、、願いだ、ら目を開、て下さい!


 瀕死の少年に、二人の少女は懸命に呼びかける。

 だが、それに答えることは叶わず。


 少年は息絶えて。

 二人の都市伝説の少女は、共に抱き合って悲しみを共有した。


「うぇぇ~ん、殺害対象が死んじゃった……」

「殺したかったのにぃ……わたしの呪いで殺りたかったのに……」


 その時、メリーさんのスマートフォンが鳴った。

 画面に表示されているのは、「九條くじょう冥介めいすけ」という見慣れた名前だった。

 そう、さっきトラックに轢かれて死んだ少年の名前。

 怪談の殺害対象に選んで、都市伝説のサビにしてやろうと企んだ少年の名前だ。

 泣きじゃくるメリーさんは、スマフォの通話ボタンを押した。


「わたしメリーさん! ねぇ、無事なの!」

『おれおれ、九條冥介くじょう めいすけだ。いま異世界にいる』

「はいっ?」

『メリーよ。この電話が繋がるのも、貴様が持つ異能のおかげだ。俺のスマートフォンは、都市伝説メリーさんの「どこにいようが電話をかける」異能のおかげで、異世界に転移しても地球に繋がるようだ』


 メリーさんは、自分の異能を思い出す。


 たとえ電話の電源を切ろうと、

 たとえ別の惑星にいようと、

 ターゲットの電話を必ず鳴らして、

 ターゲットの背後に必ず現れる。


 都市伝説のメリーさんは、これまで様々なターゲットと出会ってきた。


 携帯の電源を落として、自分から逃れようと企んだターゲットがいた。

 飛行機に飛び乗って、外国に高飛びしたターゲットがいた。

 男湯に逃げ込めば、恥ずかしがって来れないと考えたターゲットがいた。

 壁を背にすれば、背後にワープできないという結論に至ったターゲットがいた。


 どんなターゲットでも、メリーさんは役目を果たしてきた。

 だが、


「わたしメリーさん……異世界転移は初めてなの」

『困惑しているところを申し訳ないが、貴様には頼みごとを聞いてもらおう』

「なんなの?」

『メリーさんの異能を見せて欲しい』

「わたしの異能を? ターゲットがどこにいようと必ず電話をかける異能と、ターゲットがどこにいようと必ず背後にワープ……まさか」

『足元を見ろ。俺のキャリングケースが落ちている。それを俺のいる異世界まで届けて貰いたい。ターゲットの背後にワープする異能を使えば可能のハズだ』

「……いいけど」

『追加で要請する。貴様の近くに呪いのビデオの井戸娘もいるハズだ。井戸娘もターゲットがどこにいようと、画面から這い出て、目標に這い寄る異能を持ってる』

「……井戸ちゃん、聞こえた?」

「はいです。メリーちゃんのスマフォ、音漏れが激しいですから……」

「それで、イケそう?」

「異世界は始めてですけど……私の異能ならイケるハズです」


 2人の都市伝説美少女は、顔を見合わせてから。

 まぶたを閉じて――異能発動。

 殺害対象の彼がトリップした、まだ見ぬ異世界に瞬間移動した。




 この物語は。

 異世界にトリップした殺害対象に翻弄される。


 ホラーでキュートな都市伝説、

 メリーさんと、井戸娘が、


 異能で異世界に何度も強制召喚されて

 めちゃんこ苦労する物語である。


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