第362話 私達の選択でございます!

「……じゃあなんの問題もないな。アイリスもナーガも、ガーベラくんもここで一緒に暮らせば良い」

「ええ、そうね! 今まで通り、一緒に……!」



 世界の長い話が終わり、しばしの沈黙の後。お父さんとお母さんがニコやかにそう言った。

 おそらくほとんどの人が同じ考えだろう。だから皆、お嬢様が明らかに悩んでいる様子であるのに対して疑問を感じているようだった。



「おいおい、何が不満なんだ」

「そうだ。なぜ……浮かない表情だシロヘビの子よ。この世界にだって帰る場所はあるだろう。概ね、総騎士団長殿のところだが……」

「仰る通りです。しかし、やはりそう簡単な話ではありません」

「あら、簡単な話じゃないの〜? 帰ったら死んじゃうんでしょ〜? いくらシロヘビさんが私達でいうお姫様みたいなものだったとしても、死んじゃうとわかってるならここに居るしかないじゃない?」

「そのことなんですが、実は……」



 お嬢様は非常に言いにくそうに、ポツリポツリと言葉をつむぎ始めた。その内容はこうだった。


 世界に記憶を見せられ、それが死ぬ当日になった時。私が無惨になる姿をもう一度見たくなかったのもあり、それから目を逸らすのも兼ねて、あの旧校舎内を歩き回って脱出できる場所が本当になかったか探してみたのだという。


 そして、なんと爆弾が爆発する前に脱出できるような場所を見つけた。体育館のステージに上がるための控室の窓が1箇所だけ強化ガラスにされておらず、そこまでの道中の爆弾も回避が可能であった。つまりあの場から生きて帰ることができるらしい。


 ……私としたことが。



「ごめんなさい、言うタイミングを逃してしまって」

「いいえ、私が悪いのですお嬢様! 早々に窓はダメだと諦め、隅の隅まで探さなかったから……!」

「仕方ないわ、ばぁや。こんな状況でもない限り探し出すなんてまず不可能よ。ばぁやは全く悪くない、むしろ主らしく起点を利かせられなかった私が……」

「……とにかく、やはり三人は選択をしなきゃならんということかのぉ」

 


 おじいさんの言う通り、帰っても生き残れるとわかったのなら選択をしなければならない。地球に帰るか、ここに残るか。世界に迫られているように。



「ねぇ、やっぱりさ。三人ともチキューに家族がいる。そうだろう? 僕もそうだった、僕も……ね」



 ナイトさんがつぶやくようにそう言った。

 私も勝負くんも、お嬢様も、それに対してただ黙って頷いた。


 そうだ。私が死ぬことで、お父様とお母様はなんと思っているだろうか。

 自分たちの娘の人生を、生まれた時から規則に則って決めてしまったあの二人は、私の死をどう捉えただろう。


 お母様はただ悲しんでくれている気がする。しかしお父様に関しては、責務を全うできなかった私に対して怒りを覚えているかもしれない。

 いや、もしかしたら。記憶の最中にお父様が私の身を本気で案じてくださった場面があったはずだ。どうだろう、私の死に対して泣いてくれる可能性もあるのだろうか。


 自分の娘の、グチャグチャにつぶれ、焼け焦げ、性別すらわからなくなったであろう遺体の前で……あるいは普通にお墓の前で、手をあわせて泣いてくれている……? 少し想像がしにくい。あるいは、したくないだけかもしれない。

 

 ……とりあえず、私はまだいい。両親と一緒に過ごしている期間も短かったためそっちの方面ではまだ、心に余裕がある。側から見ても家族仲が悪そうだという評判の方があったくらいだし。


 しかし、ガーベラさん……もとい勝負くんは違う。

 彼の家庭は普通だ。普通にご両親がおり、普通に愛されて、普通に育った。銃弾すら何発か避けてしまう彼自体が普通かどうかは置いておいて、育ってきた環境はとにかく普通。普通の、一般的な幸せな家庭。そもそも彼が亡くなった理由も私たちに巻き込まれただけに過ぎない。


 それにお嬢様も。ご主人様、奥様共との関係は非常に良好。普段はお互い貴族らしく対応しているものの、時には子供らしく甘えることができる、そんな素晴らしい関係だった。


 

「あと、僕が見たところシロヘビさんは……自分の地位に対してすごく責任を感じてるね? わかるよ、僕も偉い人だからね! 生きて、やるべきことをやらなきゃいけない。そう考えてるんだよね。君達の帰る理由をあげるとしたら、ご家族とそのやるべきこと、この二つでしょ?」



 王様が続けてそう述べた。再びお嬢様は深く頷く。

 私と同じように幼い頃から教育を受けてきたお嬢様は、自分が大財閥の人間として将来、人類を導くための片棒を担ぐこと。それを念頭に置いて、そのために生きてきた。

 私が今でもメイドであろうとするように、お嬢様も、今もお嬢様でいようとしている。

 


「じ、じゃあどうするの三人とも……。お、お姉ちゃん、同じ状況だったら選べる?」

「わ、わかんないよ。ぼくは全然わかんない。どうしたらいいの?」



 どうしたらいいか、私もわからない。

 世界は地球とここを行き来することなんてできないと言っていた。選択しなかった方の世界の住人とはもう2度と会えないだろう。


 お嬢様が帰ると言いそれについていかなければ、私が本来生まれた意味そのものと別れることになる。

 勝負くんが帰ると言うならば、私が帰ろうが帰るまいが、その時点で彼と私の約束は白紙になる。


 本音を、私のわがままを言うなら、お嬢様にも勝負くんにもここに残ってもらいたい。そしたら単純な計算で、私にとって心底大事な人がこっちの世界に集中することになる。無論、彼との約束も果たせる。


 しかし二人の立場に立って考えたらどうだろう。

 お嬢様は向こうでやり残したことがあり、勝負くんも普通に幸せな家庭環境だった。それぞれ、私よりはっきりとした帰る理由がある。


 そして二人とも帰るとなると、私も帰る理由ができる。

 あるいは一方が残り一方が帰らないとなると……再び悩むことになるだろう。その場合はお嬢様について行くのが従者としてあるべき姿なのかしら。


 再び沈黙が始まった。いや、始まりそうになったが正しいかしら。その長くなりそうだった沈黙の間を即座に破ったのはケルくんだった。なんというか、いつも通り。



【えー、ここで一旦皆んな、特にチキュー出身の三人は深呼吸するんだゾ。ゆーーっくりと】

「え……?」

【ほら早くするんだゾ、良いって言うまで】

「あ、ああ……」

「では……」



 ケルくんの言う通り、私達は念入りに深呼吸をする。

 一分ほど続けたらそこで止められた。



【落ち着いたかゾ?】

「ええ、ケル。少しは……」

【じゃ、紙と書くものを誰か出すゾ。感情論で延々と考えてても埒があかないゾ。こういうのは一旦合理的にまとめるんだゾ。具体的には、この世界に居ることのメリット、デメリット。チキューに戻ることのメリット、デメリットを書き出すんだゾ】



 今更だけど、この子って地球でIQ測らせたらどのくらいになるんだろう。とんでもない数値を叩き出しそうな気がする。180とか。

 おじいさんが紙と羽ペンとインクを出したので、ケルくんはそれらを魔流の操気で作った手に取った。



【いいかゾ、ヒトはどの選択をしても多少の後悔はするものだゾ。特にこれほど大きな選択なら。だったら、こういう時はどれほど多くの後悔をしないかで決めるべきなんだゾ】

「そ、そうかしら?」

「じゃあ一回、いう通りにまとめてみようか……?」

「そうですね……たしかにやってみて損は無さそうです」



 私達はケル君の指導のもと、三人それぞれに分けてこの世界に残るのと、地球に帰るの、各々のメリットとデメリットを図のように記した。そして、その図だけを見ればこの世界に残った方がメリットが多く、デメリットが少ない……そんな結果になった。


 全員で話し合いながら書き込んだとはいえ、それがたしかに、事実でしかないように思える。どちらかに寄ったような考え方はしていない。


 こうなることがわかっていたのかケル君は自慢げな表情で鼻息をフンフン鳴らしながら、尻尾を強く振り、肉級でペシペシと用紙を叩いた。



【じゃ、答えは明白ゾ! 三人ともここに残るゾ! ゾ!!】

「しかし、私は……一族の者として……」

【う……う……ぅがああああああ!】

【コ、コラ! ケル!?】



 お嬢様が俯きながら何かを述べようとすると、ケルくんはひっくり返ってその場で転がり始めた。今までの賢さが全部吹っ飛んでしまったかのような、そう、ダダを捏ねている。ベスさんが驚くほどに。



【嫌だゾ! お別れしたくないゾ! そもそも、歴史的文献を見たら戦争中に国民を置いて亡命しその先で天寿を全うした王様とか、恋人と駆け落ちして跡を継がなかったお姫様とか、権力者だったのに自分の幸せをとった人とか、そーゆーのなんてたくさんいるんだゾ! どーせチキューでもそーゆー話あるゾ。ていうか三人の場合は死んでるんだから加えて本来なら義理もクソもないと考えてもいいはずゾ! なのに、なんでナーガ達は自分や自分の大切な人の幸せを考えないんだゾ! そもそとオイラ達が三人に帰られたら……いや、一人でも! 帰られたらどう思うかとかも考えてほしいゾ! 皆んな幸せな気分になれないゾ! そんなに権力大事か!? そんなに従事すること大事か!? それは他の誰かに任せられないことか!? モトの家族だけを天秤に乗せるならいざ知らず、わざわざ自分の身を削るような選択をしているのが意味不明で仕方ないゾ! 特にナーガ!!】

「け、ケル……ケル?」

「こんなケル初めて見た……」

「す、すごい剣幕……」



 ケルくんは周りの反応もよそに、この子の実際の年齢に見合った、子供のような態度を繰り返しながら念話を送り続ける。とんでもない早口で。



【まだあるぞ、まだ言うゾ! ナーガは生き残れる道を見つけたとか宣っていたゾ。でもそれは違うゾ。ただ、その死んでしまうって状況から一時的に逃れられる道筋を見つけたってだけで、結局ケンジューとやらを持った悪い奴らは残ったままだし、今後も命を狙われ続けるゾ。ていうか本当にその爆発から逃れられる道筋とやらは安全なのかゾ? その情報、色々と不確定で未確定! 命を預ける情報としてはあまりにも心許ない! 一方で! この世界は三人にとってはすごく安全なんだゾ、命を狙ってくる魔王もその幹部も全滅させた! なんなら今後もみんなで三人を守っていくことなんて余裕でできるんだゾ。これは確定的な情報だゾ! 確かなんだゾ! 少し考えればわかるゾ、わかるんだゾ! ああああああああ!】



 えっと、ケルくんの言ってることをまとめると。

 なぜ私達はそこまで自分の立場にこだわって幸せを掴もうとしないのか疑問に思ってて、そして地球に帰った場合の命の安全はなんにせよ全然確保できてないんじゃないか、ということでいいかしら。


 全部言い終わったのか、ケル君は急に真顔になってスッと立ち上がるとロモンちゃんとリンネちゃん、そして私と勝負くんとお嬢様を順番に眺めながら一言、つぶやいた。



【ほら、オイラみたいに本音を言うんだゾ。子供らしく本音を言うんだゾ。……リンネとロモンはアイリスにどうなって欲しいのかゾ? 要求があるなら言うべきゾ】



 それを聞いたロモンちゃんとリンネちゃんは、目に涙をいっぱい溜め……私の方に思いきり駆け、抱きついてきた。



「う……ぅああああ、いやだよぉぉおおおおお! アイリスちゃんとお別れしたくないよおおおお! 行かないで、行かないでよおおおお!」

「僕たち皆んなに居なくなられたらいやだよぉ! 一緒にいようよ、もう2度と会えないなんて……やだあああああああ!」

「お、お二人とも……! 私も……私だって……!」



 泣きじゃくる二人を、私は強く抱きしめた。

 この二人はそう、私の姉妹だ。他県に行くとか他国に行くとか訳が違う。本当に2度と会えないなんて……会えないなんて……。耐えられない。



「そうです……嫌ですね、会えないのは……。2度と……顔も見れず声も聞けないなんて……。私……わたし……っ……ぅ……うぅ……うあ、うわああああああああああああああああ! あ、ああああ……私、お別れしたく……ぐすっ……ないです……! 大好きなみなさんと……ロモンちゃんと、リンネちゃんと!! 私……私は……! ぁあああ……ぁああ私は……メイドとしてじゃなくて……家族として……いたい! いたいですっ……もっと、もっと、もっと!!」



 元々小石だった私が、こんな素敵な家族の一つになれた。こんな奇跡から離れたくない。離れられない。私が守るだけじゃなく、私を守ってくれる。こんな暖かい体験を、私はしてしまったんだ。

 帰りたくない、私は。



【ガーベラはどうするゾ】

「俺は昔から愛理のことが好きだった。愛理が残るって言うなら、親父達には申し訳ないけど……うん、ケルのいう通り駆け落ちしてみることにするよ、この世界に」

【フッ……そうかゾ。あのウジウジしてた頃とはまるで違うゾ、ねぇ?】

「……まあね」



 勝負くんとケルくんは私に聴こえるようにそう話しあった。

 そして最後にケル君は、遠巻きに居たお嬢様のもとへ。



【……ナーガは?】



 お嬢様はゆっくりと口を開き、その質問に答えた。

 しかしあまりに三人で泣き喚きすぎて何を言ったか聞こえず、涙でぼやけて口元も見えなかった。

 そんな最中、念話より強力な何かである世界の声は頭の中に入ってくる。



【聞いていた。では、そのようにしよう。私は意思を尊重する】



 あたりは光に包まれて_______________!







#####


次の投稿は3/16の予定です。

予定変更する場合はこの欄に書き込みます。

そして次回……最終話となります。

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