松柏の名のもとに

星と菫

 それは、その施設は、深い深い山奧に、まるでだまし絵のようにして、存在しておりました。

 ――学校法人『松柏しょうはく学園』。

 わが日本が世界に誇る、とある大企業の会長が、莫大な私財を投じて造らせたそれは、まったく秘密裡に建てられて、関係者を除けば、人々はその存在さえも、知りうることは叶いませんでした。

『松柏学園』。

 コンクリートへきで囲われたその内部には、無数の監視カメラが巧妙に配置されており、さらには『検問所』が二つ、二十四時間なく、外部からの侵入者を見張っておりました。創立されて二十余年、もはや要塞と化した学園は、許可なき人間を、いまだ一人として、その裡に招いたことがないのです。近年、衛星軌道上から地表を鳥瞰ちょうかんできるサーヴィスによって、人々の耳目にのぼることもありましたが、その正体に至った者は皆無です。“存在しない村”など、数多の都市伝説に埋もれて、“存在しない学園”もまた、泡のように浮かんでは、摑まれることなく弾けておりました。

 そのように徹底してまもられ、かくされた学園は、必然通常の手段では、入学生を募集しておりません。募集要項も、合格基準も、明解にされておりません。そもそも、学園の存在さえ知らせていないのですから、進学を希望する生徒など、いるはずもないのです。

 ですが必ず毎年、定員となる三十名の少女たちが、堅固な要塞の内側にある、巨大な鉄門扉てつもんぴをくぐるのです。どのようにして集められたのか、それは余人の知るところではありません。確かなのは、当人を含め、家族のすべてに、鉄の掟のごとき守秘義務が課されているということだけです。

 そして少女たちは、外界と隔絶されたこの無菌の環境で、純粋培養されるのです。

『松柏学園』。

 中高一貫校として、六年間、在校生は学園内で寝食をすることとなるのです。とざされた敷地から出られるのは年に数日、盆と正月。それ以外は校舎に隣接して建てられた寄宿舎ですごすのです。

 

 今年もまた、新たに乙女たちが校門を、そこまでにしつらえられた、武骨なコンクリートへきとは対照な、おお時代じだい連想おもわせるあか煉瓦れんが造りのへいを通過します。林檎のように紅潮した頬は、期待の表われでしょうか。瑞瑞しい少女たちは、これからこの巨大な巣の中で、育まれていくこととなるのです。


 そしてここにも、小さな胸を期待でに膨らませた少女が佇んでいました。

 これは、この少女の、成長の物語。

 まだ小さな雛にすぎない彼女が、温かな人々と触れ合い、学び、ときには対立し、やがて美しく羽が生えそろう、それまでの物語でございます。

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