第一回公演【闇の三姉妹】

第一幕 魔王討伐作戦/第一章 劇団

◢一幕一場 闇の三姉妹


『貴方たちに仇なす種族を魔族というのなら、わたしたちに仇なす貴方たちをなんと呼ぶべきか――』



その昔、人間と魔族のあいだで熾烈な争いが繰り広げられていた――。


帝国の領土、その中央に鎮座するかのごとく広がる樹海。君臨せしはダークエルフの長、魔王オベロン。

彼の支配する森には。ゴブリン、コボルト、トロールなど。数多の邪悪な魔物たちが導かれる様に集結していた。


日々拡大する驚異に人々は脅かされ、帝国軍は『魔の森』に向けて六度目の侵攻を余儀なくされる。


五度もの大敗に及んだ難役に新たに抜擢されしは、新星イブラッド将軍――。

光の騎士を冠するに相応しい若く活力に溢れた騎士隊長だ。


率いるは三個大隊に及ぶ大軍勢。対オベロン戦線に投入された中では過去最大規模、破格の戦力である。

光の騎士イブラッドは帝国の威信を背負い、人類に仇なす魔族の討伐へと果敢に挑む。


ここに『第六回魔王討伐作戦』が決行された。



戦局はこれまで同様の劣勢。強敵が行く手を阻む。禍々しき魔物たち、その陣頭に立ちしは美しき魔姫たち。


長女メディレイン。

次女シエルノー。

三女リーンエレ。

『闇の三姉妹』と呼ばれる魔王オベロンの娘たちだ。


戦場はまさに『迷いの森』の様相であり、繰り返しの事前調査も成果をあげることはなかった。

敵本陣の正確な位置は不明のまま、広大な樹海が勇者たちの行く手を阻む。


騎士イブラッドの狙いは抗戦に出てきた敵将『闇の三姉妹』を討伐、及び捕縛により本陣を炙り出すことにあった。


敵陣渦中における魔王軍の攻勢に、人類の希望、我らがイブラッド軍は分断を余儀なくされる。

しかし魔王軍は強力な反面で統率が取れておらず、三姫の独走を誘発することに成功するのだった。



「敵将発見!! いたぞ、オベロンの娘だ!!」


二千人が散りぢりとなり各所で魔王軍と衝突する最中、指揮官イブラッド率いる五十名が魔姫の一匹を追い込んでいた。


三女リーンエレは勇者たちを恫喝する。


「人間たちよ。即刻、森より退去せよ。さもなくば――!」


「さもなくばどんな非道を行うつもりだ!! 人々に仇なす魔の者よ、正義の前に滅する時ぞ!!」


誇り高き帝国騎士が魔族の言葉に屈するはずもない。勇者たちは魔姫へと立ち向かっていく。

一見して魔族の姫は小柄で無力な存在にも見える。痩せぎすで屈強な兵たちと比較すれば子供と錯覚するほどだ。


だが見た目に惑わされてはならない。

敵は人智を超えた魔法の使い手であり、その手によってどれほど同胞の命が奪われてきたことか。



光の騎士イブラッドが吼える――。


「圧し潰せ!! 八つ裂きにして晒し、悪逆たる魔王に思い知らせるのだ!!」


邪悪の化身に立ち向かう勇者たち。数十名が一丸となり邪悪の化身を取り囲む。

そしてイブラッドの号令に従い一斉に襲いかかった。


「行け行け行け行けぇぇぇい!! 敵主力の一角を墜すことは連敗を喫してきた人類にとって大きな反撃の一手となろうぞ!!」


しかし、魔族の姫がおとなしく捕まれば苦労はない。


「風の精霊、力を貸して……!」


リーンエレの放った剛風が殺到する前衛を薙ぎ倒した。


「ひるむな、前進せよ!! この機を逃せば勝利は遠のくぞ!!

行け行け行け行け行けぇぇぇい!!」


号令に従い後続が雪崩かかる。

正義の刃が魔姫の前腕を貫き、コメカミを掠めた。


「くっ!」


リーンエレが痛みに呻いた。魔族に対し正義の一撃が有効であることが示された瞬間だ。


「効いているぞ!! 一気に畳み掛けろ!!」


勢いづく勇者たち。チャンスを逃すまいと追撃を繰り出す。

魔族の姫を取り囲み、強い使命感のもと必殺の突きを構えた。


刹那。


構えた兵士たちの首が七つ、ポンと千切れて宙を舞った――。


兵士の誰かが「おっ?」と困惑の声を発する。


生首はまるで子供のおもちゃのように捻りを加えて宙を舞い、ボトリボトリと地面に落ちた。


――何が起きたのか?


前衛の首が一斉にちぎれ飛んだ事実に残された者たちが呆然と立ちすくむ。

魔姫リーンエレの魔法か、それとも敵の増援か。


「警戒態勢!! 周囲を警戒しろ!!」


トドメを中断し周囲を警戒する一同。そのただ中に落下物。

降ってきたのは褐色の人影、大振りの刃を携えた二人目の魔姫。



「敵の増援だ!! 仕留めるのだ、何もさせるな――!!」


イブラッドの指示が波及しきるより速く、新手の魔人は動き出していた。

手にした鉈で手前の兵士から足首を切断すると一回転。立ち上がる動作の延長でもう一人の首を跳ねた。


一閃一閃に迷いがなく、そして鋭い。


「シエルノー!」


リーンエレが姉の名を呼んだ。

妹の危機に現れたるは三姉妹の次女シエルノー。


まるで爆撃にでも遭ったかのごとく、瞬く間に十名の命が奪われた。

先程までの気勢はどこへやら、兵士たちはその場に足を捕らわれてしまった。



「リーン、立てるか?」


次女シエルノーは悠々と近いて三女リーンエレを助け起こした。


「ああ、大事はない」


並び立てば姉妹の印象は大きく異なった。リーンエレの肌は透き通るように白く、シエルノーの肌は対照的に黒い。

それでいて同種であることを強調するように、両耳がまるで角のように外へと突き出している。


『森の妖精エルフ』の外見的特徴だ。


リーンエレは純然たるエルフであり、シエルノーはその亜種であるダークエルフだった。


「駆除はワタシとレインに任せろ。リーンは帰ってオベロンにでも守ってもらうといい」


帰還指示にリーンエレは不満を訴えたが、「ほら行け」と再度促されるとおとなしくそれに従った。



「……いかん、矢を放て!!」


誘き出した標的が逃走を開始した。黙って見逃すわけにはいかないと、騎士イブラッドは迅速に指示を飛ばす。

しかし弓兵が構える頃にはリーンエレの姿は溶けるようにして視界から掻き消えていた。


「くそっ!! みすみす取り逃がすとは!!」


苦渋に表情を歪めたが、討ち果たすべき悪がまだこの場に残っているのだと騎士イブラッドはシエルノーへと向き直る。


「奮い立て勇者たちよ!! 禍き者をここで仕留め、人類に安寧をもたらすのだ!!」


光の騎士の号令が兵士たちを鼓舞する。

失われしあまたの英霊の無念を晴らし、無辜なる民の命を護るため。


「勇者よ、歴史に名を刻め!! 邪悪なる種族を殲滅せよ!!」


兵士たちの雄たけびが森を鳴動させる中、次女シエルノーは誰に聞かせるでもなく呟いていた。


「ああ、人間……。にんげんにんげんにんげんにんげん……」


唄うかのように、それでいてひたすら不快げに。



「逃げ場を与えるな!! 総員、突撃せよ!! 行けぇぇぇい!! 行け、行けぇぇぇい!!」


騎士イブラッドの号令に従い兵士たちが魔姫シエルノーに殺到する。


「邪悪なる存在を滅ぼし、世界を清浄へと導く!! これこそが正義の鉄槌なり!!」


それはまるで前進する槍衾。圧殺目的の巨大な罠壁。

しかし押し寄せる群れに対してシエルノーは慌てるそぶりすら見せない。


「鬱陶しい」


感想を述べると、命じる。


「駆除しろ、ドリアード!」


エルフの一声に従い地中から樹の根が射出された。その数は優に百を超え、四方八方から兵士を強襲する。

根の先端が高速の槍となって兵士たちを穿つ。意思を持って湾曲し鎧の隙間から侵入しては尻から入って口へと貫通する。


反動によって人体は弾け飛び、撒き散らされ、飛沫と化した五十名が森の肥料へと変貌する。


あまりにも無慈悲な光景だ。


彼らのそれは蛮勇だったのかもしれない。

それでも皆、怯える同胞の安寧のため、家族や子供たちの未来のため、その身を差し出した勇者たちであった。

そんな貴き命が掃いて散らすかの様にして失われたのだ。


枝葉が血液を吸い、肉片には虫が集る。


「今日はごちそうだな」


感慨もなく、ただ気怠げに言い捨てると、魔王の娘は次の獲物を求めてその場を立ち去った。



また、別の部隊は長女メディレインと遭遇していた。

肌の色は黒、次女同様にダークエルフだ。


「大気の精霊。樹木の精霊。闇の精霊。――溶かせ」


魔姫がそう唱えた途端、辺りを高濃度の酸が充たした。逃げる間もなく、瞬く間に百人が溶けて崩れる。


貴族も平民も、勇者も臆病者も、父が兄が誰かの敬愛する誰もが、全てを履いて捨てるかのようにグズグズと崩れて空気に溶けてはかなく消えた。


もはや魔軍の勝利は揺るぎない。帝国軍は六度目の敗北を喫するだろう。


陣地内において彼女たちはまさに無敵であった。ある意味ではそれが彼女たちの敗因。

圧倒的ゆえに取り零した一匹を脅威とする思考に到ることがなかったのだから。



その日、魔王の娘たちは絶望的な光景を目の当たりにする――。


第一発見者は三女リーンエレ。

シエルノーに従い居城に帰還した彼女を迎えたのは、父オベロンの遺体だった。


彼女たちの父は何者かによって殺されていたのだ。


魔王オベロンの落命――。


これまで情報を持ち帰るに留まっていた人類と魔王軍の戦いは、六度目にしてようやく痛み分けという結果を残すに到った。


しかし人々はまだそれを知らない。誰も証拠を持ち帰ることがなかったからだ。

人々が得られた情報は三個大隊の全滅。二千人の訃報のみであった。


正規軍からの生存者はたったの一名。恐怖に震えあがり任務放棄して逃げ帰った騎士イブラッドのみ。

数万人が血縁者を失った中、指揮官の敵前逃亡に対する民衆の怒り、失望は計り知れない。


光の騎士イブラッドは命こそ失わなかったが、その名声は地に落ち、人々の憎悪の対象とされ、輝かしい将来を失った。


同時期「魔王を倒した」と吹聴する少年が街に現れたが、子供の戯言と信じる者はいなかったという。


人類が再び『魔王討伐』に挑むのはそれから十年も後の話だ。

七回目に当たるその作戦にて全てが決着する。


この物語の主人公はエルフの三姉妹。そして、第七回討伐戦に参加した一人の若者である。


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