第八話 出陣


 ロッコが主人に歯向かい拘束されてから、二日目の夜。

――地下に潜伏していた全ての野良が、地上へと放たれた。



 ロッコは反乱分子として、内通の罪で翌日の昼には公開処刑が決定している。


 豚や家畜にはおおよそ不可能な治療の跡や、その異常行動から、野良との関係を確信。

 当日の早朝から中央公園に吊るし、翌日の処刑に備え、ロッコを晒し者にした。



 手首だけを固定され、十数時間が経過している。

 幼く未完成なロッコの肉体には負担が大きい。膝は既に体重を支えきれておらず、手首に喰い込んだ縄にぶら下がっている状態だ。


 一昨日の晩から、何一つ口にすることが出来ておらず。わざわざ手を下さなくても絶命は時間の問題だろう。


 豚共がどんなに痛めつけても、ロッコから情報を得る事は出来なかった。


 それは単にロッコの未覚醒な認識力では、アジト迄の道程や組織の全貌を把握することが出来なかった。

 ただそれだけの理由であったが、疑心暗鬼に駆られたオーク達は、それを人間達の持つ<絆>のなせる業だと錯覚した。



――人間は理に叶わない行動をするものだ。


 女子供を盾にすれば無抵抗で殺される者もいたし、今も逃げ出さずに抵抗する勢力が何処かに潜伏していた。

 これは多産、短命かつ、残忍な豚共にとって、まったく共感の得られない事だった。


 その実数を豚共は知る由も無いが、オーク族の総数は百万頭。


 人間に倣って訓練された兵士、いわゆる軍隊は五万頭程度だが、オークは元々気性の荒い種族である為、民間人も暴力に慣れている。


 本来、人間にとってオークは怪物だった。

 圧倒的な体格差とその怪力は、素手で容易に人間の頭蓋を割り、四肢を千切り取った。


 人間達から文化を与えられ、挙句、略奪から市民を名乗ってはいるが、奴らは無力な存在ではない。


 百万の獰猛な怪物達なのだ。


 だのに、敗北から十五年。現在もオーク族に挑み続けている勢力がいる。

 被る損害自体は微々たるものだが、確かに存在する謎の敵対集団。


 その得体の知れなさに対する不可解な恐怖が、オーク達を疑心暗鬼にさせていた。


 オーク達が今日まで、一度たりとも野良達を撃破、及び捕獲するに至らなかった背景には、彼等の尋常ならざる結束の固さがあった。


 彼等は仲間を絶対に見捨てないし、その失敗は必ず誰かがフォローすることで任務を遂行して来た。


 内通者であるロッコを囮にすれば、きっと野良達は姿を現す。

 オークの指揮官はそう判断し、中央広場を中心に軍隊を配備した。



 ロッコの公開処刑が中央広場で行われる事は、野良達も認識していた。

 わざわざ偵察する必要もなく、情報は国中にばら撒かれていたからだ。


 判り易い罠だ。オークは反乱分子の二足羊を一網打尽にする腹積もりなのだ。


 思惑通り、野良達は行動を開始した。


 しかし、彼等は馴染みのない家畜一匹を救う為に行動を起こした訳では無い。

 それはオークの考えとは異なる動機からだった。


 彼等の目的はロッコの救出でも無ければ、同胞の仇討ちでもなければ、王国の奪還でもない。


 そういった気概を個人的に抱える者も皆無ではなかった。

 しかし彼等の本懐は、自らの手で、より多数のオークに対し武力を行使する事。


――何匹豚を殺せるか、その一点にある。



 大義は無い。国を出て人生をやり直す気もなければ、長生きするつもりなど毛頭ない。

 実に不毛な、尽きない私怨の発散でしかなかった。


 家族を奪われ、誇りを傷付けられたという個人の怒りを、只、豚共に全身全霊で叩き込むだけの集団だ。

 全員が同様の価値観ではなかったが、野良長はそうであったし、恩人である野良長の為に命を捧げるという点では完全に一致していた。


 野良長が死ねば解散。いや、野良長と共に人生を終える覚悟が出来ている。


 野良長が動けるうちに行動に移そうと思えば、時間は差し迫っている。

 今日か明日かと待ち構えていた時、公開処刑の報が良いきっかけになったと言うだけだ。


 ロッコの処刑は関係ない。


 時間が無いなら、今殺るだけなのだ。


 復讐の人鬼達の目的は玉砕である。

 恩人である長が健在な内に、最大限の成果を上げること。


 一夜、できる限りの花火を上げる。それだけだった。




――決行直前。


「ああ、良い月夜だ――」

 野良長はふと夜空を見上げて呟いた。


 まるで深夜の散歩みたいな呑気さで、敵性種族が支配する街道を闊歩する。


 地上を一人で歩くのは何年ぶりか、野良長は地面の感触を噛み締めた。


 これから一世一代の大立ち回りをやらかそうって時に、弱り切った足腰ではどうやら走ることすらままならない。


 それでも何処かで納得している部分はあった。


 鍛冶師としても剣士としても、既に自分の全力は尽くされたし、その成果は形として現れた。

 物質的にも人的にも、最高の刃を鍛えた。今日はそのお披露目の日だ。


 子ども達の世話をしていたと思えば、いつの間にか介護される側になっていた。

 そうかと思えば、こんな盛大な葬式を挙げてくれる。


 思えば、賑やかであっという間の十五年。

 憎しみが風化する程には長くもなく、子供達を鬼に変えるには十分な歳月。


 野良長は一人、標的を目指して歩き出した。


 固まって動けば、物量に押し潰されて一網打尽にされるだろうと、各々自由に闘うよう指示を出してある。


 其処には、『逃げ出しても良い』という意図が含まれている。


 心中することを強制はしない。

 仲間達と一緒に戦えば、それを尻目に逃げ出す臆病者はいないだろうとの、長なりの配慮だった。



「そろそろおっぱじめねぇと、身体が冷えっちまうなぁ……」


 自由解散という形は取ったが、開始の合図は決めていた。


 直前に強奪した小屋に、爆音が王都中に鳴り響くだけの爆薬を詰めてある。

 それをジンの一人が起爆させたとき、人鬼たちは一斉に暴れ出す。


 自慢の刃達は、今日まで鍛え上げた戦闘術を、使い切る覚悟で存分に振るうだろう。


 世話焼きのミキを筆頭に子供たちが付き纏ったものだから、一人になるのは久しぶりだった。


 そして、今日こそ最後の夜。


 野良長は辛気臭い地下室からの開放感を楽しみながら、夜風を身に受けて目的地へと進んだ。




  第九話、『開戦』に続く。 

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