第四話 地下に住む人鬼


――野良達の住処。

 それは王都の地下を通る広大な水路の一角にあった。


 何時からか管理されることもなく、放置された水路は、イツツキを含む野良羊達の隠れ家になっていたのだ。


 何度か人間達の捜索の手が伸びもしたが、広く張り巡らされたその一角、野良たちのアジトに辿り着く前に、それらは処理されていた。


 捜索隊を野良達が返り討ちにしていたとして、旺盛な繁殖力、急速な成長速度を持つ人間だ。

 奴らは他人の死に無関心であり、例え誰が行方を眩ませたとしても、気に掛けることはしなかった。



 イツツキは松明を片手にロッコの手を引いて入り組んだ水路を進んだ。


 道中、人間との遭遇も無く、地下に入ってからは暗闇をものともせずに順調に目的地に向かえた。


 地理や王都の構造については、人目を忍んで活動する分、人間よりも野良羊の方が詳しいくらいなのだ。


 ロッコなんかは、王都の地下に迷宮にも似た水路が存在することすら知らなかった。


 

 最短ルートでアジトへと向かう道中、イツツキは野良の仲間達と遭遇する。


 仲間は二匹で、偶然居合わせた訳ではなく、縄張りへの侵入者を発見するための見張りであった。


 ロッコは見張りの二人を見てドキリとする。

 彼女から見て、野良は皆、異質ではあるがその二人が全く同じ顔をしていたので、一瞬錯覚を疑ったのが原因だ。


「お、双子か。お疲れさん」

 イツツキは手を挙げて、見張りの仲間達に労いの挨拶をする。


 見張りは極めて良く似た外見をした。二人組の少年だ。

 呼ばれた通り、実の兄弟である。

 

 イツツキに限らず、仲間は皆、彼らを双子と呼称した。


 イツツキの陽気さに反して、双子達は怪訝な表情を浮かべた。

 そして、ロッコを指して確認する。


「あの、イツツキさん。それは……?」


 ロッコから見て彼らが異質であるように、野良羊から見ても家畜は同族にして別種の存在だった。


 仲間以外の侵入を食い止める役割の彼等は、異物の侵入を容認したものか困惑していた。


「それ? それは無いでしょう、生きてんだよ?」

 警戒する仲間たちをイツツキはお道化て諫めた。


「いいからいいから」と誤魔化せば、彼らはそれ以上を追及はしない。

 二匹ともイツツキよりは年長に見えるが、立場は逆転しているようだ。



 その中においてイツツキは最年少であったが、彼らにとっては上役だ。


 家畜達と意味は異なるが、野良達にとって〈名付け〉がされているということは特別な事だった。


 野良達も家畜同様か、それ以上に容易く名付けがされる事は無い。


 双子がその境遇をして呼称されているが、彼らは無名である。


 イツツキの様に個人名を与えられるのは、野良の長が戦闘単位において免許皆伝を認めた者に限られている。


 それ以外の者は、引っ括めて『ジン』と呼

ばれた。


 一人前になって初めて個性が認められる。という仕来りだった。



 彼等は地下に居を構え、名を得る為に日夜腕を磨き、その鋭い刃と卓越した技術で、闇夜に紛れて人間を狩る。


 人間達は野良羊の駆除を焦っていた。

 しかし、その愚鈍さから彼らの居場所を見失い、すでに十数年が経過している。


 地上で遭遇して初めて、奴らは妄執に駆られ、野良羊を追い回すのみだ。



 そしてイツツキとロッコは、野良の巣に到着する。

 到着するなり、男の怒声が二人に浴びせられた。


「おい!! ナマクラっ! てめー、何のつもりだよそれはぁっ!!」


 大声の男は、声に見合ったかなりの長身で、手足の長さも相まって縦に長い見てくれをしている。

 特に釣り上がった眼が彼の印象を誇張して、獰猛さを強調していた。


「ああ、嫌な奴に見つかっちゃった」

 ボヤキを隠す風も無く、イツツキが言った。


 ツリ目の男はそれに食って掛かる。

「聞こえてんぞ……?」


 その迫力にロッコは身を竦めたが、日常事だとイツツキに動じる様子は無かった。


「聞かせなきゃ意味無いしぃ」

 軽口で応戦し、ツリ目の男を激昂させる。


「あんっだ! テメー! 名付けが済んだからって、対等だと思うなよ!」


 男の名はヨキ。

 イツツキよりも名付けが早く、強さに対して貪欲であり、仲間内での最強を目指している。


 だが、その目標が果たされる気配は一向にない。


「強さを盾に俺を従順にさせたいなら、兄貴に勝ってからにしてくれないと」


 イツツキは尊敬する黒毛の野良を引き合いに出して挑発する。


「…………」

 ヨキは苦々しい表情で後輩を睨み付けていた。


「ジキの兄貴の稽古相手はイチキ兄でも、もはや務まらないって言って――痛いッ!?」


 口の減らないイツツキの頭に、ツリ目のヨキが拳を落とした。


「ばっか野郎! 実戦じゃもう、どっちが上か判らねぇよ!」


 その言葉が強がりでしかない事は、指摘しなくても本人がよく理解していた。


「もう! 言い返せなくなるとすぐ手が出るから馬鹿ってんだよ、ヨキはっ!」


 住処の入り口で争う二匹に反応して、仲間達が集まって来た。


 この場に、イツツキ達を含めて十匹が確認できる。

 それが全てでは無いが、見張りで離れている者と、アジトの奥に居るものを除いてそれで殆どだった。


 野良羊達は、総数で三十匹に満たない群れなのだ。



「戻ったか。今、ジキと一緒に捜しに行く所だった――」

 そう言って、仲間達が空けたスペースを通って男がイツツキへと近付いて行く。


 イツツキに声を掛けたのは、いつぞやロッコとすれ違った白毛の雄だ。


 白毛の名はイチキ。

 長を除けば群れで一番の年長であり、黒毛のジキが名付けを得るまで、長らく最強だった雄だ。

 その腕前と境遇から、群れのリーダー的な役割を担っている。


 イチキはロッコを視界に止めると、感情を表すこともなく、「――ほう」とだけ発した。


「――どうした?」


 そして、立ち止まったイチキの背後から彼に声を掛けたのが、あの夜、ロッコを魅了した黒毛。

 野良羊において最強であり、イツツキが兄と呼んで慕うジキだった。



 イチキがジキに振り返るのを遮って、ヨキが告発する。


「イチキっ! このクソガキが違反をよぉっ!」


 違反とは言っても、厳粛に定めた戒律等は無い。

 野良達が、その十万倍もの物量を誇る人間達から身を潜めて暮らす上で、仲間以外を招くのが法度であることは確認するまでも無いのだから。


 人間ならば、二の句も告げずに殺している所だ。


 そして家畜の二足羊と言えど、住処の場所を知られたのだ。

 地上に返せば、この雌を切っ掛けに襲撃があるかもしれない。


 やはり、殺してしまうのが正しい判断だろう。

 それが出来る様に、彼らは家畜達を別の生物として認識するよう教育されていた。


 そう、別の個体ならば判断に窮する事もなかったのだ。

 しかし対象がロッコであった為、過程が一つ生じた。



「これは因果だな。なあ、ジキ?」


 一度、同様の違反を犯そうとした弟分に向かって、イチキは皮肉を言った。

 その偶然に少しの楽しさを感じながらだ。


「ああ……」


 ジキは、記憶に無いとでも言わんばかりに気のない返事をした。


 生じた過程とは、再会という偶然への驚き。


「なんだなんだ、その悠長な態度はよっ?! さっさとぶっ殺して、放り出すべきじゃあねぇのかよッ!!」


 事情を知らないヨキは、二人の煮え切らない態度に憤慨し、結論を急かす。


 イツツキは、慌ててそれに反発した。


「ちょっと待ってよ! 彼女は命の恩人なんだって!」



 イツツキはこれ迄の経緯を簡潔に説明した。


 彼女は言葉を解することが出来、意識的に自分を救ってくれた。

 これは他の家畜達ではありえなかった事態である。


 加えて、放置しておけば命に関わるかも知れない怪我を負っていて、放置は出来なかった。


 起きたままの事実を伝える。


「家畜に命を救われただぁ?! やっぱり、お前に名付けは早かったって事だぜ!」


 皆伝とされる名を与えられた者が、窮地に立たされたという事実は不名誉である。という意見だ。


 実際、人間達は二足羊よりも巨大で、屈強で、多勢なのだ。

 真っ向からぶつかって生還する事は至難ではあるのだが、ヨキはその名とその意味に強い誇りを持っていた。



 断固として受け容れないヨキを、イチキが諌める。


「落ち着けヨキ、何にしても長の指示を仰いで決める。異論はあるか?」


 ヨキは一瞬、難色を示した。

 いちいち上告など必要がないと思えるからだ。


 しかし、長の名が出てしまえばその提案には誰も逆らわない。

 彼らにとって、長は絶対的な存在だから。


「いいけどよ、どうせ鬼に食わせるようなもんだぜ」


 その一言でヨキは折れた。


「俺、長に死ぬ気でお願いするよ! それで手足の一本無くなっても仕方ないと思ってる!」


 イツツキは、決断を下してしまわなかったイチキに感謝を示した。


 長に伺いを立てる以上、異を唱える者は無い。

 黒毛のジキも、イツツキの無事は確認したとばかりに興味を失い、住処へと戻って行った。


 ジキは寡黙な男で、仲間内で最強と目されている以外に主張の無い男だ。

 黙って腕を磨き、黙って使命を果たす。その真意は読み難い。


 ジン達は彼を畏怖し、対等なのはイチキと、彼を尊敬して懐いているイツツキを含む、名付けの済んだ者達だけだ。


 ヨキに至っては、目の上のタンコブとして一方的にジキに対する敵対意識を剥き出しにしていた。



「それでいいか――?」


 仲間たちの同意を得て、イチキはロッコに確認する。


 ロッコは、自分に注がれる視線に戸惑っていた。


 片目が失われていて視野の狭さにも慣れなかったが、注がれるそれが地上の人間達の眼差しとはまったく別のものだったことに起因する。

 何だか、それがこそばゆく感じられていた。


 知らない景色、知らない地下世界。自分たちによく似た知らない生き物。

 情報過多で、目の前で繰り広げられた論争にも追いつけずにいる。


 イチキの問いかけに、「……皆、言葉、とても上手ですね」等と、見当違いの返答をするので精一杯だ。


 ここでも相変わらず、逆らわずに流れに身を任せるだけだった。





  第五話、『野良長』に続く。

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