三礼 大詰め


 私とイリーナを除いた三人。

 イバン、スタークス。そして、もう一人は。


 筋骨隆々の体躯を持った長身に、黒褐色の肌が特徴的なインガ族の若者だった。


 あのウロマルド・ルガメンテの長男であり、族長候補と一目置かれている。


 名を、マハルトーと言った。


「戦いの匂いがしてこないな。要件が前線での闘争よりも価値が無ければ帰らせてもらう」



 最強を至上価値とするインガ族。


 彼らは小規模な部族の為、大勢に影響を与えてこそいないが。

 個人の力が一個中隊に匹敵するとも言われている超人の集団だ。


 彼らは戦場において、その価値を体現し続ける。

 そして現在、最大の交戦地帯はアシュハとマウの国境に違いなかった。



「退屈させてゴメン。でも、帰ったところで暇でしょ?


 小競り合いを起こす度にお前達に掻き回されて、あっちも辟易してる。

 今は消耗を抑えて敵軍も侵攻を中断してる所なんだから」


 現在、戦線は膠着状態だと主張するイリーナ。

 図星だと、マハルトーは黙る。


「決戦までに手に入れた竜騎兵を試したいだろうし。

 古竜スマフラウによって半壊した部隊の再編成、編入にはまだ時間が掛かる。


 その間、ちょっと力を貸してくれよ」


 イリーナはそう言ってインガ族の戦士を引き留めた。

 何か、役割をあてがうつもりなのだ。


 インガ族に頼むとしたら、それは戦闘行動としか考えられない。


「敵はなんだ?」


 マハルトーの問いにイリーナは答えた。



「――正体不明の黒衣の騎士さ」


 その答えは驚くべきものだった。

 何故ならば、その黒騎士こそ当のヴィレオンなのだ。


 私は狼狽えながら訊ねた。


「ヴィレオンとは和解できたのでは!?」


 すると皆が、何を言っているんだ? という表情でこちらを見る。


「できたよ?」とイリーナ。


 なんですの? この空気――。



「えっと……。あの、黒騎士の正体はヴィレオンだったのよね?」


 恐る恐る訊ねると、イリーナは顔面に『?』を貼り付けて言った。


「えっ、なんで?」


 なんでって!?


「だって! 黒騎士の兜を持っていたじゃない!」


 中庭で捕縛された時。

 勝利を確信した彼が、嫌味たらしく見せつけてきたじゃない!



「あれは、黒騎士が逃走の際に廃棄していったものだよ。

 目立つし、甲冑一式持って逃げるのが面倒だったんだろ?」


 イリーナの説明に今度は私の表情が「?」である。


 待って、どういうこと?


「だって、決闘の時にあなたが言ったのよ。仲間の仇討ちだって!」


 だから私は、あれが黒騎士との最後の一騎打ちだと……。


 あれ? でも、決闘自体が嘘だったのだから、それは……。


 困惑する私に、イリーナは心配そうな眼差しを向けながら答える。



「オッサンとはお別れになるから、今後の方針を伝えておいたんじゃないか。

 この後、仲間の仇討ちに向かう予定だよ。って」


 私は思考停止しそうだ。


 スタークスが言った。


「ヴィレオン将軍が兜について情報提供してくれたおかげで、新たな手掛かりを得ることができたな」


 ヴィレオンが言った『猫の手にもよろしく』という言葉に深い意味はなく。

 文字通りの伝言だったという……。



 私は顔面がこれ以上なく発熱するのを感じ取った。

 膨れ上がって爆発しそうだ。


「やだっ!」


 すごく恥ずかしい!!

 ヴィレオンが黒騎士の筈が無いのに!!


 勝手に思い込んで。

 勝手に悩んで。

 勝手に苦しんで。


 見当違いの覚悟に酔っていた!!


「でもでも、あの状況で冷静な判断なんて出来るわけないじゃない!」


 咎められてもいないことを弁明せずにはいられないほどに、取り乱している。


 そんな私に、イリーナが憐れみの言葉をかけた。


「人間は恥ずかしい生き物だ。気にするな」



「もうやだぁっ!! 私、もう何も話さない!!


 散髪なんてしてる場合じゃないわ、誰か私の舌を切り落としてっ!!」


 処刑に追い込んでおいて『上手くいった』とか言うんだもの。

 そこに来て、あの兜を見せびらかされたりしたら……。



「私、頭わるいのかしら……?」


「過去の失敗に頭を抱えられるうちは理性的だと思うよ?」


 私達を中庭で捉えた時の『上手くいった』が。

『台本通りに事が進んだ』という意味なら。


 ヴィレオンも大概うかつではないか。


「こんな思いをするくらいなら!! あの時処刑されていれば良かった!!」


「おいおい……」



 私が恥辱の限りを味わった時点で、ようやく全貌が把握出来たとイバンは納得した。


 そして新たな疑問を投げかける。


「黒騎士がハーデンであった可能性が、まだ否定されてませんよね?」



 ヴィレオンは黒騎士ではなかった――。


 そうなると、ハーデン・ヴェイルが黒騎士であった説が濃厚になる。


 そして、それは事件の解決を意味する。


 しかし、イリーナはそれに納得がいっていない様子。



「あの仮面さ。暗殺向きじゃないよね?


 実際、リヒトゥリオが殺された時には女中が姿を目撃している。

 人目を気にしていたらオーソドックスな兜の方が良いに決まってるんだ」


 敵を怯えさせるためにデザインされた鉄仮面。

 暗殺用にはあまりに目立ちすぎる。


 甲冑姿の珍しくない場内で、目撃者の印象に強く残ったくらいだ。



 その意見にはスタークスも賛同を示す。


「確かに、こんな張り切りすぎた兜。

 特殊な状況下でないとなかなか着けないよな。


 実力が見合ってないと笑われっちまうし、よっぽど自分に酔ってないと……」


 隠密行動には不釣り合いであり、平時ですらはばかられる程。


 イリーナが続ける。



「それでもこの兜をチョイスしたとすれば。

 それは強い思い入れか、見合った思惑があるってことだ。


 実際にこの兜で戦場に出ていた人物か。

 逆に兜の持ち主に濡れ衣を着せる為か。


 でもこれを普段使いしてる奴がいたら、誰だって知っている筈なのに、該当者は無い。


 だとすると、暗殺者はこの兜に自分を投影したんじゃないかなって思うんだ」


 私は首を捻る。


 愛用品だった訳でも、罪を擦り付ける目的からでもなくて。

 自らの投影として、兜を装着した。


 どういう意味だろう?



「カッコイイからどうしても着けたかったとか。

 この異様こそが自分の気持ちを代弁している気がしたとか。


 とにかく、ノリノリだったんだよ」


 イリーナはそう説明した。


「ノ、ノリノリ?」


「ノリノリだよ!」


 黒騎士はすっかり陽気な人みたいな風評だ。



「ハーデンがさ、息子ほどは乗り気じゃなかったって言ってて。

 実際にそんな印象だった。ここまで来たらやるしかないって感じだ。


 その人物像とは一致しない」


 それは憶測でしかないけれど、ハーデンならばやはり無難な兜を選択する気がした。


 ヴィレオンを遠征させ、チンコミルを責任に問い。

 婚姻による権力の奪取を目論むなど、衝突を避け、穏便な手段を好むタイプだ。


 足がつくような兜のチョイスはしないように思えた。


「当然、意外とそういう面もあった。という可能性は否定できないよ」


 イリーナが補足した。



 では、何者なのか?


 イバンが挙手して発言する。


「完全な部外者って線はないですか?」


 例えば、雇われ暗殺者だとしたら。


 雇い主のハーデンが死んだ時点で任務は失敗。

 撤退して姿をくらませていて当然だろう。


 そうなれば、真相は闇の中だ。



「だとしたら、黒騎士を追うことは徒労だな。

 ハーデンにしても、雇われ暗殺者にしても、計画は消滅したんだ。


 どうする。調査を打ち切って解散するか?」


 それを請け負っているスタークスが確認する。


 これ以上、犠牲者は出ない。

 ハーデンを倒した時点で、意趣返しも済んだという考え方もできる。


 だのに、私にはどうしても黒騎士が部外者だとは思えない。

 その根拠は無く。軍刀を構えた時の印象としか言いようが無いのだ。



「私は、内部の犯行だと思います……」


 思い切って言ってみた。


 みんなの視線が集中する。

 しかし継ぐ言葉はなく、俯くしかできない。


 どうしよう。まとまりかけた話をかき乱しただろうか。

 私はもう女王ではなく、何の権限もないのに。



「僕もそう思うよ」


 賛同してくれたのは、黒騎士とは一度の遭遇もないイリーナだ。


 彼女は根拠を述べる。


「犯人は何故、この兜を選んだのか。


 それはシンプルに、標的に恐怖を与えたいからこそのチョイスなんじゃないか?


 部外者が一過性の仕事で、標的に恐怖を与えたいと考えるか?」

 

 イリーナの問い掛けに、マハルトー、スタークス、イバンが順に意見を述べる。



「決闘では、恐怖した方が負ける。それは効果的な手段だ」


 マハルトーは、戦闘を想定していれば部外者であるかは関係ないと。



「思わないな、できれば姿を見られる前に始末できるのがベストだ」


 スタークスは、やはり暗殺には不向きだと。



「確かに、性癖や宗教観が理由であれば、辺境の騎士団に由来する兜をチョイスするのも不自然ですよ。

 独自の物か、もっとシンボリックなものを使用する気がしますね」


 イバンは、風俗的な視点で意見を述べた。



 暗殺であり、それでいて積極的な戦闘を想定していた。

 しかし黒騎士は騎士団と結託していて、警備の目を盗むことは容易かった筈だ。


 寝込みだって襲うことができたのに。

 わざわざ決闘を想定していた。



 そして、統一感のない皆の意見からイリーナが結論を導き出す。


「何にしても、姿を見せたくて仕方がない犯人の心情が透けて見える。


 犯人はティアンを恐怖させたかった。

 自分を認識させて、恐怖させて、その上で殺すつもりだったんだ」


 犯人は姿を晒す前提で動いていた。

 理由は、私に恐怖を与える為。


「私を憎んでいる?」


 私の回答にイリーナは、「そう思うね」と賛同した。



「それが、黒騎士の正体が部外者ではないと考える根拠か」


 スタークスが納得し。


 対照的にイリーナは自身なさげに自分の推測を否定する。


「人間の行動に何から何まで筋道は通ってない。

 憎くなくても人は殺せるし、そこにあった兜を被っただけかもしれない。

 アルフォンスなら言うだろうね……」


 相棒のことを思い出して脱力するイリーナ。

 スタークスがそれをフォローする。


「兜は局地的な作戦で使い捨てにされたもので、流通もしていない骨董品だ。

 ただそこにあった兜でも無ければ、憎しみが無かった訳でもないんだろうさ」


 生産地こそ判明していたが、流通が無いと言い切ったのには驚いた。


「よくご存知で」と、私は感心する。


 兜の情報を得たのは昨夜。

 それから公開処刑の段取りで忙しかっただろうに。


 スタークス達は、兜が持ち込まれたものであることを調査済みだった。



「ラクサってデルカトラの国境寄りだよね。


 デルカトラと連携するにしても、首都勤務中心だったハーデン本人が行き来してはいないと思うんだ」


 イリーナとスタークスが打ち合わせる。


「オーケーだ。デルカトラ間をラクサ経由で行き来する任務を与えられていた奴が怪しいってことだな」


 二人が調査方針について調整しだしたので、私は口を挟んだ。



「あの、私はもう女王ではありません。当初の契約は果たせませんし。

 今回の報酬を払う目処も立たないのです」


 元々は、盗賊ギルド猫の手を諜報部として雇う。

 そういう話だった。


「前金を既にそれなりに受け取っている。黒騎士の特定まではやらせてもらうさ。


 それに、二人が闘技場を解放してくれてなきゃ、俺は今頃生きちゃいないからな」



「そうですよ。どんな奴かしらないけど、このまま逃がす訳にはいかないです!」


 スタークスもイバンも乗り気な様子だ。


 そこに水を差すのが、言い出しっぺであるイリーナ。


「いや、逃げてくれるなら、もう用はないんだけど……」



「用ならあるでしょう! アルフォンスさんたちの仇討ちですよ!」


 拍子抜けな意見に、イバンがヒートアップし。

 イリーナはそれに反論する。


「アルフォンスがいた時は、あいつのために何かしてやりたいと思ったさ。

 復讐すれば翌日からスッキリ爽やか清々しい気持ちで過ごせるってんなら。お前を止めたりもしない。


 けど僕は今だって、ゼランを殺した夢にうなされて眠れないことがあるくらいなんだぜ?」


 イリーナは命を奪うことにはまだ不慣れだ。


 今後は、ダーレッドを殺したことにも苦しむだろう。

 私は申し訳ない気持ちになってしまう。


 同時に、人殺しに慣れてしまったら嫌だなと自己中心的なことを思う。



「なら、これは何の集まりなんです!」


 イバンの訴えに対して、私はイリーナの心情を代弁する。



「私怨で動いていたなら、雇い主の有無は関係ない。

 ヴィレオン達に危害を加える可能性もある……。


 そう考えているのね?」


 黒騎士の動機が『仕事』ではなく『私怨』だとすれば。

 その兇行が続かないとは限らない。


 イリーナは頷いた。


「もし今後も僕らの大切な人に危害を加える可能性があるなら。

 それは食い止めなきゃあいけない。それこそ殺してでもだ」



 出番かとばかりにマハルトーが存在感を示す。


「いいだろう。お前が殺したくないと言うのならば。

 代わって我がその黒騎士とやらを始末しよう。


 インガ族は他民族の介入に行動を左右されることは無い。

 しかし、その黒騎士とやらを闘争の相手に相応しいと我は判断した」


 最適な配置だと思えた。


 猫の手の調査により黒騎士を特定。

 マハルトー率いるインガ族の戦士が制裁をくだす。



「丸投げして悪い。でも、僕達には最優先の用事があるんだ」


 イリーナが私と視線を交わす。

 犯人の捜索よりも、まず私の延命こそが急務だ。


 そのようにして方針は決定した。




 それが公開処刑直後。

 今から三ヶ月ほど前の出来事。


『魔力循環不全』の治療法はまだ見つかっていない。

 私の寿命はすぐそこまで迫っている。


 そして私達は酒場でレンドゥル元近衛兵長と再開する。


 



  『VS黒衣の騎士』▶︎

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