暗愚の女王と愛しのグラディエーター  curtain call

一礼 ティアンの冒険


暦100年:ティアン皇女生誕


・祝儀としてコロシアムの建設を開始。


暦107年:皇帝殺害


・皇帝殺害の罪により皇妃を処刑、皇女を国外追放に処す。


これによりフォメルスと対立したヴィレオン騎士長以下、多くの者が地位を剥奪された。


また追放とは建前であり、皇女はコロシアム内に監禁されていたことが八年後に発覚する。


民衆の支持を受け騎士団長フォメルスが国王に即位、新王の意向によりアシュハ皇国を継続。


暦115年:女王の誕生


・ティアン皇女による革命軍蜂起。


剣闘士イリーナひきいる闘士たちと血統派の臣下によりフォメルスを討伐、一日にして皇家が主権を奪還した。


・リビングデッド事変。


死霊術師リングマリーの報復によりアシュハ大聖堂壊滅、首都を大量のリビングデッドが襲撃する未曾有の大災害により百万人の死者を出した。


・皇女ティアンが女王に即位。


災害による国力低下と敵国の活発化、不審の払拭と復興を目指して十六歳の女王が誕生。


暦117年:女王の死


・ティアン女王、国家反逆罪により処刑される。


行き詰まった国政を放棄し逃亡を図ったティアン女王、及びそれを手引きした側近のイリーナを極刑に処した。


歴史書にはティアン・バルドベルド・ディエロ・アシュハ四世、女王ティアンは終生、無能であった、そう記されている。



ここからは歴史の裏側、歴史書に記されていない物語──。


舞台は大詰め、大団円を目指してすべての因縁を決着すべき頃合い。


ある日の朝、ラクサ地方の都市郊外、小さな集落にある一軒の酒場。


そこに本日、役者が集う。


わたくしと彼女はそこにある人物を呼び出していた。


 

「ご無沙汰しております、よくぞおいでくださいました」


彼女が一人の老人を招き入れた。


客人が扉を開けて入ってきたとき、わたくし達は一瞬、他人が迷い込んだものかと錯覚し戸惑った。


しかし、その反応から当人であることを察することができた。


「ご無沙汰しております」


わたくしは直立で挨拶をした。


「随分と見違えましたな。最後に見たときはまだ幼い印象でしたが、ご立派になられた」


彼の挨拶を受けて答える。


「ありがとうございます。けれどそれは髪型のせいではないでしょうか?」


わたくしはそこにあった髪を再現するように自らの肩の辺りを撫でた。


そう言った老人こそ最後に見たときとはだいぶ印象が変わっていた。


現役時代はアシュハ騎士を代表するような立派な風貌の人物だった。


二年のあいだでこんなにも人の見目は変わってしまうものなのだろうか。


頭部は禿げ上がり、痩せた相貌に落ちくぼんだ眼は濁った色をしている。


まるで十数年も経過したかのように。


「窓を締め切って失礼いたします、人目に触れると不都合ですので」


昼時だ、隙間明かりでも視界に支障はない。


「……お二人だけですか?」


老人は周囲を見渡して言った。


酒場は貸切りで、この場には三人以外に人影は無い。


わたくしと、彼女と、元騎士の老人──。


「そういうお約束でした。どうぞ、こちらにお掛けください。積もる話もおありになるでしょうから」


わたくしは彼をテーブルへと案内した。


「お一人で来られたのですか?」


「そういう要望でしたので、人を連れ立っていては雲隠れされてしまうのではと……」


わたくしの問に老人はそう答えた。


「正体を伏せた手紙によく反応してくださいました」


手紙で伝えたのは場所と日時の指定だけ。


それに『一人で参られたし』と『右脚の調子はいかがですか?』と二言を添えた。


それで充分、彼は絶対に無視をしないと彼女、イリーナは言った。



「現役の頃もこういった場所に足を運ぶことはほとんど、ありません、でしたな……」


彼が椅子にかけるとき外套の隙間からサーベルが覗いた。


老人を招き入れそのままカウンターへと向かった彼女、イリーナが「なにか飲まれますか?」と声を掛ける。


老人は「無用」と一言、持参した水筒の水を煽った。


その手がひどく震えて口で受け止められなかった水が襟元を濡らす。


「んんんんんッ!! んんッ!!」


突然、老人が叫んで水筒を腕ごと机に打ち付けはじめる。


「んんッ!! んんんッ!!」と、繰り返し打ち付ける。


「どうかなさいましたか!?」


わたくしは驚いて立ち上がり、その隣にイリーナが駆け寄って来る。


「うおっ、どうした、どうした!」


老人は水筒を投げ捨て、荒れた呼吸を必死に押さえ込もうとしながら。


「お騒がせした」と、深い溜息をつき「時折、手先が利かなくなる……」と、腕をさすった。


強く打ち付けた腕が内出血で黒ずんでいる、頻繁に繰り返されていることが察せられた。


「顔色もわるくていらっしゃいますわね、なにか病を患われているのでは?」


流れで私はたずねた。


「平時にはどうということも無いのです。しかし、感情が昂ると。こうやって、異常をきたすことが度々……」


その様子から彼がいかに心の平穏とかけ離れた日々を送ってきたかが理解できた。


まごうこと無く、わたくしが不幸にした大勢のうちの一人だ。


「療養が必要ですわね」


案じて見せると彼は鼻で笑った。


──まあそうだろう。


「そんな暇はありませんでしたね。あれ以来、私はハーデンの下僕でした。休む間もない。あの国賊に従い、アシュハとデルカトラを行き来する日々」


騎士の資格を剥奪され老人は居場所を失った、しかしハーデンは彼を手放さずに利用しつづけた。


「屈辱の日々です。しかし、私は正気です。自傷が行えているうちはね。物事が見えている。


気が付いたら、部下や家族の死体が転がっている。そんなことがあって、私なりに自制を心掛けているのです」


はは、あはは。と、老人は自嘲した。


「──ご理解いただけますかな? 誇り高きアシュハの騎士が、スパイの手駒に身を落とすことの恥辱を」


老人の恨み節をイリーナは批判する。


「皇帝暗殺の共犯者が騎士の矜恃を語りますかね……」


彼が失脚したのは自業自得、同情の余地もない。


それでもハーデンやダーレッドと比べたら、国家に対する彼なりの忠義や理想があったらしいことは感じ取れた。


わたくしは単刀直入にたずねる。


「なぜそこまでしてハーデンに従っていたのですか? レンドゥル元近衛兵長」


二年前、彼はフォメルスの側近として近衛兵を束ねていた古参の騎士隊長だった。


革命時、上位剣闘士を従え私たちのまえに立ち塞がりイリーナに敗れた。


その後、父の暗殺に関与していたことが発覚し騎士の資格を剥奪、投獄されていたはずだった。


それがリビングデッド事件の際に緊急措置として解放され、その後ハーデンの手駒としてアシュハ、デルカトラ間の伝達役を担っていた。



「なぜ、あの恥知らずに降ったか。それは、アナタ様方が憎くて憎くて、仕方がなかったからです。


ティアン・バルドベルド・ディエロ・アシュハ四世、元女王陛下。


あなた方に報復する機会を得たいがために。私は護国を裏切り、敵国のスパイに降ったのです」


強い口調で彼は私を責めた。


正当性はない、しかし正直だ。


この期におよんで虚偽を並べ立てられるよりは清々しい。


「そうですか、打ち明けてくださったことに感謝いたします」


わたくしがその言い分に納得すると、転じて彼からの質問が開始される。


「ならば、私の疑問にも答えて頂きたい」


「なんなりと」


わたくしは居住まいを正して待ち構えた。


「女王ティアンと勇者イリーナは五千人もの観衆のまえでたしかに処刑されたはず。なぜ、生きているのです。そして、私のまえに姿をあらわしたのですか?」


女王処刑から三ヶ月が経過していた。


それは質問というよりは答え合わせ、あらかた推察できていることの確認作業だろう。


わたくしはレンドゥル老人にことの経緯を語って聞かせることにした。


それはヴィレオンによって処刑された当日の話。


新王ヴィレオン誕生の舞台裏についてだ――。



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