三場 脱出


「じゃあ、あとは騎士団長を倒してしまいだな!」


オーヴィルの声でわたくしは途絶えていた意識をとりもどす、いつの間にか眠っていたようだ。


会話の内容からそれはほんの一瞬だったと推察される、景色も変わっていないように思えた。


「どうやって?」


イリーナに詰め寄られたオーヴィルは「えっ?」と、口ごもる。


「そこが大事だろ!」


「ティアン嬢だけが生還したとなれば、我々とダーレッド隊が争ったことは一目瞭然」


アルフォンスの言うとおり、このことは即刻ハーデンの耳に入る。


「──敵はあらゆる手を使って我々を追い込んでくるでしょうね」


オーヴィルはウンウンうなってアイデアをしぼりだす。


「じゃああれだ、騎士団は不幸な事故で全滅したんだ。途方に暮れた女王を俺たちが救出した、ありえなくはないだろ?」


我々は陰謀に気づいていませんよ、だから早まらないで! そういう時間かせぎの提案。


それに対してイリーナの視線は冷たい。


「それを、おまえなら信じるの?」


「無理だな……」


オーヴィルはしゅんとしてしまった。


「正直、いまの彼をすみやかに裁きの場に立たせられる自信はありません……」


ハーデンの謀反を告発するにしても、その根拠はイリーナが部外者から聞いたという話だけ。


ダーレッドの行動を理由に失脚させようとしても無関係と言い張ることはできる。


少なくとも一日、二日の猶予は作られてしまう。


証拠不十分となれば、重鎮のほとんどを抱え込んでいるハーデン団長を押し切れるかは怪しい。


「暗殺し返せばいい、殺したあとで謀反の証拠を揃えれば問題ない」


アルカカはハーデン・ヴェイルの暗殺を提案した。


相手に時間的猶予をあたえずに抵抗を無くしてから正義を証明するほうが安全だと。


「そのやり方で人々は納得するでしょうか……」


「やらなければやられるだけだ」


アルカカの言うとおり、侵略者をしりぞけるためにはけっきょく戦って勝つしかない。


そうしなければすべてを奪われる。


そうした結果、フォメルスの遺族のような悲劇を避けられないことが悲しい。


その意見にアルフォンスが異議をとなえる。


「団長が黒騎士なら、歴戦の剣士であるお二人でも勝てる保証はありません。相手は魔術師ですからね」


決闘ならばオーヴィルとアルカカに絶大な信頼がおける、しかし黒騎士は魔術の使い手だ。


「どんな魔法かわかる?」


イリーナがアルフォンスにたずねた。


「体感して確信を得たのですが、あれは魔力を起爆させる魔術でした」


なんだか回りくどい説明だ。


「それは爆破魔法とはなにがちがうの?」


イリーナの質問にアルフォンスは答える。


「爆発を起こすのではなく、人体を循環する対象の魔力を起爆する魔術です。私を殺すことはできましたが、直接そこの壁に穴をあけたりはできません」


つまり、人体にしか作用しない爆破魔術。


「──爆発に必要な魔力を自分で捻出せず他人の魔力に働きかけることで起爆させる。そうやって燃費を抑えることで連続使用を可能としているのでしょう」


「自分で爆弾を製造するより、他人の爆弾に火をつけるほうが安あがりってことか」


「用途があまりにも限定的ですが対人魔法としては非常に優秀。魔力切れを起こさず爆発は体内で起きる、防御不能ということです」


防御不能の攻撃でアルフォンスは即死、ニケはかろうじて耐えたが黒騎士もおなじ失敗はしないだろう。


アルカカが悪態をつく。


「狙いをさだめられるまえに仕留めてしまえばいい」


「ダーレッドが帰らない時点で警戒度は頂点です、隙をみせるとは思えませんね」


騎士団長のまえに立つことは危険、ましてや一人でいるタイミングを見計らうことは難しい。


地下遺跡を脱出したあとの計画が立たない。


「どうにか身を隠せないかな。敵だらけの王宮で療養ってわけにもいかないし、暗殺するにしても監視されてちゃどうしようもない」


イリーナの提案にイバンが賛同する。


「スタークスさんならいくらでも隠れ家を提供してくれると思いますよ」


たしかに盗賊ギルドならば騎士団の目を逃れる術を持っているに違いない。


「ティアン?」


イリーナに呼ばれて聞きかえす。


「……はい?」


「しっかり寝たほうがいい、無理して会話に参加しなくていいから」


「……わたくしは、大丈夫です」


「起きたり意識が途切れたりの感覚が短いから心配なんだよ……」


朦朧としている自覚はあったけれど、どうやら気絶をくりかえしているらしい。


監禁生活がながかったわたくしはもともと体力不足、疲労もしていれば血も足りていない。


「──急ごう、とにかく医者に見せないと」


綿密な計画を練っている猶予はないと、イリーナたちは脱出を優先することにした。



モンスターの襲撃をあぶなげなくしりぞけ、わたくしたちは地上へとつづく階段をのぼっていく。


そのあいだもわたくしの記憶はぽつりぽつりと抜け落ちていた。


つぎ意識が途絶えたとき、そのまま目が覚めなかったらどうしよう。


そう考えると寒気がして恐ろしかった。


「……イリーナ」


名前を呼んだ。


「なに?」


「おなかが空きました……」


衰弱のあまり思考が低下していてその程度の言葉しか出てこない。


「もうすぐ外に出られるからね」


言いながらイリーナはずっと背中をさすってくれる。


「……もうどこにも行かないで」


「はいはい、ここに居るよ」


母親の居場所を確認するように、奈落へと落ちて行きそうな意識の拠り所をさがすように、わたくしはくりかえし彼女に呼びかけた。



しばらくして無事に地上に帰還できた。


隠れ家に潜伏し、休息後に騎士団長の暗殺についての計画を立てる。


その予定だった──。


イリーナはハーデン騎士団長を賞賛する。


「いやあ、さすがに役者がちがいますわ……」


出口は大勢の兵士たちに取り囲まれていて逃げ場を封じられていた。



「陛下、お迎えにあがりました!」


正面に騎士が二人。


マックサービス・シリウス騎士隊長とヌラウス・ニールセン騎士隊長。


騎士団長の側近たちだ。


送迎ならばその部下で足りたはず、最高位の二人が待ち構えているあたりに逃がさないという強い意思が感じられる。


わたくしはオーヴィルの背から降りてイリーナに寄りかかった。


アルカカが確認する。


「やるか?」


兵士はざっと四十人といったところ、ちょっとしたパレードでもないかぎり過ぎた人数だ。


こちらには人外の怪力を得たアルフォンス、竜殺し、元剣闘王者、精鋭であるダーレッド隊に勝った彼らならばきっと突破することができる。


問題はそれがかなりの死闘になるだろうこと。


「待ってください」


わたくしはアルカカを制した。


事情をしらない自国の兵士を無駄死にさせるわけにはいかない。


マックサービス騎士長がたずねる。


「ダーレッド騎士長はどちらに?」


「さきに気にすることがあるだろ!」


イバンが主君の容態を気にかけもしない騎士を怒鳴った。


質問にはイリーナが答える。


「調査隊は魔物との戦闘で壊滅、我々が合流することでなんとか陛下だけは救出することができました!」


否定された案が採用されたことにオーヴィルは困惑する。


「えっ?」


それを無視してイバンがイリーナに耳打ちする。


「地下に逃げ込むという手も」


「ダメだ、ティアンがもたない」


地下に逃走し追っ手を撒くにしても、いまのわたくしは徒歩すらままならない状態だ。


マックサービスが誘導する。


「くわしい話をハーデン団長も聞きたがる、どうか馬車へ」


このままにらめっこをしていても拉致があかない。


イリーナがつぶやく。


「覚悟を決めるか……」


それは直接対決の覚悟、このまま乗り込んで騎士団長を糾弾し決着をつけるか否か。


オーヴィルたちが身をのりだすとそれをヌラウス騎士長が制する。


「おっと、キミたちを連れて行くわけにはいかない。城に部外者を出入りさせるかは繊細な問題だ、それに馬車に空きがない」


わたくしと仲間たちを分断するつもりだ。


それだけは許すまいと仲間たちは一触即発の空気をまとっている。


イリーナが小さくため息をつく。


「わかった。でも、ボク一人くらい同行できるだろ? ティアンだけ帰してもとても報告できる容態じゃないからね」


騎士長たちは品定めでもするようにイリーナを眺め、彼女はそこにもう一押しを加える。


「──それに騎士団長さまのほうがボクに会いたがっていると思うよ?」


そう言って両手を腰にあてて胸を張った。


ヌラウス騎士長はすこしの間をおいてイリーナの同行を認める。


「……いいだろう」


「わーい、脅威度が低いおかげでお許しがでた」


騎士団長の欲する情報を有しているという発言に説得力を感じたという理由もあるだろう。



「大丈夫なのか?」


オーヴィルがイリーナを引き止めた。


「どうかなー?」


「おい!」


送り出すことが不安で仕方ないといった様子だ。


イリーナは笑う。


「なんとか時間を稼いでみせるさ」


たよりない言葉だけれど、彼女がそういうならと引き止める者はいない。


「せめてこれを持っていってくれ」


苦渋の決断だとオーヴィルは愛用の両手剣をイリーナに差し出した。


「なにこれ?」


「名剣オーヴィルブレイカーだ!」


「それだとブレイクされるのはおまえになっちゃうんだけど……」


しかし特注のそれをイリーナの細腕であつかえるはずもなく、丁寧にお断りされたのだった。

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